プーチンが戦犯なら、ブッシュは

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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ウクライナ戦争は領土の割譲と傀儡政権の樹立を目的としている。一方イラク戦争はフセイン政府の転覆と石油利権までで、アメリカに領土的野心があったとは思えない。目的に多少の違いはあるが、侵略戦争であるかぎり一般人も含めた人びとの殺戮と都市インフラの破壊で何も変わらない。ただ二つの戦争の間には大きな違いがある。三月十七日、オランダ・ハーグに本部を置く国際刑事裁判所(ICC)が、ウクライナ侵攻をめぐる戦争犯罪容疑でプーチンに逮捕状を出した。他国への侵略ということでは、ウクライナ戦争と同じなのに、二十年前のイラクへの侵略戦争の責任について国際刑事裁判所は口を閉じたままで何もしてこなかった。

 

ウクライナ戦争は現在進行形で進んでいることで、日々新たなニュースが入ってくる。ところがイラク戦争については、二十年の歳月のせいで記憶があやしくなってしまった。ブッシュがイラクでしたことがプーチンが昨年からしている戦争とどれほど違うのか?当時の状況をざっと振り返ってみれば、さしたる違いがあるようにはみえない。

戦争犯罪ということでは、プーチンやブッシュに限ったことではない。茶坊主に囲まれた軍事大国(たとえ一地域のにしても)の支配者にもたらされる情報の質、そして得られた情報を理解する能力の限界から侵略される側だけでなく侵略する側にも大きな経済的、人的および信頼の喪失をもたらしてきた。国民の信頼を失えば国家として成り立つわけもなく、部族や同族を基盤にした権力闘争と汚職に武力紛争、さらにテロの頻発という混沌とした社会がもたらされてきた。

 

<アメリカの諜報機関の体たらく>

フセインの大ボラがいかに堂に入ったものだったにしても、歴史上もっともすぐれた諜報網と情報処理能力をほこるアメリカのブッシュ政権がとんでもない間違いを犯した。普通に考えて、ブッシュと取り巻きが侵攻ありきで情報をみていったとしか思えない。ざっと経緯をみていく。

二〇〇三年年三月二十日、米国は連合軍を率いて英国の支援を受け、イラクへの本格的な侵攻を開始した。

フセイン政権が大量破壊兵器(WMD)を保有していること、「テロリスト」グループに有利になるように開発を進めていること、「友好的で民主的」なイラクを作ることが地域の模範となること、この三つがイラク侵攻の根拠とされた。

 

「イラクの自由」作戦の開始から二十年経った今、イラク侵攻が米英などの有権者を故意に欺いたものなのか、誤った情報によるものなのか、それとも戦略的な打算によるものなのかは、いまだに議論の余地があると言われている。余地がある?それは自らの過ちや非を認めることを潔よしとしない、あるいは認めるわけにはいかない人たちや組織が支配する社会が言いぐさとしか思えない。

 

<大量破壊兵器>

イラク調査団(ISG)の団長デビッド・ケイは、二〇〇四年一月二九日、米上院本会議で我々はほとんどすべて間違っていたと報告した。イラクの大量破壊兵器とされるものを発見し、無効化するために多国籍軍によって設立された事実調査団ではあったが、結局フセインが兵器開発プログラムを持っていたという証拠はみつからなかった。ないものはない。証拠などあるはずがない。

 

二〇〇二年十月七日、米国オハイオ州シンシナティでブッシュは、「イラクが化学・生物兵器を保有し生産している。核兵器も狙っている。フセインを止めなければならない」「イラクの独裁者が、恐ろしい毒物や病気、ガス、原子爆弾でアメリカや世界を脅かすことを許してはならない」と演説した。

九月二十四日には、トニー・ブレアが、「フセインが四五分以内に化学・生物兵器を起動できる」と断言できるという英国情報資料を提示してブッシュを後押しした。

 

チャタムハウスの中東北アフリカプログラム副責任者であるサナム・バキルによれば、イラク侵攻の決定は「巨大な国際法違反」であり、ブッシュ政権の真の目的は、この地域におけるアメリカに都合のいい政治体制をつくることだった。なにが政治体制だ?はっきり言え。あったのは石油利権としか思えない。

当時、多く人たちがフセインがイラクの大量破壊兵器計画を推進していると信じていたと言われているが、信じさせられていたと言い換えたほうが適切な気がする。二〇〇四年、イラクの大量破壊兵器に関する報告書を作成した米国の尋問官は、フセインは長年の敵であるイランを牽制するために、イラクがまだ生物製剤を保持しているかどうかについて故意に曖昧にしていたと報告している。

 

二〇〇一年九月十一日のアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに、凡庸な(世辞にすぎるか?)ブッシュは「テロとの戦い」と名付けた数十年にわたる世界規模の対テロ軍事キャンペーンにあまりに単純に引きずり込まれた。

二〇〇二年一月二十九日の一般教書演説で、ブッシュは米国は「テロ集団」、あるいは「テロ」を訓練、装備、支援しているとみなされるいかなる国とも戦うと宣言した。

「これらの国とテロリストの同盟国は、世界の平和を脅かすことを目的とする悪の枢軸を構成している」と述べた。

ところが、とうのブッシュはフセインとアルカイダとの直接的な結びつきを信じていなかったと言われている。

ブッシュはイラクに対する制裁体制が崩壊し、封じ込めが失敗し、制裁が解除されるとすぐにフセインが大量破壊兵器プログラムを再開し、「将来、米国を脅迫する」と考えていた。

数ヵ月後には、「イラクの新体制は、この地域の他の国々にとって、劇的で刺激的な自由の手本となるだろう」「中東和平の新しいステージが始まる」とも付け加えている。

 

イラク侵攻以来二〇年にわたる紛争で三〇万人(百万人という推計もある)もの民間人が死亡した。米国は、イラク戦争とそれに続くイラクとシリアでの過激派組織「イスラム国」に対する作戦のために、四五〇〇人の兵士を失い、推定二兆ドルを費やした。

イラク憲法は独りよがりなアメリカの能書きにすぎない。アメリカの侵攻は、宗派間の利害に依存したシステムを残した。派閥間のバランスを取る政治に終始して、イラクの人びとの生活を改善する政策に取り組む予兆さえもみえないままでいる。

 

ざっと事実と思われることを並べてみたが、ここから分かることはアメリカがしたことは、自分たちの思い込み、あるいは利権でイラク人を殺戮し、社会を破壊した。民主主義の基礎をどころか、反米感情を高ぶらせる結果にしかならなかった。イスラム原理主義と部族が覇権をあらそう混沌とした社会を残しただけった。アルカイダの脅威が持続しているだけでなく、ISIS(ISIL)の出現や反米をうたうイランが地域勢力として伸張し、中東は以前にもまして不安定になった。

 

イラク戦争でアメリカに対する世界各国の信頼は地に堕ちた。ブッシュに対して何もしてこなかった国際刑事裁判所に対する信頼は、プーチンを戦争犯罪者として告訴したことによってさらに失墜した。

 

プーチンとブッシュに対する扱いをダブルスタンダードという言葉で説明しようとする人たちがいるが、このスタンダートとあのスタンダードと明確に定義してのことなのか? その都度都度の自分たちの都合で勝手に法律を作り、あるいは曲解して決めた施策のどこにスタンダードと呼びうる整合性があるのか?ご都合主義などと格好をつけるのもはずかしい。そこには主義や信条なんて高尚なものはない。

プーチンが戦犯ならブッシュも戦犯のはずだ。道理だろう。

2023/3/24

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion13009:230510〕