雑誌『世界』2014年5月号は荒井雅子・宮崎ゆかりの訳により、シーモア・ハーシュ Seymour Hersh 「サリンは誰のものかーオバマ政権は何を知っていたのか、何を知らなかったのか」(原題 Whose sarin ?)を載せている。米軍の情報機関は以前からアル・カイダ系のアル・ヌスラ戦線によるサリン製造の情報を伝えていて、2013年8月21日にシリアで起きた化学兵器による死傷事件について、アル・ヌスラ戦線による使用が疑われ、シリア政府軍による使用の証拠は確認できていないにもかかわらず、オバマ政権が政府軍側の使用と断定した経過を明らかにしている。筆者ハーシュはソンミ虐殺事件をはじめとする特種で著名なジャーナリストで、2007年にはブッシュJr大統領がイラン攻撃を企てながらペンタゴンの制服幹部の反対で果たせなかった経過を世に伝えた。しかし、最近のアメリカの情報統制は厳しく、訳者の解説によれば、前記の記事はかって特約契約を結んでいたThe New Yorker から掲載を拒否され、書評誌Lomdon Review of Books の2013年12月19日号に発表された。原文は同誌のサイトで読める。
http://www.lrb.co.uk/v35/n24/seymour-m-hersh/whose-sarin
ハーシュはさらに立ち入った情報にもとづく詳細な記事を「レッド・ラインとラット・ライン」(原題 The Red Line and the Rat Line )と題して同誌の2014年4月17日号に発表した。
http://www.lrb.co.uk/v36/n08/seymour-m-hersh/the-red-line-and-the-rat-line
この記事は次のような事情を記している。
アメリカはリビヤのカダフィ政権崩壊後、2012年の初期から、接収した軍事物資をトルコへ運び、シリア国境からシリア反政府派に供給させていた(ラット・ライン)が、ベンガジでアメリカ大使が殺害されてからは手を引き、トルコ政府が管理するようになったこと。
2013年の3月と4月にサリン使用の事件があり、国連の調査団の報告は使用者の断定を避けたが、情報機関は反政府軍が使用したことを認識していたこと。
トルコのエルドアン首相がかねてからシリヤをトルコの従属国にすることを狙ってシリア内戦で反政府軍を援助してきたが、政府側が優勢となったため、2013年5月16日、エルドアン首相はオバマ大統領と会談し、アメリカの軍事介入を要求、オバマはこれを断り、代わりにイラン制裁の例外措置としてイランからの石油などの輸入を認めたこと。
トルコはシリア反政府軍の成功が見込めなくなり、反抗の矛先がトルコへ向けられることを恐れて米軍の介入を急がせる必要に迫られ、8月21日にアル・ヌスラ戦線にサリンを使用させたこと。
オバマ政権はレッド・ラインを越したと判断して議会に介入の承認を求め、デンプシーDemsy統合参謀本部議長が介入のもたらす危険を進言したものの、ケリー Kerry国務長官がシリア政府が化学兵器をすべて放棄しない限り介入すべきだと主張し続けたこと。
シリア攻撃計画は化学兵器関係と限らず、大統領命令により軍事施設から貯蔵・輸送・港湾など広範な対象に拡大されていったこと。
事件で使用されたサリンの資料をイギリスの機関がロシアの提供した資料と比較分析した結果、事件のサリンがシリア政府のものではないことが明らかになり、さらにロシアの仲介でシリアが予想に反して化学兵器の国際管理に同意したため、議会は介入を認めなかったこと。
ハーシュの記事が発表されるや、トルコ政府は直ちに否定した。
http://www.dailysabah.com/politics/2014/04/09/seymour-hersh-debunked-by-turkey-us
どちらが正しいか、ハーシュの記事の信憑性を読者が直接に確認する手段はない。記事の主なソースは情報機関の元高官という。情報機関からのリークの背景には政策の虚構を情報機関の誤りの所為とされることへの警戒が考えられる。
補 記
2013年12月3日の朝日新聞の牧野愛博特派員の記事によれば、8月21日の化学兵器使用につき、米国がアサド政権の仕業として介入を日本が支持するよう求めてきたのに対して、安部政権は証拠が必要として9月3日の首脳会談でも同意しなかったが、9月5日に電話の盗聴記録などの新たな証拠を示して要請され、シリアを非難する共同声明への署名に同意したという。せっかくの慎重姿勢は最後に崩れたが、英米の議会が軍事介入を承認しなかったので結果を生まずにすんだ。朝日の記事の3日後に特定秘密保護法が成立。日本の公務員やジャーナリストに隠蔽された事実の報道を期待できるだろうか。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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