テント日誌8月8日─「汚染水」騒動には笑ってしまったが…

経産省前テントひろば1063日 商業用原発停止324日

「汚染水」騒動には笑ってしまったが…

 暦の上では立秋も近いらしい。しかし、季節を外した台風(?)に襲われて季節感も狂ってきている。暑いことはたしかで、冷房もないテントではしんどいがそこは涼風が結構あって意外としのぎやすい。最近、むかしの友人たちがテントを訪ねてくれることが多い。僕には何よりもうれしいことだが、昨夜も大学時代の友人の訪問があった。暑気払いと近所の居酒屋に出掛けたが、美味しい酒に飲まれたのかテントに帰って早々に寝てしまった。セミの声に目が覚めたのだが、外は薄らと開けて行くところだった。もうすこしすれば朝寒ということになるのだろうが、いい塩梅と散歩に出掛ける。日比谷公園の方にいくとこちらはセミの声が一層すさまじい。都心でこんなにセミの声がするところも珍しいのかもしれないと思った。

テントに戻ってテント前でいつものように座っている。来週はお盆休みに入って人通りも少なくなるのだろうかとあれこれ想像をしていたのだが、今日はいつもより向かいの外務省の警備が厳しい。北方領土の日(?)とかで右翼の街宣車が押し掛けるらしい。しばらくして眠気に襲われたのでテントに入りうとうととしていると外が騒がしい。丸の内署の警官が数人やってきて「汚染水」と書かれたペットボトルをどけろとテントのメンバーと怒鳴りあっているのだ。テントの脇には打ち水などに使うため水道水を詰めたものがおいてあるのだが、誰かがこれに「汚染水」と張り紙をし、監視カメラ台に置いておいたのだ。通行人の誰かが100番して飛んできたらしいが、その剣幕にテントで眠気に誘われていた僕だがそれは吹っ飛んだ。何を怒鳴っているのだと返しながら、ふと気が付いた。彼らは今日、福島原発告訴団が「東電前『汚染水』打ち水抗議行動」やるのに使う水と思っているのではないかと。汚染水ということに過剰反応したのだ。(もっとも福島原発告訴団のチラシでは本物の汚染水は使用できませんと断り書きがしてある)。

福島第一原発事故で発生した放射能汚染水の処置はできておらず、その見通しもないままに深刻度を深めている。政府や東電側はその実態を隠し、情報としては隠蔽している。時たま、漏れるように伝わってくる報道でも、段々とお手上げ状態になり、最後は汚染水を海に垂れ流すしか手はなくなっているように推察しえる。「オリンピックまでに汚染水は解決できるというのは政府などの甘い願望ではないか」と言われるが、これが」真実度を増しているのではないか。それで、汚染水問題を政府や東電側などの権力側は僕らが想像する以上にこの問題の深刻さを認識し、ピリピリしているのだと思う。丸の内署の面々が「汚染水」ということに示した反応はその一端を物語るのではないのか。その意味では福島原発告訴団の「汚染水の打ち水」ということは彼らにはこたえることであったのだ。情報を隠蔽していることで、権力の側では僕らが想像する以上に恐れていることはあるのだ。

この福島原発告訴団の集会は地検前で12時から、多くの支援者を集めてひらかれた。武藤団長から海東弁護士まで次々となされるスピーチは検察審査会が東京地検の不起訴処分を覆し3名の「起訴相当」決議を出したのは市民や地域住民の声が反映したものであり、検察に起訴を訴えるものだった。そして検察に対しては上申書を提出した。福島第一原発事故に対して誰ひとり責任を問わないこの異常な状況に対してその事態を問い、責任を明確にすることは当たり前過ぎることだ。かつての原発推進を担った連中がもっと責任を問われるのべきだし、それには法的なことから道義的なことまであるにしても、当然のことだ。これを問わないことは同じ事故が起きることに等しいのである。

集会は午後1時からは東電前に移り、福島からバスでやってきた告訴団のメンバーも合流して行われた。「汚染水」打ち水抗議行動もなされた。政府や電力事業者や官僚たちは表向きの議論をさけ、裏で再稼働に向けた工作をやっている。かつて原発推進側が反対者に対して行った巧妙で悪辣な妨害工作は暴露されてきたが、彼らはそれ以上のことをやってきている。だが、かつて以上に彼らを取り巻いている環境も厳しく、僕らは彼らを追いいつめている側面もあるのだ。3・11で原発をめぐる関係は変わったし、脱原発への裾野も力も増した。運動はいつの場合も徒労感や孤立感が付きまとうが、ある意味では僕らは自信を持っていい。まだまだ、持久戦的なところが続くが、彼らが裏工作しかできないことの弱さを突き続ける闘いをじっくりやり抜くしかない。   (三上治)