トジンカイ

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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七十二年に入社して技術研究所の開発設計課で下働きをしていた。開発中の新機種は機密で、部署は社内でも隔離されているようなものだった。課長を入れても十四、五人の小さな部署には電話が二台しかなかった。課長ですら、専用の電話を持っていなかった。それでも誰も不自由に感じなかった。めったに電話をすることもなければ、かかってくることもなかった。

話し声もしない事務所で、二時も回って睡魔と闘いで仕事が中断しがちなところに、珍しく電話の音が響いた。事務の女性がうっとうしそうに電話をとるまでの呼び出し音が、まるで目覚まし時計のようだった。よそ行きの作った声が知っている人との話し声にかわった。誰も人の電話になど興味もないが、気にはなるのだろう。こころもち小声になっていた。おおかた工場にいた彼氏からの電話で、定時後の相談でもしているのだろうと思っていた。

話し声が切れて、電話も終わったのかと思ったら、

「藤澤さーん、電話でーす」

女性の席はドアの近くで、となりの空き机にもう一台電話機が置いてあった。呼ばれたような気がしたが、電話がかかってくるなんて思ってもいないから、空耳だと思った。時間にすれば数秒、返事がないのにイラついた口調で、「ボク、電話だよー」と大きな声で言われた。

それでも電話だと思えずに「えぇー、なんですかー」って訊いた。

また大きな声で、「ほら、ボク、中野さんから電話だよー」

入社して二年目で二十二歳になっていたが、三十ちょっとまえの女性に小馬鹿にされていた。忘年会で小さなコップに注がれたビールを飲んで真っ赤になって、半分残したのが始まりだった。暑気払いでいったビアガーデンでは小ジョッキを頼む勇気がなくて、コーラを飲んでいた。そこで、「ボクちゃんは、まだお酒は早いから、カルピスにしときなさい」言われた。言い方が面白かったこともあって、となりにいた課長も先輩も思わず噴出していた。それ以来、事務所でも何かのたびに「ボクちゃん」と呼ばれていた。うるせぇって言い返したところで、口達者の張り切り姉やにはかなわない。できるだけかかわらないようにしていた。

なんだ、オレに電話? まさか昼飯のときのうるさい生命保険のおばちゃん? そもそも中野って誰だろうと思いながら、電話をとった。私生活でも電話などかけることもないし、かかってくることもない。見えない相手に無愛想になるものなんだと思って、丁寧に言った。

「はい、もしもし、藤澤です」

「ああ、藤澤君」

「はい、藤澤ですが、どちらさまでしょうか」

「ああ、わりいわりい(悪い悪い)、忙しいところ。中野だけど」

中野、そんな知り合いいたか? 心当たりがない。中野って、誰だろうと言葉が続かなかった。

電話の向こうでそれを察したのだろう。

「電算の中野だよ」

なに、電算室の中野さんから電話? なんでまたオレに電話? できればこのまま切ってしまいたい。声の後ろには人事が控えている。会社のプロパンガンダのお先棒を担いで、活動家に目を光らせている集団の中核の一人だった。最大野党の右派の組合関係者からも、反主流派の代々木系の人たちからも蛇蝎のように嫌われていた。

「ああ、電算室の中野さんですか」

続けて何か言わなければと思っても、言葉が出てこない。何を言っても人事にいい話として伝わることはないだろうしと言葉を捜していたら、

「藤澤君、今日水曜日でノー残業デーだから、もし特別予定が入ってなければなんだけど、定時後食堂でちょっとダメかな」

電話で声を聞くだけでもイヤなのに、なんでと思いながらも、ここで断ったら、また人事に何を言われるかわからない。どうしたものかと思っていたら、

「いやー、急な電話で申し分けない。実はトジンカイの紹介をし忘れていて、平野さんに叱られちゃってさ」

叱られてって、何を言っているのかわからない。そもそも、そのトジンカイってのなんなんだ。

「すいません、そのトジンカイってなんなんですか」

「いや、なんてもんでもないんだけど。ほら、うちは千葉と茨城の人ばかりで、東京出身は数えるほどしかいないじゃない。それで、三年前に東京出身の人たちの親睦会をつくったんだ。トジンカイって、東京都の都に人の会ってことなんだけど、藤澤君に案内を出すのを忘れちゃってさ。藤澤君、東京高専出身で、確か実家は田無だったよな」

なにが確かだ、人事からこっちの家のことからなにまでそっちに回ってんだろう。東京出身だからって、なんであんたが作った親睦会に入らなきゃならないの。冗談じゃない。会社の手先の下働き? ふざけるなってと思っても、そうはいえない。

「都人会はわかりましたけど、オレなんかが入っていいもんなんですかね」

そんな集まり、ろくなやつしかいない。想像しただけでも薄気味悪い。

労働組合は、労組の看板を下げてはいるが、もう人事の別同部隊でしかない。組合委員長は来年の我孫子市市議会議員に立候補するつもりで、会社も陰に陽に推している。環境規制が強まる中、産廃条例が強化されようとしていた。即の影響は限られていても、会社としては、産業支援をお題目にしてもう一本の井戸を特例として認めさせようと画策していた。政権党だけでなく最大野党の議員の賛同も得て、超党派法案とでもしないと世間の目も煩いしということなのだろう。会社の意向も受けての立候補を組合幹部は表向きにしても反対はしないし、できない。

青年婦人部は、三十歳未満の男性従業員と年齢制限なしの女性従業員で構成された組合の下部組織だが、組合の唯一の実働部隊で、春闘や一時金(ボーナスをこう呼んでいた)のビラ配りや旗振りなど、青年婦人部なしでは組合は活動という活動をしえない状態だった。青年婦人部の中核は跳ねっ返りの集まりで御用組合のなかの異物のような存在だった。組合も会社もなんども懐柔を試みたが、上手くいかなかった。幹部は最大野党の左派の影響で受けていたし、その左脇には非主流派ながらも代々木系の活動家までいた。

会社としてはなんとしても息のかかったのを青年婦人部の部長に据えて、健全な文化活動を中心にしたサークルにしたい。出世が気になる学卒者のなかには、中野さんのように喜々として人事の手先になるのもいる。なんどか学卒者を部長候補に推し立ててはみたが、現場の受けが悪すぎて選挙にすらならなかった。そこで目をつけたのが高専卒だった。ちょうど学卒のキャリア組みと現場の職工さんの間に立つ下級管理職候補なのだからうってつけのはずなのだが、多少でも人事の臭いがすれば、現場の票を集められない。高専卒で社内政治に疎いといっても、三、四年も経つと周りから実情が聞こえてきて、立候補をもちかけても誰も乗らなくなってしまう。新入社員が立候補というわけにもいかない。そこで、三年目でまだ右も左もよくわからないノンポリのスポーツマンを担ぎ出した。

東北の高専をでた大野が立候補してきたときには、主流派も代々木系の活動家も驚いた。大野がかつぎだされるとは誰も予想してなかった。叩き潰すのは簡単だが、あまりに純粋というのか無垢すぎて、どうしたものかとあちこちで話になっていた。活動家連中の票読みは確かで、選挙で負けるわけはないのだが、後々のことを考えると、辛勝というわけにはいかない。予想外のがでてきたことによって、活動家のなかには先走りしかねいのまででてきて、みんなが神経を尖らせていた。

大野とは同期だったし、お互い下戸だったこともあって、たまにサテンでクラッシックやジャズのことを話していた。いいヤツだけになんともしがたい。あまりに政治的に無頓着なのが心配になって、独身寮の部屋に忠告かたがた押しかけた。

「おい、なんで立候補なんかしたんだ」

「なんでっていわれても、平野さんには野球でお世話になってるし、中野さんも、いまの青年婦人部では組合ともうまくいかないから、ここはお前って言われてさ」

あまりにも政治音痴で話がかみ合わない。立候補するということは、工場のオヤジ(班長)さんから若い職工さん連中に弓を引くことになる。人事や総務畑の人間ならいざ知らず、設計にいて現場との調整役をしているのに、オヤジや職工さんの心証を害したら、仕事にならないってことぐらい想像できないのか、この馬鹿とどなりたかった。どこから話そうかと考えて、こっちからかにするかと、

「お前さあ、篠塚さんに勝てると思ってんの」

篠塚さんは工業高校卒のマシニングセンターの総組立にいる職工さんで、勤続十年の人望の厚い人だった。何回も立候補を求められて、そのたびに仕事をきちんとしなければならない年だからと固辞してきた。もう二十八、青年婦人部もあと二年で退会になるのだしと周りに説得された。青年婦人部の主流派も反支流派も、篠塚さんがでてきてくれたときにはほっとして、いつも以上に対会社(労組)ということで協力体制が敷かれた。

「まあ、勝ち目はないだろうけど、平野さんと中野さんに頼まれたら、イヤとはいえないよ。何度も断ったんだけど、将来会社を背負ってたつ気持ちがあるんなら、若いうちに青年婦人部で組合から見た会社と仕事のありかたを勉強していたほうがいいって言われてさ」

「断ってたら奥山さんも出てきて、最後は広野さんまで出てきて四人で説得されちゃったから……」

まったくあきれたヤツで、人事の手先にいいように使われていることなど、想像もつかないのだろう。

「東京人のお前には想像できないかもしれいけど、俺みたいな田舎ものに、あの四人だぜ。あの人たちは、社長にまではなれないかもしれないけど、みんな部長にまではなる人たちだろう……」

「この間、廊下ですれ違ったら、人事の磯野部長からも、しっかりやってくださいって頼まれちゃったし」

何が頼まれちゃっただ。お人好しというのか、ここまで馬鹿だと何を言っても無駄だろうと思いだした。ただ同期のなかでももっとも真っ直ぐな、まともやいいヤツだけに放っておくわけにもいかない。

「お前な、ちょっと考えてみろ。会社を組合から見てなんてことを言ってんだったら、平野さんも中野さんも、自分たちの将来を考えて、自分たちが立候補するりゃいいじゃないか。なんで自分たちは後ろに下がって、お前を推さなきゃならないんだ」

ちょっとは考えているように見える。まさかそんなこと、考えてもみなかったなんて言うんじゃないだろうな、と思っていたら、

「そうだよな。オレもちょっと気になって……」

「お前、ちょっと気になってなんてことじゃないだろうが」

そんなことはわかってるって顔をして、

「そうなんだよな。そこんとこオレも考えて訊いてみたんだ」

「そうしたら、学卒じゃ工場の受けが悪すぎてだめだって、学卒と高卒の間で高専出が一番いいって言われて……」

まあ、無難な説明にだが、大野より使いっぱしりに丁度いいのが上に何人もいる。そもそもそのロジック、あいつらの都合でしかない。

「まあ、ありきたりの上っ面の教科書的な説明だな。そんな答案書いてきたら、オレだったら落第だ」

「いいか、大野、現場の人たちがオレたち高専卒に何を期待してるのか考えたことあるんか。大卒に対して現場の人たちの気持ちを代弁してもらいたいと思ってるんだぞ。現場のオヤジ、お前も知ってんだろう。いつも学卒にいいように言いくるめられて、班員の手前もあって、なんとかしたいんだけど、寂しいかな口がたたなすぎて、いつも丸めこまれっちゃってるだろう。現場の人たちはオレたち高専出を立ててくれる。可能性でしかないがな。それはオレたち次第だ。ところがだ、大卒の連中はオレたちを下働きにいいように使えるとしか思っちゃいない。万が一にだ、そんなことありっこないだろうけど、もしオレたちの誰かが大卒の連中の上に立つようなことになったら、どうなると思う」

「うーん、ちょっとわかんないけど、たぶん黙殺して不服従だろうな。何言ったって聞きゃしない。何人も集まって、引き摺り下ろす算段だろう」

「お前、そこまでわかってて、なんで立候補なんかしたんだ」

つい声が大きくなってしまった。

「まあ、そういうなよ。これは行きがかりだ。寮の野球チーム、お前も知ってんだろう」

大野が三階、こっちは四階、それも同期だ。知らないわけがない。大野が平野を要らなくしかねないという話まで聞こえてきていた。大野は小柄だったが、運動神経は抜群でチームに入ったとたん格好ばかりの平野に代わってエースになってしまった。チームを作ったのは平野で、しょんべんカーブが決め球の漫才野球だった。それが大野が入って、社内のあちこちのチームと互角の勝負をするようになった。

「平野さんが、おれは監督になるから、お前がエースとしてチームを率いていけって言われて、まあいろいろお世話になっちゃって、イヤとはいえない雰囲気だったんだ。そこに中野さんもくれば、奥山さんも広野さんもだろう。もう断りきれなくなっちゃってさ」

「まあ、もう立候補しちゃったんだから、しょうがない、ただ選挙活動はするな。いくらやったって、篠塚さんには勝てっこない。まあ、選挙が終わったら、篠塚さんと話してみることだな。大きな人だ。いつでもいい。都合のいいときにいってこい。篠塚さんと話すから」

「そんなこと言われても、オレ選挙活動なんか何もしてないぜ。あの人たちが勝手にやってることで、オレには関係ねぇ」

「お前な、候補者はお前だ。誰が選挙活動しようが、お前の選挙活動になっちゃうんだぞ。わかってんのか」

「そうだよな。でもオレは知らない。せざるを得なくなって立候補しただけだ。そこはわかってくれよな」

「あの人たちに説得されて、もう疲れちゃってさ。お前には申し訳ないけど、立候補なんかしたくないから、青年婦人部として組合と会社の間にたってどうのこうのってんなら、オレよりお前のほうがいいんじゃないかって言ったんだ」

まったく余計なことを、この馬鹿が、そこまで政治音痴だとは思わなかった。

 

「お前な、もうちょっと現実的は話ならいざ知らず。オレがってのは間違ってもないだろうが」

「いやいや、そうでもないどころか、お前の評価を聞いて、オレも驚いたんだ」

「オレの評価?笑わせんなよ。そんなもん、おおかたあのヤロウってなところだろう」

「いや違うな。お前は人のことをとやかく言ってくるけど、自分のこととなるとまったくわかっちゃないな」

「いやー、あの人たち、見るものはちゃんと見てんだなって、ちょっと驚いたな。奥山さんはちょっと違うんだけど、中野さんも平野さんも広野さんも、お前が組合幹部とぶつかってるのは知ってる。でもだ、委員長はお前をかってるって話だ。若いうちはあのくらいの元気がなきゃって言ってるそうだ」

中野さんは感心してたぞ。ほら風戸さんだっけ、あの飲兵衛の。どうやって下戸のお前があの風戸さんに取り入ったのか分からないって。風戸さんと親しいってことから青年婦人部の暴れん坊にしっかり渡りをつけてるだろう。それだけじゃない。中野さんと平野さんの話では、お前はきちんと代々木系の活動家とも懇意にしてるって。奥山さんは、お前は組織の人間だって言ってたけど、二人は違うって。お前は組合にも、青年婦人部の主流派と非主流派のどっちともうまくバランスをとってるって」

政治音痴で危なくてしょうがないが、情報ソースとしては貴重な、「純粋」な男だ。だからこそ、選挙活動をするなって言いにきたんだが、思わぬことを聞いてしまった。

「しかし、まあ、よく人のことを、よっぽど暇なんかなあいつら」

と言いながら、こいつもただ人がいいという馬鹿でもなかったとほっとした。

「いいや、暇ってんじゃない。あの人たちは、ある意味もっともイヤなヤツらだ。自分たちは出世コースに乗ってると思ってる。人事にそう思わされてるだけかもしれないけど、本人たちはそう思ってる。会社側に上手に取り入っているという自信もあるんだろうな。あの四人は傍からは親しくしてるように見えるけど、四人の間でのつばぜり合いってのかな、誰が出世するか、誰を蹴落とせないかって神経をとがらせて、いつも周りを気にしてる。周りの人たちは、自分の立場を他の誰かよりもよくするための材料としか思っちゃいない。その材料として、お前は組合を仕切るためにはうまく使えるんじゃないかって思ってる。ただ、四人も馬鹿じゃない。誰もお前を使いこなす自信がない。少なくとも今のところはどうやって使えば使えるのか分からないから、手を出さないだけだ」

政治音痴の馬鹿がと思っていたが、違う景色をしっかり見ていた。

「お前、大丈夫か、そんなことまで考えたら疲れてしょうがないだろうが。できることしかできないし、できないことには疲れるから手をださないことだ。そういう意味ではあの四人も馬鹿じゃないってこったな」

「いいか、大野、悪いこと言わない。上手に負け戦をしろ。間違っても怪我をしかねないような選挙活動はするな。何を言ってもかまいやしないけど、篠塚さんの悪口だけは言うな。あいつらが自分たちのためにやっていることで、お前には関係ないって、オレのほうから篠塚さんや他の連中にも言っておくから心配するな。いいな、余計なことはするな。怪我さえしなけりゃいい。あっぱれな負けっぷりってのも格好いいもんだぞ」

ロッカーで着替えて、六時ちょっとすぎに社員食堂に行った。ドアから中をみて、入るのをためらった。なんで定時後にこんなに大勢いるのか。今日は水曜日でノー残業デーなのに何をしているかと思ってみたら、QCサークルの集まりだった。あちこちで白板にグラフやら表を貼り付けて、結構真剣な話をしているような顔をしていた。QCサークルは従業員の自主的な活動で、会社の関与はないことになっている。せっかくのノー残業デーに、残業手当もなしで自主的に仕事をしている。

まったくよく働くといえば聞こえはいいが、経営陣の至らないところを従業員からの業務改善提案で補おうという、あきれた経営の恥をさらけ出しているようなものだと思う意識すらなくなっていた。従業員が自らの発案で自分たちを労働強化に走らせるべく、サークル間の競争心まで煽り立てていた。

こんなところで中野さんとはまずすぎる。中野さんと話をしているところを見られたら、明日の昼前にはあいつは会社側に日和ったって工場中に知れ渡っている。どうしたものかと思っても、どうする策も思い浮かばない。中野さんと大声で口論でもすれば、疑いを持たれることもないだろうが、そうもいかない。いくら親密な関係ではないと距離をあけたところで、遠くから見ている人たちには、二人で話しているとしか見えない。まったくイヤなヤツだ、何が都人会だ。中身のある話なんかあるわけがない。投票を半月後に控えた大事なときに、オレを青年婦人部から引き離す算段としか思えない。そこまで計算しての食堂でだ。

ふざけやがって思いながら、QCサークルの人たちから距離を置きながら、通路を歩いて中野さんを探した。約束の時間までまだ十分ほどあるが、人を呼びつけておいて、遅れてくるようなことはないだろうと思っていたら、隅っこのテーブルで自販機で買ったコーヒーを飲んでいた。

「急に呼び出しちゃって、ごめんな」

いつもろくに挨拶もしてくれないのに、妙になれなれしい。都人会の話たって、選挙がらみで以外の話なんかあるわけがない。なんでもかまいやしないが、一分でも早く切り上げてしまいたいと思っていたら、

「これ、都人会の申し込み書なんだけど、さっと埋めて金曜日までに出してくんないかな」

挨拶をするかしないかという関係で、あらためて話ったって、どこから話していいのかわからない。本当に都人会の話なのか。こんなときにそんなことどうだっていいじゃないかと思いながら、

「えっ、オレなんか会員資格、あんですか」

何をわけのわからないことを言ってるのって顔をしながら、

「ないわけないじゃないの。東京都の出身で、東京高専じゃない。本当だったら、入社して即入ってもらわなきゃならかったのに、オレのミスで二年無駄にしちゃって、すまなかったな」

つまはじきにしてきただけで、ミスじゃない。普通に考えたら、こんなはみ出し者は勧誘しない。いったい何を考えてるのか。この切羽詰まったときに、

「ああ、そうなんですか。じゃあ明日にでも社内便で送っときます」

この場を切り抜けたいだけで、そんなもの送るつもりなんかありゃしない。学閥も県人会も似たようなもので、外の人たちを差別するだけの集まりでしかない。そこに都人会?  気色悪い。自分(たち)の利益を求める浅ましい人たちの群れじゃないか。

「すいません。今日七時に松戸でデートなんで……」

デートなんかありゃしない。ただ一時も早く席をたちたかった。

駅に向かって歩きながら、いったい何をもくろんでいるのか考えていた。大野が言ってた「お前、結構評価されてるんだぞ」という言葉が戻ってきて気持ちが悪い。もしからした、もう来年の選挙を考えているのか。

目先のことで右往左往しているオレたちよりよっぽど先を見て動いているのかもしれない。たいした考えを持ってのこととも思えないが、何をもくろんでいるのかわからないだけに気になる。何がどうなったところで負けっこない選挙、そんなものに走り回っていていいのか。

足元もろくに見ずに先ばかり気にしていると転びかねないが、足元に終始していると先を見誤る。たとえぼんやりとしていたにしても先を見通そうとしない人や組織が生き残れるとは思えない。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion8742:190621〕