先月22日、ノルウェーで起きた連続テロ事件の背景には、欧州各国で反移民・反イスラムを掲げる極右勢力の台頭がある、ということを前回の記事「テロリストの心象風景」(*1)で指摘した。そのこと自体は、すでに多くの論者が指摘していることで、間違ってはいないが、アンネシュ・ブレイビク容疑者の犯行計画書の内容が明らかになるにつれて、彼の思想的背景には、欧州にとどまらず、インターネットを通じてグローバルに形成されたイスラム憎悪のネットコミュニティ(the global Islamophobic blogosphere)(*2)が存在することが明らかになってきた。
彼が犯行直前にネットに投稿した1516頁に及ぶ犯行計画書「2083」――このタイトルは、彼の理想とする「キリスト教単一文化のヨーロッパ」が実現されると彼が空想する年であると同時に、彼が愛読していたジョージ・オーウェルの「1984」をもじってつけたものであろう――が、様々な評論家、イデオローグ、ブロガーからのコピー・ペーストであることはすでに多くの人が指摘しているところであるが、イスラエル・シャミアによれば、とりわけ彼に大きな影響を与えているのは、デイヴィッド・ホロヴィッツ、ダニエル・パイプス、バット・イェオー、ロバート・スペンサー、アンドリュー・ボストムなどである(*3)。このうちバット・イェオーを除く4人はアメリカ人の極右ネオコン(新保守主義者)である。ホロヴィッツは、新左翼から転向した極右で、「フロントページ」という雑誌の編集長で、「デイヴィッド・ホロヴィッツ自由センター」(DHFC)の創設者である(*4)。パイプスとイェオーとスペンサーはいずれも「フロントページ」の定期的な寄稿者である。パイプスは外交政策研究所の理事を務めた後、「中近東フォーラム」を設立し、アメリカの外交政策やイスラムや「イスラム主義(Islamism)」についての著述活動をしている。2003年、当時のブッシュ大統領が、パイプスを米国平和財団理事に任命しようとしたのに対し、民主党議員やアラブ系アメリカ人団体や人権活動家たちの反対によって阻止されたという一幕もあった(*5)。バット・イェオー(ヘブライ語で「ナイルの娘」という意味のペンネーム)はスイス在住のエジプト系英国人でユダヤ教徒である。彼女には『ユーラビア――ユーロとアラブの枢軸』という著作があり、欧州諸国とアラブ諸国がイスラエルの生存を不可能にするために協力しており、欧州大陸をイスラム化するという陰謀を抱いている、という陰謀理論の発明者として知られている(*6)。彼女は、ブレイビクに対して親切に助言をし、彼女の未公表論文を送ったこともあったらしく、ブレイビクの犯行計画書の中で唯一好意的に名前を挙げられている人物である(*7)。スペンサーは、DHFCと共同で「ジハード・ウォッチ」というブログを開設し、『暴かれたイスラム』という著書の中では、イスラム教の教義そのものがテロリストを生み出している、といった主張をしているそうだ。また、彼の『ムハンマドに関する真実』という著作はベストセラーにもなっている。彼はまた、パメラ・ゲラーと共同で「アメリカのイスラム化を止めろ(SIOA)」という団体を設立した(*8)。パメラ・ゲラーは、世界貿易センター跡地(グラウンド・ゼロ)の近くにおけるイスラム教徒共同センターの建設計画への反対運動をしたことで知られるブロガーである(*9)。ボストムは心臓血管疾患を専門とする医学者だが、『ジハードの遺産』といった著書もある自称「イスラムの反ユダヤ主義」の専門家でもあるシオニストである(*10)。
これらのネオコン右翼は、伝統的右翼とは異なり、反ユダヤ主義ではなく、むしろ親イスラエルであり、イスラム敵視で共通している。ブレイビクは欧州のネオナチ集団に対して、ユダヤ人への憎悪をイスラム教徒に向けるよう勧告したこともあり、政治的にはアメリカとイスラエルに強いシンパシーを抱いている。彼の夢想によれば、ヨーロッパがイスラム教徒を一掃して真に「独立」した暁に、まず真っ先になすべきことは、パレスチナ人に対する一切の支援を停止することであり、「2083」の中では、彼の支持者に対して、イスラエルがすべてのイスラム教徒のシリア人とパレスチナ人をガザと西岸とエルサレムから追放するのを援助するよう呼びかけている。ブレイビクの頭の中では、世界の歴史はキリスト教文明とイスラム文明の間の闘争として描かれているのであろう。そして、シャミアによれば、彼のイスラム憎悪はノルウェーの国内やヨーロッパの内部だけでなく、あらゆるところのイスラム教徒に向けられているのである(*11)。
このように見てくると、ブレイビクの思想の背景には、欧州諸国に共通する反移民感情の高まりを背景とした極右勢力の台頭という現象も確かに一方にはあるが、他方では、アメリカにおける宗教右派の影響力も見てとれる。アメリカにおける宗教右派の台頭については以前、「アメリカの原理主義」(*12)および「米国の宗教右派と中東政策」(*13)という記事でも指摘したことがあるが、キリスト教原理主義という特異な宗教思想を背景とするイスラエルへの強硬な支持者であるクリスチャン・シオニストと、従来からあるユダヤ・ロビーとの連携関係が特徴となっている(*14)。
ノルウェーは人口約500万人の平和な小国であり、リベラルな政治風土でも知られている。1990年代半ばの世界価値観調査によれば、欧米の16カ国のうち、「あなたは大抵の人は信頼できると思いますか、それとも他人には注意すべきだと思いますか」という質問に対して、「信頼できる」と答えた人の割合は、平均が44.8%だったのに対して、ノルウェーは65.3%と最も高い数値を示している。1999-2000年の調査ではデンマーク(66.5%)、スウェーデン(66.3%)に次いで3位となったが、依然として65.3%と高い数値を維持している。因みに、フランス(21.3%)、イギリス(29.0%)、ベルギー(29.2%)などは低い数値となっている(*15)。なお、ノルウェー国内の移民の数は55万人強で、過去15年間に2倍になったが、その多くはポーランド人やスウェーデン人であって、彼らの存在は政治的に全く問題となっていない。イスラム諸国出身の移民は約20万人であり、彼らの出身国はパキスタン(3万人)やソマリアやイラクやボスニアなどである(*16)。彼らの多くが圧倒的な経済格差や西欧諸国が関与した戦争などで生じた混乱から逃れてきた人々である、という事実はブレイビクのようなネオコン思想の持ち主には全く想像すらできないのであろう。
ノルウェーのような平和で他者への信頼感の厚い社会で起きた凶悪テロは、移民問題で揺れる欧州諸国を震撼させた。では、わが日本は対岸の火事で済まされる出来事なのだろうか? ブレイビク自身や、彼が尊敬していた欧州の極右政党の政治家たち――例えばイギリス国民党のニック・グリフィン党首やオランダ自由党のヘルト・ウィルダース党首など――が口を揃えて言っているのが、「日本の排他的な移民政策を模範にすべきだ」という言葉である、という事実(*17)を我々日本の市民はどう考えるべきだろうか。
[註]
(1) https://chikyuza.net/archives/12482
(2) http://www.nytimes.com/2011/07/29/opinion/Gaarder-Eriksen.html?_r=1
(3) http://www.counterpunch.org/shamir08032011.html
(4) http://en.wikipedia.org/wiki/David_Horowitz
(5) http://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Pipes
(6) http://en.wikipedia.org/wiki/Bat_Yeor
(7) supra note. (3)
(8) http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Spencer_(author)
(9) http://en.wikipedia.org/wiki/Pamela_Geller
(10) http://en.wikipedia.org/wiki/Andrew_Bostom
(11) supra note (3)
(12) https://chikyuza.net/archives/5739
(13) https://chikyuza.net/archives/5771
(14) 註(12), (13)のほか、例えば参照、スーザン・ジョージ『アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?』作品社、2008年
(15) Markus Crepaz, “’If you are my brother, I may give you a dime!’ Public opinion on multiculturalism, trust, and the welfare state”, in Keith Banting and Will Kymlicka (eds.), Multiculturalism and the Welfare State: Recognition and Redistribution in Contemporary Democracies, Oxford UP, 2009.
(16) supra note (2)
(17) http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/3091/120
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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