ベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2017年9月6日)の1面と3面に「北朝鮮に行ったセルビア人観光団――神々の如き領袖達」なる長い記事が載っていた。要約し紹介する。
観光代理店主のフィリプ・ミサロヴリェヴィチが率いるセルビア人観光客11人が8月9日に北朝鮮に入った。第1回目の企画だと言う。ミサロヴリェヴィチは、更にあと2回セルビアから北朝鮮へ観光団を送り出す計画だ。中国の代理店を通して準備されていた。彼等の印象を聞こう。
北朝鮮の諸都市を訪問し、児童劇場、雑技団、ボウリング、買物、北朝鮮製ビールを楽しんだ。文明化され、組織され、制限され、厳格に統制されている、との印象。ピョンヤン(平壌)のインフラはベオグラードよりも立派だ。夜9時になると市中のあかりが消える。農場はセルビアの共同組合農場Zadrugaに似ている。村々も清潔で、建物は白く塗られており、土地の人々の身なりはこざっぱりしており、地方風の服装をしている者もいた。飢えている様子はなかった。高速道路を4時間走ったが、その間車は2台しか見えなかった。
通訳兼案内者の金嬢は、金正恩の歳を知らないし、子供がいるかどうかも知らなかった。しかしながら、私達の国が空爆され、世界のマスメディアで歪曲された報道がなされた事は知っていた。ここで岩田の注を入れると、1999年3月24日から6月10日に及ぶ連日のNATO・アメリカによるセルビア大空爆と全世界マスコミによるセルビア悪玉論的報道のことだ。金嬢はブッシュについての小話を語ってくれ、朝鮮の子守歌を歌ってくれた。私達は彼女にHej Sloveniを歌った。金嬢は、「私達が再び来てくれるように、自分達が平和愛好の国であって、誰をも攻撃したくないのであり、ただ自分達の価値体系を守護したいだけである事を私達がセルビアの人々に伝えてくれるように。」と頼んだ(強調は岩田)。金嬢は、NATO空爆を決めたのは、ブッシュではなく、民主党のクリントン大統領である事までは知らなかったようだ。セルビア人観光団が金嬢に歌ってきかせたHej Sloveniは、社会主義ユーゴスラヴィアの国歌であって、現在のセルビア共和国の国歌Bože Pravdeではなかった所が興味深い。
記事の最後に、ミサロヴリェヴィチは自分の印象をまとめている。たしかにプロパガンダだ。しかしながら、必ずしもすべてがメディアで伝えられている通りとは限らない。彼等は中国人と何か取引きがあって、中国人が彼等を守るのではないかと言う印象を得た。
朝鮮民主主義人民共和国による核実験や弾道ミサイル試射に関連して、Jアラートとか言う耳なれぬ用語が聞こえて来る。シベリアのスターリン獄に11年間閉じ込められて帰国した故内村剛介氏は、日本を日本と呼ばず、ジャパン、ジャパンと片仮名で呼んでいた。私=岩田はそれが気に入らず、「先生、何故日本と言わずに、軽侮的にジャパンと言うのですか。」と何回か問うた事がある。Jアラート、Jアラートと何度も聞かされるうちに、内村先生の気持ちがわかって来た。私が幼少の頃はケイカイケイホーであった。漢字がわかるようになってから、警戒警報と書くんだと知った。空襲警報の前段階であった。警戒警報と言われると、日本国民がある種の外敵によって脅威に晒される実感が湧くが、Jアラートと横文字片仮名で叫ばれてもどこかぴんとこない。要路の人自身そんなに緊張感がないから、Jアラートなる用語を選択したのではなかろうか。北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルを解説する民放テレビ番組のアナウンサーは、「日本の頭上をミサイルが飛び越したんです。」と大きな身振りで、大声で叫び、背後には東京上空が「航空機密集空域」だと大書されてあった。航空機密集空域と言えば高々7000メートルか8000メートルまでだろう。弾道ミサイルは、400キロメートルから3800キロメートルの話だ。桁がまるで違う。
真に日本国、すなわち日本国民と日本国土の安全を考えて、警戒警報を出す必要はある。そのためには、日本列島沿岸に多数設置されている核地雷=原子力発電所に核弾頭装備の弾道ミサイルが直撃した場合、原発内の多量の核燃料と飛来した核爆弾が如何に相乗作用し、福島第一やチェルノブイリの大事故の規模の何十倍、何百倍、あるいは何千倍の核爆発になるのかを正確に計算して置かなければなるまい。かかる具体的脅威が実在しないと想定されている仮空のJ国を設定し、Jアラームを発し、若干の交通機関を止め、若干の避難訓練もどきを実行した。故内村剛介の言うジャパンだ。日本国軍が無く、米軍ジャパン自衛隊だけが実在している。民放テレビも亦「航空機密集空域」を頭上500キロメートルをとぶ北朝鮮の弾道ミサイルに結び付けるが、米軍管理の横田空域を全く連想させない。J国あって、日本国なし。
北朝鮮の核実験や弾道ミサイル試射を挑発と見る言論が多い。私=岩田は、挑発とは考えない。瀬戸際政策ではあるが、挑発ではない。誰かを挑発するとは、誰かに先に発砲させる事、先に手を出させる事、そうさせるように意図する行為であり、発言である。私=岩田の見る所、金正恩の発信にはアメリカに先手を打たせる意図がない。また自分が先手を打って、アメリカの大量報復をまねきよせて、絶滅する願望がある訳でもない。
あえて言うならば、「一寸の虫にも五分のたましい」の叫びであろう。その虫が益ある虫か、害ある虫か、他国の人々が決める事ではない。金正恩にとって心外な受け止め方かも知れないが、その叫びは弱者の悲鳴にも聞こえる。そうだとすれば、瀬戸際政策や「挑発」を真に受けて、真意を読まずにアメリカや日本が最大限の経済制裁から武力的圧力をかけつづけたらどうなるであろうか。
ここに参考に値する発信がある。日本独立国士・木村三浩氏が発行する月刊紙『レコンキスタ』(平成29年9月1日)に清水信次氏は次のように語る。「かつてのABCD包囲網に苦しめられたように北朝鮮は国際的な包囲網に追い詰められています。トランプ大統領は『中国もロシアも制裁には賛同した。北朝鮮に対して大きな財政的打撃となる!』と、いわば自画自賛していますが、追い詰められたものが最後に何をするでしょうか。歴史は何を語るか。日本人こそ、その歴史を誰よりも実感しているでしょう。かつての大東亜戦争でABCD包囲網を敷かれ、経済的に困窮した日本が、中国から撤兵する道を選んだでしょうか。否、日本は軍事的劣勢である事を承知しながらも、米英と対決する道を選びました。それを自らの体験で知っている日本人は、戦争への道を避けようと思えば、トランプ政権の尻馬に乗るべきではありません。むしろ、歴史の教訓を米国に教え、説いて聞かせなければならないのです。日本は、北朝鮮に対する制裁に参加するのではなく、米朝間で対話する窓口として、仲介役を務めるべきなのです。それがアジア外交論者である河野太郎外相の手腕にかかっています。」その通りだと思う。
安倍首相は、石油禁輸に追い詰められて対米英開戦に踏み切った東条内閣の閣僚・祖父岸信介から、苦痛を聞きながら育ったはずだ。
仮に仮に不幸にして、最大限の経済制裁の下に金正恩体制が絶体絶命の崖っ縁に立たされた時、朝鮮民主主義人民共和国の「山本五十六」はどこを狙うであろうか。韓国か米国か日本か。勝利の望み零の、敗北必至の、体制温存の可能性も全く無い最後の戦いにおいて、「山本五十六」将軍の胸中に残る唯一の力は、朝鮮民族近代史の無念である。北朝鮮の「山本五十六」が選び取る真珠湾は、グアムでもなければ、沖縄でもなく、京城=ソウルでもない。日本列島のどこかであろう。そして、こんな形で歴史のかなたに去って行った北の共和国は、無傷で生き残った南の朝鮮民族=韓民族の民衆によって民族史の精華として語り継がれることになろう。こんな悲劇的方向へ歴史を誘導してはならない。隣国との対話につきる。
平成29年9月12日(火)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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