赴任当初の最大の関心事は仕事より車だった。住まいをどうするか、仕事でまともに立ち上がれるか不安もあるがそれより車が優先する。寝起きはモーテルでもできるが車がないと生活できない。住まいを決めたところで車がないことには通勤もできなければ食事もままならない。車を買うにはまず運転免許。Driving schoolでぼられたが運転免許はとれた。
ここで運転免許を取る際に遭遇したどっちが先かというおかしな話が起きる。筆記試験を受けにMotor Vehicleに行かなければならないが、Motor Vehicleに行くには車しかない。車がないから車を買いにゆかなければならないのだが、買いに行くには車しかない。筆記試験のときと同じように先輩駐在員のお世話にならざるを得ない。筆記試験のときは、車で二十分位のところにある最寄りのMotor Vehicleに一回連れて行ってもらえば事が済む。車を買うとなるとそうは行かない。先輩駐在員にあちこちのディーラーに何度も連れて行ってもらって、値引き交渉も含めた通訳までお世話になるしかない。
七十三年のオイルショックで米国車も多少は小さくなったのだろうが、七十年代の後半まだまだ大きかったし個性的だった。個性的と言えば聞こえはいいが、見慣れるまではなんとも格好の悪い、できれば乗りたくない車ばかりに見えた。見慣れてしまえば、程度の差はあってもどれもそれなりに格好のいい車に見えてくるから不思議で、人間の嗜好がこうも簡単に変わるものだという、なんとも説明できない経験をした。
先輩駐在員は単身赴任していた社長以外は全員家族も連れてきていた。もし先輩駐在員からディーラーめぐりの助けを頂戴できなければ免許取り立ての危なっかしいのが、地の利のないところで言葉もろくにわからずにレンタカーで四苦八苦することになる。幸いニューヨーク支社には職人気質の荒っぽい先輩がいて、親切はちょっと自分の楽しみがほとんどで彼の好みであちこちのディーラーを引きずり回された。当初のクライスラーは奥さんに渡して、帰国する駐在員から引き継いだキャマロを使っていた。車の好きな人で出張に行く度にレンタカーは気になる車を試乗していた。当時ベテラン駐在員にはクライスラー派が多く、フォード派とGM派は限られていた。
若かったし独り者、赴任当初はキャマロのような小さなボディに大きなエンジンをと思っていた。ところがニューヨーク市の穴ぼこだらけ道路を走るのに小さなボティは疲れる。先輩駐在員の言葉の通りでアメリカでは車は大きい方がいい。多分日本でも人気車種だったと思うが先輩の好みはフォードのサンダーバードかマーキュリー(フォードのもう一つのディビジョン)のクーガーだった。スポーツカーはちょっとという人たちにステータスがあったのがこのニ車種でどちらもツードアのクーペでパーソナルカーと呼ばれた遊びっ気のある車だった。当時の米国車のスポーツカーはシェボレーのコルベットとポンティアックのトランザムの二車種しかなかった。
あちこち回って見つけたのがフォードのエリートという車だった。マーキュリーのクーガーと名前だけしか違わないといっていい車種で先輩が乗りたかった車だった。後日煩い連中からこの車種から揶揄されることになるとは思いもよらなかった。デリートがエリート乗ってどうするんだと。。。確かにデリート、日本でいらないというよりいない方がいい厄介者、言われた本人もそう思っていたから事実を言われただけで揶揄ではなく事実と言った方が合っているが。
マンハッタンを走ると新しいオフィスビルのガラス窓に自分の車が映る。六千五百CC(400 cu.in.)のエンジンを搭載したフルサイズの派手なパーソナルカーに乗って悦にいっていた。ただ、さすがにフォード、壊れるようにできていた。それも保証期間だから無償で修理と言えるような壊れ方でないのが米国車の凄いところで、極端に言えば扱いに困るデカイポンコツ。買って一週間でぶつける危ない運転手、自分ではメンテナンスなどしない車に興味のない者が、車の信頼性をとやかく言うのもおこがましいが、それでもこのポンコツ車、誰が作ったんだ責任者出てこいと言いたくなる代物だった。もっともGMも五十歩百歩、必ずそれはないだろうというトラブルが起きる。クライスラーに至っては論外、ただで貰っても運転したくない。アメ車を買うというのはトラブルを買うのと同義語と思うしかない。
後日知合いのアメリカ人からフォードの意味を聞いて、心底納得してしまった。もっともよく聞くのは”Fix or repair daily.”でFordの“F”はfix(修理)、”o”はor(あるいは)、”r”は”repair”これも(修理)、“d”は”daily”(毎日)。「Ford車は毎日修理に明け暮れる。」アメリカ人はこの類のお笑いにはたけている。もう一つよく聞くのが、”Found on road dead “。ここでは“F”はFound(見つけた)、”o”はon(上で)、”r”はroad(道)、”d”はdead(動かなくなった)。意訳すれば、「故障していたのを見た。」あたりになる。この類の笑い飛ばしが気になる方は下記サイトをご覧頂きたい。ただ英語の知識というより社会背景の知識がないと何を言っているのか想像できない。
http://uhaweb.hartford.edu/kdowst/car-acro.html
http://www.dunkworld.com/car_acronyms.htm
アメ車と日本車とヨーロッパ車の信頼性を笑い飛ばしたラジオ番組を聞いたとき、吹き出しそうになりながらこれがアメリカ、車がだらしなくてもこのような人たちがいる限りアメリカは大丈夫だと思った。それは深刻さなど蹴飛ばして、しゃっちょこ張ることもなく、ある意味ノー天気な、あるがままなりに進んでゆくフツーの人たちのフツーの日常生活から成り立っている社会。
NPR(National Public Radio)という寄付金で運営されているラジオ局の番組に視聴者参加番組があった。NPRは政治、経済、社会、文化、音楽。。。など非常に幅広い領域でアメリカの良識を代表している感のあるラジオ局。ホームページのurlは下記の通り。
番組名はしらない。三十分番組で一人か二人の視聴者に十分な時間をかけていた。
声からして四十そこそこの年齢の女性が電話してきて、カローラの加速がスムーズに行かない。言葉ではどう説明したらいいのか難しいけど、要はアクセルを踏んだとき途中でアクセルの抵抗が軽くなって、勝手に落ちてゆく感じで加速の変化が急に大きくなる。。。今までこんな変な加速の車は乗ったことがない。で、ディーラーにクレームに行ったが、それはあんたの運転の仕方がおかしいだけで、車は何の問題もないとにべもない。運転がおかしいってのはないでしょう、ずっと色々運転してきてんだし。。。おかしいのはカローラで私じゃない。でしょう。。。
(実は随分経ってからだが、カローラの加速、女性が言ってたのと多分同じだというのを経験した。十年以上の時間差があるから同じな訳ないじゃないかと思うのだが、確かに女性が言っていたようにアクセルを踏んで行くと、あるところを超えたとたんにアクセルが沈む感じがして加速が大きくなった。)
ラジオ局では声からすると四十代中頃の男性二人が電話を受けて、どんな感じの加速なのか、カローラは運転しことないけど、FordやGMと比べて。。。女性にもっと話してという誘い、乗せられた女性が症状やら買った時、相談に行った時の情景を口早に話した。
女性の話しが一段落したところで局側の二人の話し合いがメインになって女性には追加確認の質問。最期に二人が結論めいた冗談のアドバイス?を女性に話して番組が終わった。
二人の間の丁々発止にやりとりがある種の爽やかさを失わない皮肉混じりの、笑い飛ばしの実にアメリカらしい内容だった。
xxxさん(電話をかけてきた女性)の話しを聞くまでもなく、トヨタ車は故障することが非常に少ない。故障が少ないのはいいんだけど、故障が少なければトヨタのサービスマンの多くは実際の仕事をする機会がない。仕事をする機会がなければ、腕も勘も鈍って持ち込まれてもどうしていいか分からないなんてことも起こるだろう。今までトヨタなら心配ないと思ってきたけど。トラブラなければいいけど、万が一トラブったときにトヨタじゃ困っちゃうな。
でも、アメ車はトラブルだらけでサービスマンでどうのこうのというレベルじゃないしな。オレだったら買うのを躊躇するね。お薦めできないよな。そうだな、こう考えてくるとサービスマンの腕が錆びない程度にトラブルがあった方がいいってことになるのかな。そうするとヨーロッパの車になるんか。まさかプジョーあたりが一押しってことか?でも、オレがプジョー?イメージ湧かないな。なんかピンとこないな。結局、どっちもどっちってことかな。。。
トラブルを笑い種にして、笑い飛ばすのがお行儀のアメリカ。仕事や私生活で何があっても地球の最期でもなしって、くよくよしたってしょうがない。叱られたって馬鹿にされたってかまやしない。何を言われたって、軽い皮肉と多少の侮蔑を笑いに包んで屁でもねぇ~って。。。トラブルあればあれでいいじゃないの。馬鹿にされたっていいじゃないの。そこから学べるって感謝しなくちゃ。生まれながらのはみ出し者、いいも悪いもなんでも糧にしちゃえと思えば何があっても驚きゃしない。否が応でもいつか判る時がくる。
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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