「いや、フランス人のデモ抗議っていうのは徹底してるね。彼らにはフランス革命精神がまだ生きてるんだよ。すごいよ。車に火をつけて燃やしちゃったりするんだからね」と、友人のハインが半分感心したように、黄色いベストのデモ騒擾についてコメントした。ハインは嘗て、西ドイツで起こった1968年反体制・学生運動に参加したアクティビストだったそうで、ひょっとしたら、いまだに彼の胸中には”反体制精神”の炎が燃えつづけているのかもしれない。
確かに、現在、黄色いベスト(仏語gilets jaunes – ジリ・ジョン)運動がフランス各地で 巻き起こしている抗議運動の現象は、いかにフランス市民のレジスタンス精神が強固なものであるか、という事を再認識させてくれるような気がする。
黄色いベスト抗議行動は、マクロン政権が計画するガソリン・軽油などの燃料税(炭素税または環境税とも呼ばれる)引き上げに反対する運動として始まった。運動はソーシャルメディアを通して広まり、11月17日にフランス全土で行われた最初のデモにはおよそ30万人の人々が黄色い蛍光色のベストを着て参加した。その後も引き続き抗議デモはフランスの各地で行われ、極右派・極左派やアナキストと思われる暴徒がデモに加わって暴力行為をおかしたシーンも見られたが、ほとんどの参加者は平和な抗議行動を続行している。
CC BY-SA 4.0 撮影:Obier 黄色いベストを着たデモ参加者(11月17日フランス東部のヴズールにて)
デモの参加者で看護婦として働く女性が、デモで暴力行為があったことについて彼女自身の見解を述べている:「わたしたちの生活は苦しいです。ひどいことを言うようですが、わたしはこう考えるのです。デモ参加者の中で暴動を起こした人がいますよね。わたしは、もしそういったことがなかったら誰もわたしたちの抗議運動に注目してくれなかったのではないかと思うのです。暴徒がいなかったら、みんな、さっさとこの抗議行動を忘れてしまいますよ。暴動があったからわたしたちの抗議行動が注目されるようになったのだと思います。」
マクロンが燃料増税を諦めた日
そして、12月5日、黄色いベスト運動の勢いに圧迫されたのか、それとも暴動のエスカレーションを恐れたのか……これまで「燃料増税の実施は絶対に必要」と主張し続けてきたマクロン大統領が、燃料税引き上げの計画を廃棄すると発表したのである。黄色いベスト運動の要求が、ついに受け入れられたのだった。
しかし、黄色いベスト運動者たちは、ここでOKを出さなかった。要求することが、もっとあると言うのだ。マクロン政権に対するチャレンジである。彼らは、まだ抗議運動を続けていくつもりであると宣言した。彼らの要求は、さらに、税制の見直し、最低賃金の引き上げ、マクロンが廃止した富裕税の復活、ビジネス・企業中心の経済政策の見直し、マクロンの辞職などに及んでいる。
黄色いベスト運動のユニーク性
黄色いベスト運動は、これまでのフランスの抗議運動とは異なり、一般庶民がソーシャルメディアを通じてオーガナイズした草の根運動である。それは、「政府のやり方にもう我慢できない。立ち上がろう!」と自決した一人一人が団結し自発的に創り出していったムーブメントである。リーダーは存在しない。労働組合や政党とのつながりもない。彼らのアジェンダは人種問題や移民問題ではなくナショナリズムでもない。彼らを立ち上がらせたのは、彼ら自身ひとりひとりが抱えている経済問題なのである。
デモ参加者の声
運動賛同者の多くは都市周辺の市町村や田舎地方に住んでいて、ほとんどの人が仕事を持っている。そして、「低所得のために毎月の生計が立たない」というのが彼ら全員の異口同音の叫びである。
技術専門学校で先生をしている男性は:「デモ参加者の、ほとんどが中産階級のひとです。彼らは経済的困窮状態におかれているのです。貧富の格差は拡大するばかりだし、今は、人々が容易に貧困状態に滑り落ちてしまうような時代になっているのです」と述べる。
ペンキ屋として働いている男性は:「わたしは51歳。クリスマスがやってくる今が一番つらい時期です。子どもたちのためにクリスマスプレゼントを買ってやれる余裕がないのです。自分が子どもだった頃、父親がクリスマスプレゼントとして、オレンジとチーズを少しくれたのですが、あの頃に戻ったような気持ちです。ひどいものです」と語る。
猟場番人として働いている男性は、 マクロン大統領が燃料増税政策を廃棄したことについて、:「われわれは税金攻めの中で溺れている状態にあります。マクロンはガソリン増税を凍結しましたが、あれは、われわれを黙らせるためにやったことにすぎませんよ」と、懐疑心に溢れたコメントをする。
特別支援学校で補助教員として働く女性が、ひと月に稼ぐ給与は800ユーロ(およそ102,400円)。彼女には家賃を払えるような余裕がない。それで彼女は4人の子どもたちと一緒に、フランス南西地方のトゥルーズ(Toulouse)の郊外にある親戚の家で暮らしている。彼女は「マクロンが大統領に就任して一番最初にやったことは、大金持ちに課す富裕税を廃止して、その一方で低所得者への住宅手当をカットしたことです。これは深刻な不当行為です。フランス市民は立ち上がり、彼は沈黙を保ち、象牙の塔に隠れています。このことが私を苛立てるのです」と語る。
トゥルーズで家具作りの仕事をしている男性は、「マクロンは傲慢で君主のつもりでいます。彼は海外では、『ナショナリズムの波を抑止できる”進歩的な英雄”』のように装っていますが、国内では『不信を煽って国民をポピュリズムに押しやる、よそよそしいポリティカル・エリートの象徴』にすぎません」と述べた。
下降するマクロンの支持率
燃料増税反対で始まった草の根運動は反マクロン運動へと変化していった。今、マクロン大統領は危機状態にある。最近のIFOP世論調査によると、マクロンの支持率はさらに下がり23%であった。また、フランス市民の72%が(暴力なしの)黄色いベスト運動を支持しているという。
マクロン大統領が黄色いベストの抗議者に呼びかけ
12月5日に燃料増税撤回の発表をして以来、沈黙を保ってきたマクロン大統領が12月10日の夜、黄色いベスト抗議者に呼びかけるテレビ演説を行った。2千万人以上のフランス市民がテレビの前に釘付けになり大統領のスピーチを聴いた。スピーチはすでに録画されたものだった。マクロン大統領は、黄色いベストの抗議行動に緊急に応えるため下記の公約を宣言した:
① 2019年1月から最低賃金を1ヶ月あたり100ユーロ( 約12,800円)増額する*
② 残業手当を非課税にする
③ (計画されていた)低年金所得者(1ヶ月2,000ユーロ以下)対象の増税を撤回する
*①の「最低賃金の引き上げ額」は雇用者が払うのではなく政府が払うことになるという。すなわち、市民のための最低賃金増額が市民自身の血税で賄われるということである!
さらに、マクロン大統領は黄色いベストが要求していた富裕税の復活はしないと述べた。
ジリ・ジョンの反応
12日付けのガーディアンの報道によると、マクロンが最低賃金の増額などの譲歩案を発表したにもかかわらず、ジリ・ジョンの抗議行動は続いているという。
マクロン大統領が、テレビ・スピーチをエリゼ宮殿で一番高価な骨董家具である大きな金の机を前にして行ったことも、ジリ・ジョン抗議者を宥めるには逆効果となったようである。
これから黄色いベストを着た庶民の運動が、どのように進展していくのか?彼らの今後の動きに大いに注目したい。
以上
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《参照記事》
ANNニュース:https://www.youtube.com/watch?v=z-wTkqcouZI
tagesschau: https://www.tagesschau.de/ausland/frankreich-steuern-proteste-101.html
France24: https://www.youtube.com/watch?v=pUjr4cvdmbM
ガーディアン:https://www.theguardian.com/world/2018/dec/03/who-are-the-gilets-jaunes-and-what-do-they-want
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔eye4506:181212〕