ニューヨークタイムズ「アンネ・フランクからハロー・キティーまで」New York Times – From Anne Frank to Hello Kitty

加藤典洋によるニューヨーク・タイムズの論評を翻訳して紹介する。彼によれば、歴史と正面から対峙することを避け無害化する姿勢はハロー・キティーに象徴され、日本人はアンネ・フランクまでも「かわいい」化して受容してきた。日本の右翼団体がナチスの象徴を多用するようになってきたことは、日本社会に噴出した矛盾に対してこの「かわいい」化がもはや効力を失ってしまったことの現れであると加藤は見る。

From Anne Frank to Hello Kitty
http://www.nytimes.com/2014/03/13/opinion/kato-from-anne-frank-to-hello-kitty.html

[前文・翻訳:酒井泰幸]

 

アンネ・フランクからハロー・キティーまで

2014年3月12日

加藤典洋

2月の末に、公立図書館の職員が、何百冊もの『アンネの日記』が破損しているのを見つけて警察に通報した。破れた本の中で微笑むアンネ・フランクの引き裂かれた写真という、おぞましい映像が報道された。まだ犯人は特定されていないが[訳注:原文発表当時][1]、器物損壊の続発は、1月に超国家主義団体、在特会のメンバーが集会でナチスの旗を羽織って行進した頃から始まったように見える[2]。

日本の右翼がナチスの象徴を引っぱり出すのは新しい現象である。冷戦の間、彼らは憎悪をソビエト連邦と共産主義に向けたが、最近では中国と韓国、そして次第にアメリカへと注目を移してきた。戦時中の日本同盟国の旗を打ち振るのは、右翼が日本の帝国主義的な過去を遠回しに賛美する方法である。おそらく、図書館でのアンネの日記の破損は同じ感情の表現だったのだろう。

私の見るところでは、これはもっと広い何かの兆候でもある。過去の数十年にわたり、日本は戦時中の歴史に正面から向き合うことを避ける仕組みを作り上げてきた。そこでは、触れるには苦痛が大きすぎることがらを、純粋にきれいで、そして無害なものにすることによって和らげてきた。それはつまり、「かわいく」することだった。しかしこの方法はもはや機能しなくなっているように見える。

「かわいい」という言葉は、小さいとか愛らしいという意味だが、1960年代まで保たれていた旧来の権威主義的な父親像が、当時の社会政治的風土の変化によって奪われてしまった1980年代に、「かわいい」は日本文化の特定の筋で中心的なものになった。何かを「かわいい」化するというのは、自分がその保護者になることで、対象を非敵対化し無力化する一つの方法だった。1988年に一つの有名な例があった。高校生の少女が死期の迫っていた天皇裕仁のことを「かわいい」とコメントし、天皇の戦争責任を不問にしたと伝えられた。ハロー・キティーは、耳にピンクのリボンをつけた白い猫で、日本の「かわいい」文化を究極まで具現化したものである。彼女には背景がなく、口がない。歴史の呪縛から抜け出し、歴史について語ることを止めたいという衝動を、彼女は体現している。

私が数年前に発表した「グッバイ・ゴジラ、ハロー・キティー」[3]というエッセイの中で、ゴジラは日本の戦没者の象徴であり、忘却されつつあることへの怒りを吐き出すために帰ってきたのだと主張した。1954年に最初に作られたゴジラは恐ろしかった。ゴジラは海から現れて、1945年に東京を空襲に来たB-29とほとんど同じ経路をたどり、まだ戦災復興の途上にあった東京を破壊した。しかし50年で28本の続編が作られる間に、まずゴジラは多くの怪獣の中の一つに成り下がり、次に飼い慣らされ、おどけた親ばかの父親を演じた。つまり、ゴジラは「かわいい」化されたのだ。

日本には、「かわいい」化されたアンネ・フランクもある。

1月にイスラエルの新聞ハアレツは、日本でのアンネ・フランクの人気を調査した記事を掲載した[4]。その記事はフランス人ジャーナリストのアラン・リューコウィッツ(Alain Lewkowicz)氏へのインタビューをもとにしている。彼は「マンガの国のアンネ・フランク」[5]という対話型のiPadアプリの作者で、これは写真や対話がちりばめられたマンガ仕立てになっている。アンネ・フランクの物語は日本でいつも人気がある。しかし、彼女がホロコーストを公然と非難し、人種差別に反対する警告を発したと知られているにもかかわらず、日本でのアンネ・フランクは「第二次世界大戦の究極の犠牲者を象徴」していて、アンネと同じように日本人はアメリカによる広島と長崎への原爆投下の犠牲者だと多くの日本人が思っていると、リューコウィッツ氏は主張する。日本は犠牲者なのであって「けっして加害者ではない」のだと彼は言う。

非常に多くの日本人、特に若い世代は、第二次大戦中に日本が行ったことについて驚くほど無知なので、日本人はこのヨーロッパのユダヤ人との「犠牲者の親戚関係」を共有できるのだとリューコウィッツ氏は示唆する。リューコウィッツ氏がハアレツ紙に書いたように、日本人は「自分の軍隊が同じ時代に朝鮮半島や中国で作り出した無数のアンネ・フランクたちのことは考えないのだ。」

この主張には説得力があると私は思うが、ここにあるのはそれ以上のものだ。日本でのアンネ・フランクの受け止められ方は、戦争に端を発する未解決問題を「かわいい」化するもう一つの例である。ハアレツ紙の記事が指摘したように、アンネの日記は、本そのものの翻訳だけでなく、少なくとも4編のマンガ版と3本のアニメ映画を通して、日本での異常なほどの人気を獲得した。そこで語られる物語の少女は、どこから見てもハロー・キティーと同じくらいかわいいのだ。

したがって、東京の図書館でアンネの日記が何百冊も破られた最近の事件は、日本のかわいさの文化が有効性の限界に達したことを示しているのかもしれない。

第二次大戦での敗戦いらい日本の社会が抱え込んできた矛盾は、無視できないほど深くなった。日本のアメリカ依存が終わる見込みはなく、日本が直面する諸問題に対する合理的な政治決着はありそうもないことを人々がとうとう認識し、ニヒリズムの感覚が拡がりつつある。安倍晋三政権の反動的政策は、日本の民主主義が機能していないという感覚を強化してしまった。我々が目にしたくないもの全てが突如として目の前に立ち現れてきた。

アンネの日記に対する醜い仕打ちについて何か前向きなことを言えるとすれば、日本社会が「かわいさ」に別れを告げて、アンネ・フランクとその数え切れない姉妹たちの真の歴史に「ハロー(こんにちは)」を言うように促すかもしれないということだろう。

加藤典洋は文学者で早稲田大学教授。この記事はマイケル・エメリックが日本語から英語に翻訳した[ものを、酒井泰幸が日本語に再翻訳した]。

訳者による参考リンク

[1] アンネは書いてないと主張=日記めぐり逮捕の男供述-書籍連続破損事件・警視庁
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201403/2014031400895&g=soc

[2] 過激な反中デモに非難殺到!デモ隊がナチス党旗を羽織り、「ジーク・ハイル」と叫ぶ!HP上に「ナチ党旗・ハーケンクロイツは認めます」との記載も!
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1623.html

[3] Goodbye Godzilla, Hello Kitty – The American Interest 加藤典洋 2006年
http://www.the-american-interest.com/articles/2006/09/01/goodbye-godzilla-hello-kitty/

[4] 戦争被害者として共感?『アンネの日記』日本で人気の理由 イスラエル紙が分析
http://newsphere.jp/world-report/20140208-3/

[5] 「漫画の国のアンネ・フランク」~BDドキュメンタリーとは?~ 漫画、音声、映像、インタビューをコラージュして社会を描く
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201402270029414

 

初出:「ピースフィロソフィー」2014.3.25より許可を得て転載

http://peacephilosophy.blogspot.jp/2014/03/new-york-times-from-anne-frank-to-hello.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye2580:140327〕