テント日誌12月7日裁判傍聴記1…抜き打ち結審に怒り心頭

経産省前テントひろば1184日商業用原発停止444日

抜き打ち結審に怒り心頭

~~第9回テント裁判を傍聴して

あっという間に逃げ去った村上裁判長

久しぶりに傍聴したテント裁判が、何とだまし討ちの抜き打ち結審だった。

午後4時半少し前ごろ、この日の裁判の流れを切るように突如「合議します」と5分間の休廷を宣した村上裁判長と左右の陪席が再び法廷に入って来た。椅子に座るや否や、「証拠・証人調べ請求を却下します」と早口で言い、続けて「弁論を集結します」とか細い声でささやいた。一瀬弁護士が席を蹴って裁判官席に詰め寄って、大きな声で抗議した。「合意を破るのか」とか「話が違う」と発語した。裁判長が何かつぶやき、長谷川弁護士が前に躍り出るような格好で右手を大きく振って「裁判長を忌避する」と空気を切り裂くような声をあげた。弁護士が全員総立ちになって抗議した。裁判官たちは何も聞かなかったかのようにさっと黒衣を翻してドアの向こうに消えた。

あっという間の出来事だった。

次の瞬間には、左右のドアから大勢の廷吏たちがドッと出てきて、傍聴人たちを威嚇するように取り囲んだ。

われわれ傍聴人は、あっという間の暴挙への怒りでその場を立ち去りがたく、口々に抗議の声をあげた。「ふざけるな」「逃げるな」「亀屋さんの訴えに何も感じないのか」「次の2月26日にはどうするんだ」「裁判長は何を言ったんだ」……。

弁護人が「こんな結審があるか」「弁護団は忌避申し立てをした」と言っているのを聞いて、やはりそうか、裁判長は結審を宣したのかと事態を理解した。

 

●亀屋幸子さん「テントは私の第二のふるさと」

この日の第9回口頭弁論の白眉は、双葉町の亀屋幸子さんが切々と陳述した心からの叫びだった。

亀屋さんの訴えをさまざまな場で、いろいろな機会に聞いた人はずいぶん多いだろうが、この日の陳述は公的な場での歴史的な証言として特別の意味をもつものとなった。録音をとれなかったのが残念な、感動的なものだった。正確には再現できないが、約15分にわたる陳述は次のような趣旨だった。ただし聴き間違いもありうるので、その点はご容赦を。

「3月11日午後2時46分、地震が襲ってきました。グラグラときて私はびっくりしていて、夫から外に引っ張り出されて助かりました。

揺れがまた来て、家に入るのが恐くて外で車の中にいました。東電で働いている人たち、消防団が私たちに「放射能が出た」「逃げろ」と言いながら通っていきました。実家のある隣町の浪江に着の身着のままで逃げました。

次の日の朝7時10分前ごろサイレンがけたたましく鳴りました。「放射能が広がっているから10キロ逃げろ」ということで、原町に逃げました。地震が起きてから携帯電話も使えず、何が起こったのかさっぱりわかりませんでした。原町に着いてテレビで初めて津波の映像を観ました。すごい被害だということがようやく分かりました。

午後5時半ごろ水素爆発でした。また逃げました。川俣に逃げたのです。泊まる所もなく寒い夜を過ごしました。

やっとのことで川俣の避難所に入りました。だけどそこでは何の情報もない状況でした。不安な日を過ごし、14日になって娘と電話が通じました。地震前日、偶然に東京に出ていた娘は情報を教えてくれました。「50キロ逃げろ」というのです。そこを出て転々としました。

26日に川崎に入りました。28日にやっとのことで仮住宅に入ることになりました。港区の区営住宅に29日に入りました。「福島に帰りたい」と言いました。家からは何も持ってこれていないのです。

テレビで原発に反対するデモの映像を観ました。経産省前に福島の女たちの第二テントができていることを知りました。世界各国からテントを訪れる人が続いていました。毎週金曜日にはデモがやられています。励まされました。

私らはテントによって立ち直れたのです。テントは何も悪いことをしてないです。

テントは私の第二のふるさとです。テントは日本中の女性に守られています。

福島は原発事故のせいでバラバラです。多くの自殺が出ています。多くが病気になっています。

福島第一原発は収束していないではないですか。再稼働などとんでもないです。

私たちは原発事故に備えて毎年、防災訓練に協力してきました。そんなもの何一つ生かされないものでした。私たちが逃げた方向は放射能が強い所だったのです。情報が何もなかったのです。連絡も指示もまったくありませんでした。

福一は憎いです。それまでの幸せな生活を福一に奪われたのです。もう一生、ふるさとに帰れないのです。

きちんと審理を尽くしてください。」

 

●「テントの原点は3・11福島である」

亀屋さんの声は途中から涙声になっていた。

傍聴席では各所ですすり泣きが聞こえた。目頭を押さえる人が何人もいた。亀屋さんの陳述が終わると傍聴席から湧き立つように拍手が起こった。拍手は長く続いたが、裁判長は傍聴席に眼をやることもなく、拍手を制止することもしなかった。

それは、この日の法廷の目的がだまし討ち結審にあったからだ。裁判長はそこに向かってひたすら事を運んでいたのだ。亀屋さんの必死の訴えにも、裁判長は心ここにあらずという顔つきだった。

だが亀屋さんのリアルな証言、その魂の訴えを素直に聞こうとしないなどということは、本裁判の裁判官たりえないことだ。なぜなら「テントの原点は3・11福島である」(一瀬弁護士)からだ。

被告と弁護団は裁判開始以来、福島原発事故がもしなければ経産省前テントはなかった、とくり返し強調してきた。テントを撤去せよ、損害賠償金を支払え等という裁判を起こすことが盗人猛々しい。福島原発事故の原因をつくったのも、放射能汚染とその拡大を放置したのも、いまだに福一の事故収束をしていないのも、被災者・被曝者への謝罪と賠償をしていないのも、すべて東電と経産省なのだ。そのことに抗議するテントは、だから福島の人々にとって「第二のふるさと」と受けとめられているのである。

この日の村上裁判長の訴訟指揮は何から何まで許せない。だがとりわけ許せないことは、亀屋さんの陳述、その背後にいる福島の人々の生の声に直に接しながら、何も聴こうとしない姿勢である。本裁判の成り立ちから言って、それはあってはならないことだ。一人の裁判官として、一人の人間として決して許されないことだ。

法廷闘争の手段としてというだけでなく、上述の意味からも、村上裁判長ら3人の裁判官の忌避は絶対に必要なことだ。

 

●合意を反故にした背景に国家の意思

ここまでの記述が裁判の流れと逆になってしまったが、この日の裁判はもともと11月27日に行われた裁判所と検察と弁護団との進行協議での合意にもとづいて行われる予定だった。

被告・弁護側は、テントひろばを担う43人が訴訟参加する当事者申立および現地福島の被災者、小児医療の専門家、スラップ訴訟や憲法学など専門家の証人申請をした(第8回口頭弁論、10月14日)。他方、国=経産省は、申立却下と即時審理終了と仮執行付き判決を下すよう要求していた。その中で裁判所は、法廷内に当事者参加者6人を入れるということを認めた。実際に当日は、福島からの当事者4人と第一テントの2人が廷内に座った。

また裁判長の提案で次回の第10回法廷は口頭弁論とし、期日は来年2月26日と決まった。

ところがである。村上裁判長はこの日の法廷の途中で突如、結審を宣し、自らが参加し提案した進行協議の合意事項を踏みにじったのだ。裁判長のとんでもない暴挙である。だが、ここには裁判所の背後でより大きな国家権力の暴力的意思が働いたとしか考えられない。

沖縄では12月5日、先の県知事選で大惨敗し不信任された仲井真が何と退任直前に、防衛局から出されていた辺野古の工法変更申請に知事公印を押して承認するという暴挙をなした。知事の権限を振るう立場にはもはやない仲井真がやったことは、知事選の結果を受け容れないという犯罪的行為だ。「仲井真は政府の操り人形だ」と大きな弾劾の声が一気に広がっている。

鹿児島・川内原発再稼働の動きが、地震および火山噴火の危険やずさんな避難計画の問題点、地元合意の欠如を押し切ってしゃにむに推し進められようとしている。

安倍は衆院解散・総選挙にかけた最大の狙いの一つに消費増税とともに憲法改正への踏み切りを据えている。

安倍・自民党によって国家暴力がありとあらゆるところで、むき出しになってきている。

 

今回のテント裁判での抜き打ち・だまし討ち結審もこれらと軌を一にする動きとしてとらえられるのではないだろうか。

 

●経産省はテントによって何の実害も受けていない

テント裁判でついに公正裁判の装いをふり捨てて国家暴力がむき出しになったのは、被告・弁護側の主張がこれまでの法廷をリードしてきたからである。このことはこの日の法廷で、亀屋さんの陳述以外でも非常にはっきりと示された。

法廷が始まると最初に河合弁護団長が立って、原発を主題にしたDVDの説明を行った。この20年・30年にわたる原発問題へのかかわりで得た知見をすべて注ぎ込んだこと、その中でとくに原子力ムラにおける経産省の役割がいかに悪いものであるかを強調した。

続いて大口弁護士は、「土地占有者が淵上、正清の二人である」というのが虚構であることを強調し、二人の被告は恣意的に選定されたにすぎず、そのような当事者の取り違えは原告主張そのものが破綻しているものだ、と強く批判した。さらに第二テントが福島の思いの表現として存在していることの意義を主張した。

長谷川弁護士はテントが立っている経産省前エリアが原告によって「ポケットパークとして利用されている土地」であると確認されたことを取り上げ、その場所では経産省は事務をしていない、である以上損害が発生せず、損害賠償の計算が成り立つわけがないと鋭く突っ込んだ。

青木弁護士は原発安全神話の崩壊とは何か、そこにおける経産省の役割とは何かを明らかにした。福島原発事故の被害の拡大に経産省は重大な責任を負っており、職権乱用は許されないと弾劾した。

そして前述のように亀屋さんが陳述した。

それを受けて一瀬弁護士が「ポケットパーク」とは通行許可証がいらない所であるという点を突き、原告側が当該場所の図面を変えた問題を追及した。原告側検事はポケットパークという表記についてはっきりと答えなかった。裁判長が原告側に助け舟を出して「裁判所に判断してくれということですか」と訊ねたが、検事は不明瞭な態度だった。

大口弁護士が本裁判の根幹にかかわることではないかと追及した。ポケットパークにテントを立てたことのどこが犯罪だというのかという論点に原告側は明らかに完全に押されていた。テントが立っていることによって経産省は何の実害も受けていないのだ。

一瀬弁護士が改めて「テントの原点は3・11福島である」と強調し、今後の証人調べの重要性を訴えた。

それに対して検事はただ一言、「審理をただちに終了されるように」と言っただけだった。あまりにふざけた態度に、一瀬弁護士が立って、国=経産省は口先では福島原発事故には自らの責任があると言いながら、その責任を何一つ果たそうとしていないではないか、と弾劾した。

裁判長は唐突に「合議する」と言ってドアの向こうに消えた。そして冒頭に記しただまし討ち結審の展開となった。

この日の裁判の展開だけでも、①原発事故の深刻さ、②経産省の負うべき重大な責任、③したがってテントの正当性、経産省がテントによって何の損害も受けていないことが浮き彫りになっていた。

だからこそ、原発推進という国家意思の忠実な手先となった村上裁判長は、これまでの裁判の流れを断ち切るための抜き打ち結審に及んだのであろう。

結審という重大事態だったため思わず長文の傍聴記となりました。ご容赦ください。これからの闘いの方向をともに考え出し、テントをしっかりと守り抜きましょう。 (YM記)