プーチンとヒトラーの質的相違――恐怖心・警戒心と優越心・復讐心――及び七言絶句もどき

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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 2014年5月2日、「ちきゅう座」に「ロシア膨張論の幻影」
 https://chikyuza.net/archives/44217 を書いた。そこで、2014年4月17日のテレビに出演したプーチン大統領が、サンクト・ペテルブルグの一視聴者からの質問に答えてユーゴスラヴィア解体をロシア連邦解体可能性の恐怖心理で受け止めていた事実を私=岩田は指摘しておいた。その時プーチンは明言していた。「彼等は、私達をバラバラにしようとしている。彼等がユーゴスラヴィアに対して何をやったかを見なさい。諸々の小部分に分割し、今や使えるすべてを使って、マニピュレートしている。」「ある人は、同じことを私達にやろうとはっきりと望んでいる。」その「ある人」を名指ししていないが、私=岩田は見当がつく。
 かかるロシア連邦解体の恐怖心は、ユーゴスラヴィア解体への北米西欧の積極的介入を目撃して、プーチンの深層心理に定着したものと思われる。 
 帝政ロシアとユーゴスラヴィア王国(セルビア王国主導)、社会主義ソ連と社会主義ユーゴスラヴィア、社会主義ソ連の崩壊と社会主義ユーゴスラヴィアの崩壊、両者における諸構成共和国の独立、ロシア連邦の成立と新ユーゴスラヴィア(セルビア・モンテネグロから成る)の成立、そしてロシア連邦の未来不確定性と新ユーゴスラヴィアの解体確定(78日間NATO大空爆によるモンテネグロの独立・NATO加盟とセルビア共和国からのコソヴォの分離独立)。以上のような並行関係がプーチン大統領の脳裏に刻まれたとしても、決して不合理ではない。再三にわたるNATO東方拡大中止の要請に対して常にNATOは、否で答えた。かくして、不合理に形成されたとはとても言えない警戒心・恐怖心象は、合理的政治判断を時々刻々下す事を困難にする程に固着した恐怖心理に結晶してしまったようである。
 世の識者は、プーチンを1938年のズデーテン問題や1939年のポーランド侵攻におけるヒトラーにたとえるが、これは全く見当違いである。ヒトラーにドイツの将来に関して如何なる不確定性恐怖心はなかった。復讐を兼ねた膨張・侵略の確定した未来像だけがあった。すなわち優越心だけがあった。ヒトラーの侵略とプーチンの侵略とは180度対極にある。
 もう一つ大きな恐怖要因がある。ロシア・ウクライナ国境に米国の核ミサイルが配備されたならば、モスクワ・クレムリンにX分でとどく。核奇襲が行われると、プーチン大統領が報復の核発射命令を出す前に、大統領が常時身近に置いている核反撃命令装置は、大統領と同時に蒸発してしまう。反撃命令が出せない。
 露国の核奇襲が米国に向けてなされた場合、ワシントンに到達するのにY分かかる。米大統領は退避して、核反撃ボタンを押す余裕がぎりぎり在る。何故ならばY≫Xであるから。かくして、相互確証破壊の核戦争抑止メカニズムが露国に不利な形で消失する。これは客観的可能性である。
 かかる恐怖心と相互確証破壊消失の現実性がプーチンをしてウクライナ侵略を決断させたと見れないか。

 あるセルビア人知識人から日本スラヴ文学界の大御所によるプーチン戦争破露魂論のあるを教えられた。露宇戦争に深苦する大人の英露語の一文であった。
 没交渉かつ遠望の人ではあったが、私は一文に答えて七言絶句もどきを作ってみた。

   西沼東野義欠充
   日東文人唯苦渋
   宇露血涙為大河
   北約孫呉御戦銃

                注:北約はNATO、孫呉は古代中国の孫子と呉子

                     令和4年3月22日(火)

                       大和左彦/岩田昌征

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion11882:220324〕