1999年がファシズム元年だったとすると、ファシズム暦14年の今年は、本格的なファシズム台頭の年となりそうな情勢である。
1999年は第145国会で周辺事態法などガイドライン関連3法が成立したほか、国旗国歌法、通信傍受法(盗聴法)、改正住民基本台帳法など悪法が次々に成立した年であった。故・加藤周一氏はこの年に通った一連の法律は時限爆弾のようにすぐには爆発しないが、「時が経てば爆発し得る法律だと思う。その時限爆弾法が本当に破裂するかどうかという問題は、つまるところ世論によります」と述べていた(『私にとっての二〇世紀』岩波書店)が、すでにこれら時限爆弾の一部は東京都の公立学校における「日の丸・君が代」強制命令として爆発を繰り返している。
また1999年4月の東京都知事選で当選した石原慎太郎都知事は、「5年先、10年先になったら、他県はみんな東京の真似をすることになるだろう」と述べて「東京から国を変える」と豪語したが、情けないことに、この矮小ファシストの予言が的中しそうな雲行きである。とりわけ現在の日本でファシズムが猛威を奮っている中心地が大阪である。橋下徹氏が代表を務める「大阪維新の会」は昨年6月、教職員に君が代斉唱を義務付ける「国旗斉唱条例」を成立させたのに続いて、教育基本条例と職員基本条例を成立させようと狙っているが、教育行政学者の市川昭午氏はこうした動きを「我が国において本格的なファシズムが胎動しはじめたことを示すもの」であり、「この二条例の成立は我が国のリベラル・デモクラシーにとって「終りの初め」となるといっても過言ではない」とまで述べている(「教育基本条例案の総括」『季刊教育法』第171号)。この『季刊教育法』第171号には市川氏の論文以外にも大阪府教育基本条例案の逐条批判など数多くの論文が同条例案を厳しく批判しているので、詳しくは同誌の参照を願いたいが、ここでは、市川氏の論文を簡単に紹介してみたい。
市川氏はまず、条例制定運動の基本的性格が「民意」を振りかざした「ファシズム」であると明確に断罪している。橋下氏は自ら、「今日の日本の政治に必要なのは独裁」であると述べたらしい(「産経新聞」大阪本社版、2011年6月30日朝刊)が、大阪維新の会の政治イデオロギーを「橋下主義(hascism)」と呼ぶならば、ハシズムは実際、ファシズム(fascism)の主要特徴をすべて備えている。すなわち、ファシズムの基本的特徴とは、第1に、閉塞感が強まる社会状況における大衆の鬱血した感情に乗じて権力を掌握しようとし、第2に、そうした感情を煽り立てる目的で庶民の身近なところに「民衆の敵」を設定し――ナチズムの場合はユダヤ人であり、ハシズムの場合は地方公務員、とりわけ公立学校教員である――それを攻撃することで支持を獲得するという手法を採ることであり、第3に、いったん選挙で勝てば、あたかもすべての問題について選挙民から白紙委任されたかのように独裁的にふるまうことである。これらの特徴がすべてハシズムに当てはまることは明白である。昨年11月27日に大阪都構想を主要争点として実施された大阪ダブル選挙では、橋下氏の絶対得票率(全有権者に占める得票率)は35.92%、松井一郎氏のそれは28.93%でしかないうえ、教育条例案の中身を争点にした選挙でなかった以上、橋下市長や大阪維新の会がこの問題に関して民意を代表しているとはいえない。しかも、専門家の判断に俟つべき要素の大きい教育という分野は司法や医療といった分野と並んで、その都度変化する民意を直接受け入れて判断するには危険であり、政治的中立性と独立性が強く求められる分野であって、それゆえに教育委員会や人事委員会といった首長や議会から相対的に独立した行政委員会が設けられているのである。ところが、市川氏によれば、条例制定運動の第1の狙いは、教育委員会と人事委員会の権限を剥奪して有名無実化し、知事の自由になる学校協議会と人事監察委員会を創設し、これらを通じて知事の意向を直接貫徹しようとするところにある。これは教育基本法第16条で禁止されている教育への「不当な支配」に該当する違法なものである。
条例制定運動の第2の狙いは、学校教育を知事及び議会の直接的な支配下に置くことであり、それが最も明瞭に表れているのが「教育行政に対する政治の関与」を臆面もなく掲げた教育条例案第3章で、これは教育行政の政治的中立性原理を真っ向から否定するものである。そして両条例案の第3の特徴は府の職員や公立学校の教職員を取り締まり、脅しによって絶対的服従を迫る管理条例だというところにある。とりわけ教育基本条例案では「懲戒・分限処分に関する運用」を定めた第6章が条例案全体の半分以上を占めるという異様な条例案になっている点に明瞭に表れている。
教育基本条例案は学校教育及び教育行政の政治的中立性要請(教育基本法第14条、地方教育行政法第23条、第24条など)に違反し、教育行政の法律主義と地方分権にも違反し、学校教育の公共性と自律性にも違反している。したがって、同条例案は、違法であるうえに制定の必要性もなく、公平性、協働性、有効性、効率性といった条例内容の評価基準をすべて満たしていない。教育基本条例がひたすら従順に命令に従うだけのロボット教師を作りだそうとしていることは火を見るよりも明らかであろう。市川氏は、「こうしたでたらめな条例が万一成立した場合には自治法12条1項の規程に基づいて住民による条例の制定改廃要求を行う必要があろう」と述べて本稿を締めくくっている。
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