プーチン訪日前のロシア情勢 (5)

2016年6月25日になって、プーチンの正式な訪中に際して、表2にある文書が締結された。8. ロシア連邦政府と中華人民共和国政府との間の、核発電所の中国領内での建設および中国によるロシアへの国家クレジットの供与における協力協定への追加、20. 中国開発銀行と中国輸出入銀行のクレジット手段を公開型株式会社「ヤマルLNG」が選別する原則に関する議定書、23. ガスプロムとCNPCとの間の、中国領内でのガスの地下貯蔵やガス発電の部面での協力の諸問題に関する相互理解議定書、24. 公開型株式会社「ロスセチ」と中国国家送電会社との間の合弁企業設立に関する株主間協定、25. 公開型株式会社「石油会社・ロスネフチ」と中国コーポレーションSinopecとの間の、東シベリアにおけるコンビネーションガスの製造・分離や石油化学製品の生産に関するコンプレクスの建設・保持・利用プロジェクトの共同のプレ・フィージビリティ・スタディ(プレFS)の準備に関する枠組協定、29. 公開型株式会社「石油会社・ロスネフチ」と「北京控股有限公司」(Beijing Enterprises Holdings Limited)との間の石油ガス分野におけるヴェルフネチョンスクネフチガス・プロジェクトとその他の協力の枠内での協力に対する基本条件協定などのエネルギー分野での協力がまとまったことになる。このように、多岐にわたる中ロ協力がエネルギー分野でも拡大していることになる。

 

表2 プーチン訪中時に習近平との会談過程で2016年6月25日に調印された共同文書
1. 中ロ共同声明
2. グローバルな戦略的安定性の強化に関するプーチンと習近平の共同声明
3. 情報空間の発展部面における相互作用に関するプーチン・習近平の共同声明
4. 国際的権利の役割向上に関するプーチン・習近平の宣言
5. 経済協力の戦略的プロジェクトの実現をめざすコントロールに関するハイレベル・ワーキンググループ会議の議定書
6. ロシア連邦政府と中華人民共和国政府との間の、大型長距離航空機とその系列で創設される航空機の開発・生産・商業化・販売後サービスのプログラムの共同実現に関する協力協定
7. ロシア連邦政府と中華人民共和国政府との間の、将来性のある民間重ヘリコプター創設プログラムに関する協力協定
8. ロシア連邦政府と中華人民共和国政府との間の、核発電所の中国領内での建設および中国によるロシアへの国家クレジットの供与における協力協定への追加
9. ロシア連邦政府と中華人民共和国政府との間の、平和目的での宇宙空間の研究・利用部面および発射手段や陸上宇宙インフラの創出・利用での協力にかかわる技術保全措置協定
10. 国際機関・合同の枠内での共同努力調整に関するロシア連邦経済発展省と中華人民共和国商業省との間の相互理解議定書
11. 連邦林業庁(ロシア連邦)と中華人民共和国林業国家総局との間の林業部面での協力に関する相互理解議定書
12. イノベーション協力の深化に関する、株式会社「ロスナノ」と中華人民共和国科学技術省との間の相互理解議定書
13. 連邦国家単独企業「ロシア情報電信庁」(イタル・タス)と情報機関「新華社」との間の協力協定
14. 非商業パートナーシップ「ロシア国際実業会議」と中国社会学アカデミーとの間の協力議定書
15. 公開型株式会社「ロシア鉄道」とコーポレーション「中国鉄道」との間の全面的・戦略的的協力協定
16. ロシア連邦中央銀行と中国有価証券市場規制委員会との間の協力議定書
17. 閉鎖型株式会社「第一チャンネル 全世界ネットワーク」と中国中央テレビとの間の相互理解・協力議定書
18. 連邦国家単独企業「国際情報機関・今日のロシア」と中国国際ラジオ局との間の協力趣意協定
19. ロシア連邦領内における高速鉄道や鉄道設備の生産の現地化問題に関する協力の枠組協定
20. 中国開発銀行と中国輸出入銀行のクレジット手段を公開型株式会社「ヤマルLNG」が選別する原則に関する議定書
21. ロシア連邦中央銀行と中国保険規制委員会との間の保険業務部面での協力に関する2016~2018年の措置計画
22. 公開型株式会社「極東工場ズヴェズダ」、中国船舶重工国際貿易有限公司(China Shipbuilding & Offshore  International Co., Ltd, )*、青島北海船舶重工有限責任公司(Qingdao Beihai Shipbuilding Heavy Industry Co., Ltd)の間の造船コンプレクス「ズヴェズダ」向けの輸送・転送ドックの建設・引き渡しの造船契約
23. ガスプロムとCNPCとの間の、中国領内でのガスの地下貯蔵やガス発電の部面での協力の諸問題に関する相互理解議定書
24. 公開型株式会社「ロスセチ」と中国国家送電会社との間の合弁企業設立に関する株主間協定
25. 公開型株式会社「石油会社・ロスネフチ」と中国コーポレーションSinopecとの間の、東シベリアにおけるコンビネーションガスの製造・分離や石油化学製品の生産に関するコンプレクスの建設・保持・利用プロジェクトの共同のプレ・フィージビリティ・スタディ(プレFS)の準備に関する枠組協定
26. 公開型株式会社「統一航空機製造コーポレーション」と中国民間航空機製作会社との間の、大型長距離旅客機の創設プログラムに関する合弁企業契約
27. ロシアのホールディング「ユーロセメントグループ」と中国の生産建設会社「中国建材集団有限公司」(China National Building Materials Group Corporation, CNBM)**との間の、イノベーション建設資材、工業用ハウジングの生産部面での協力協定
28. 公開型株式会社「ロステレコム」と中国の会社「華為技術有限公司」との間の協力に関する枠組協定
29. 公開型株式会社「石油会社・ロスネフチ」と「北京控股有限公司」(Beijing Enterprises Holdings Limited)***との間の石油ガス分野におけるヴェルフネチョンスクネフチガス・プロジェクトとその他の協力の枠内での協力に対する基本条件協定
30. ロシアスポーツ出版「ソヴェーツキー・スポート」と中国スポーツ・メディアホールディングTitan Media Groupとの間の協力議定書
31. ロシアホッケー協会と中国ホッケー連合との間のホッケー発展部面での協力趣意議定書
32. 大陸ホッケーリーグ・チャンピオンシップへの参加権に関する大陸ホッケーリーグと中国のクラブ「紅星崑崙」との間の契約
33. 公開型株式会社「石油会社ロスネフチ」と中国化工集団公司(China National Chemical Corporation, ChemChina)との間の「東方石油化学会社」プロジェクトに対する協力の基本条件協定
34. 公開型株式会社「石油会社ロスネフチ」とChemChinaとの間の、2016年8月1日から2017年7月31日までの期間における「東方石油化学会社」の石油供給契約
35. 石油サービス部面の戦略的協力に対する公開型株式会社「石油会社ロスネフチ」と「山東科瑞石油装備有限公司」(Shandong Kerui Petroleum Equipment)との間の相互理解議定書
36. 有限会社「ザバイカル穀物ターミナル」と中国の会社「江蘇牧羊集団有限公司」との間の協力議定書
37.インフラプロジェクト実現のための 株式会社「USK MOST」と中国中鉄股份有限公司(China Railway Group Limited)との間の戦略的協力協定
(註)*ロシア語の原文では、China Shipbuilding & Offshore Co., Ltd,。
   **ロシア語の原文では、China National Building Materials。
   ***ロシア語の原文では、Beijing Enterprises Group Company。
(出所)http://www.kremlin.ru/

 

もちろん、エネルギー分野以外にも、銀行間の協力や民間航空機製造などでも中ロ協力は深化をつづけている。なお、軍事協力については、2017年春、拙著『ロシアの最新国防分析(2016年版)』(Kindle版)を上梓する計画だから、そちらを参考にしてほしい。

こうした中ロの接近があるからこそ、日本は巻き返しを迫られているのだ。この点をくれぐれも忘れないでほしい。

 

ロシアからの輸入がカギ

最後に、今回の日ロ経済協力の目玉はロシアからの輸入であると強調しておきたい。電力輸入や水素の輸入が検討されているようだが、どこまで踏み込んだ輸入協力ができるかがプーチンの評価基準となるだろう。上から目線の経済支援など不要であり、日本の官僚はロシアの現状を知るべきなのだ。たとえば、ロシアは医療後進国と思うかもしれないが、株式会社形態の医療法人が認められているロシアでは、日本の医療水準を凌駕する世界水準の医療サービスを提供する会社もある。そもそも日本の医療水準など世界からみればたかが知れている。それにもかかわらず医療技術で援助してやるなどと考えるのは間違っているのだ。

ロシア側の最近の報道によれば、12月の日ロ首脳会談に合わせて、独立行政法人・石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が国営石油会社ロスネフチの株式10%を100億ドルで取得することに合意する見込みであるという(14)。いったんは日本政府もロスネフチも否定した情報だが、実現する可能性は捨てきれないらしい。決済はドルではなく、中国の元で行うとのなまなましい憶測まである。これが事実となるかどうかはわからないが、ロスネフチの社長、イーゴリ・セーチンと言えば、プーチンの盟友と評せられることが多い(15)。しかし、両者の関係が常に良好であったわけではない。ましてや、ロスネフチは中国への傾斜を強めており、こんな会社に接近する価値があるかどうかは大いに議論されなければならない。

他方で、サハリンと北海道をトンネルでつなげる計画が動き出すとの観測もある。これはロシアからの輸出入に資するわけだから、日ロ両国にとって画期的な意味をもつ。この問題については、ロシア語で言えば、「パスモートリム」(様子を見守りましょう)というところか。

最後に、ロシアの現状を詳しく知りたい方には10月中に刊行する予定の『ガスプロムの政治経済学(2016年版)』(Kindle版)を宣伝しておきたい。本当にいい加減なロシア分析が目立つ。くれぐれもご注意を願いたい。

脚注

(14) ロスネフチは2016年の政府民営化計画のなかで、19.5%の株式売却が予定されている。ゆえに、このうちの10%をJOGMECが取得しても不思議はない。だが、その株価の評価はきわめて難しい問題だ。

(15) セーチンもクドリンもプーチンの盟友だが、前者はプーチンの従属者であって、後者はプーチンと「イコールパートナー」である。ゆえに、プーチンとセーチンとの関係は微妙に揺れ動いてきたわけだ。プーチンは、セーチンの娘が検事総長だったウラジミル・ウスチノフの息子と結婚した2003年11月以降、「セーチン-ウスチノフ」に加えて、「ルシコフ(モスクワ市長)-フラトコフ」との関係の親密化により、セーチンの毛嫌いしていたメドヴェージェフやイワノフとの関係に悪影響をもたらすことを怖れていたとみられている。現に、さまざまな軋轢が生じるなかで、セーチンは大統領府副長官のポストを追われた。だが、セーチンとプーチンの関係が切断されたわけではない。セーチンは剛腕で知られており、石油会社バシネフチがロンドンの取引所で株式公開しようとした際、これが外国投資家によるバシネフチ支配につながるとして、当時、バシネフチを支配下に置いていたシスチェーマという会社の主導者、ウラジミル・エフトゥシェンコフを追い落とし、自宅での逮捕状態に至らしめる。エフトゥシェンコフは刑罰を免れるためにバシネフチ株を売却せざるをえなくなってしまう。彼に近かったゲルマン・グレフ・ズベルバンク社長やアナトーリー・チュバイス・ロスナノ社長もなす術がなかった。裏には、プーチンが控えていたからだ。2014年12月には、連邦国家資産管理庁がバシネフチの普通株60.2%(定款資本の50.08%)を所有するようになる。バシネフチ株60.2%も2016年に売却される予定であったが、セーチンはロスネフチのような国営企業の株式購入入札への参加を禁止しようとした政府方針に猛反発、入札自体が延期されることになった。これほどの剛腕をもつセーチンがトップを務めているロスネフチとの関係を深めることはメリットをもたらす面もあるが、他方で市場尊重派のメドヴェージェフらの目の敵とされることを意味している。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3688:161006〕