丸山徹慶応大学名誉教授の教科書『新講経済原論』(岩波書店、1997年、2006年)は、「初学の読者を主たる対象とする書物」(初版への序)である。その初版の第15章と第二版の第16章は「経済成長」である。
著者は、国民所得をはじめとするマクロ経済の数値には長期にわたって統計的傾向法則が見出し得るとする。
統計的に確認される主要な事実は次の如し。
1.国民所得Yはほぼ一定率で増加している。
2.労働生産性(Y/L)はほぼ一定率で上昇している。
3.投資/国民所得(I/Y)はほぼ一定である。
4.資本係数(capital-coefficient;K/Y)はほぼ一定率である。(強調は丸山)
5.資本・労働比率(capital-labor; k=K/L)はほぼ一定率で上昇している。(強調は丸山)
6.実質賃金wはほぼ一定率で上昇している。
7.利潤率rはほぼ一定率である。
8.資本と労働の相対的分け前(relative share;rK/wL)はほぼ一定である。
著者は、マクロ経済学で使用される生産関数、各生産要素の限界生産力逓減と一次同次の生産関数Y=F(L、K)、国民所得=F(労働、資本)では、上記の傾向法則の若干は理論的に導出できるが、他の若干は説明できない事を数学的に証明する。そして書く。「傾向法則のうち、特に資本・労働比率kが上昇するにもかかわらず、資本係数K/Yや、利潤率rが一定にとどまるという事実は、ある特別な型の技術進歩の概念を導入することによって、はじめて矛盾のない説明が可能である。」(第二版p.319、強調は岩田)
著者は、かかる技術進歩の型をY₍t₎=F(L、K、t)=F(a₍t₎L、K)と言う形の生産関数で表現する。現実の技術進歩は、岩田流に解釈すれば、様々に具体的な機械・設備・原材料等の変容・消滅・出現の形で登場するはずであるが、経済全体の総合的・集合的統計量である国民所得、労働量、資本量の次元では、FもKもLも不変であって、労働Lだけに労働力能を増強し、労働効率を上昇させる時間tの増加関数たるa₍t₎の形で、ある技術進歩は理論的に表現される。
一般にこのような技術進歩をハロッド中立的技術進歩と言う。著者丸山教授は、ハロッド中立的技術進歩が上記の「統計的に確認される主要な事実」をすべて理論的に説明できる事を強調する。
私=岩田は、ハロッド中立的技術進歩論のもう一つ別の意味を考えてみたい。ハロッド中立型のほかにソロー中立型F(L、b₍t₎K)やヒックス中立型c₍t₎F(L、K)が考えられる。すなわち、技術進歩は、資本Kのみの力能を増強する形で発現する。あるいは、労働でも資本でもなく関数形を上方シフトさせる形で発現する。だがしかし、両者ともに経済史的定型8項目をすべては満足し得ない。資本と資本が所有する生産関数の二者ではなく、資本に所有されず、資本に雇用されるだけで、資本を所有しないにもかかわらず、労働のみが資本主義経済の長期振舞を説明できる。
この理論的事実は、マルクス経済学の労働価値論を理論的抽象・洞察ではなく、経験科学的に主張できる事にならないであろうか。すくなくとも補強できるのでは。勿論、価格比を労働価値比と同一視する19世紀の労働価値論を念頭においてこう語るのではない。
斉藤/岩本/太田/柴田著『マクロ経済学』(有斐閣、2010年)第Ⅳ部第18章「経済成長」は、「カルドアの定型化された事実」として丸山著の「確認された事実」を提示する。但し、「1人あたり所得(生産量)の成長率に国際間で大きな差がある。」が追加論点になっている。この問題は、丸山著では議論されていない。係数a₍t₎の国毎の差を説明しうる内生的成長論が必要となろう。
そこで説明されるa₍t₎のローマーによる理論化でも、資本K₍t₎よりも労働L₍t₎が決定的役割を演じている。この種の議論では、労働や労働力という表現よりも人的資本という表現を使いたがるようである。
最期に一言。ハロッド中立型技術進歩に関する上述の議論は、統計技術上のテクニカルな問題とは全く無縁であり、あくまで理論上の問題である。「統計的傾向法則」=「カルドアの定型化された事実」の発見・検証・確定の過程でかかるテクニカルな困難があったであろうが・・・。
令和7年10月22日(水)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.ne
〔study1360:251025〕












