ポーランドにおける再私有化の嵐――旧社会の復讐、一方的階級闘争――

ポーランドにおける住宅をめぐる階級闘争の実態を具体的に、生々しく描き出す書物を入手した。ベアタ・シェミェナャコ著『ポーランドを再私有化しつつ 大なる歪曲の歴史』(ポーランド語、政治批判出版、ワルシャワ、2017年)がそれである。ここに言う「再私有化」とは、党社会主義体制によって国有化された(奪われた)私有財産を旧所有者、または彼らの正当な相続権者に返還する事を指す。党社会主義崩壊によって開始された国有公有財産を私有財産化する社会転形プロセスの一環である。

本書に列挙されている諸再私有化実例から典型的と思われる「温和な」事例を紹介しよう。

① キェレツ郡のウォプシノにある小宮殿が2016年に再私有化された。旧所有者のフジャノフスキ一族は、2004年以来小宮殿返還要求の裁判をたたかって来たが、最終行政裁判所の返還判決が出された。それによれば、共産主義時代の農地改革法令の趣旨に照らしても、小宮殿の国有化は合法ではない。故に国有化は無効であり、旧所有者に返還すべし、である。
この小宮殿、国有化以後、1947-48年に公費で修理修繕されて、主に教育目的で活用されて来た。2017年現在、700人の児童と成人がそこで勉学している。この地方では、半径25-30キロメートル以内にかかる教育施設はここ一個所しかない。
旧所有者の正当な相続人であるフジャノフスキ家はフランスに居住している。現物で返還されない場合、小宮殿の賃貸料を月額7万5千ズロチを支払えと、郡役所に請求している。1ユーロ=4ズロチ、1ユーロ=120円として、1ズロチ=30円であるから、月額225万円の賃借料を支払わねばならぬ。郡役所の予算規模からすれば、法外である。政党な相続人に現物返還すれば、新しい学校を建設しなければならない。それには1500万ズロチかかると見積もりが出ている。EU基金を要請するしかない、と言われる。
ワルシャワ市内の多くの学校や病院が再私有化プロセスで直面している困難と全く同じである。(p.230)

② シチャヴニツァはポーランドの小さな保養地である。公爵の称号を有するヤン・ルボミルスキ-ランツコロンスキはある会話で「シチャヴニツァはポーランドでたった一つある私有町だ。」と公言した。町議会は、「シチャヴニツァは町長も議会も民主的に選挙されている町だ。」と公爵に訂正を求める手紙を出した。
町の唯一の産業である保養施設が再私有化された。公爵は、保養業はポーランド貴族が常に心をくばってやって来た親社会的事業であると声明している。しかしながら、その再私有化の結果、多くの町民の家賃が値上げされた。更に悪いことに、私有会社になった保養施設は社会保険局との契約締結が出来なかった。そこで働く人々は失職を心配し、また町へ保養に来る御客も減っている。
保養会社は、町長の手紙に答えて、「この種の情報を町長が拡散すると、保養している人々や保養に来たいと計画している人々にシチャヴニツァのイメージを悪くする。会社の活動を評価するのは、町長や地方自治体の権限にないことで、会社内の機関の仕事だ。」と言い切った。(pp.247-248)

③ ワルシャワ郊外、ショパン空港の西南方近辺にミハウォヴィツなるグミン(基礎的地方自治体)がある。グロホルスキ一族は、その136ヘクタールの土地に関して70年前に実行された農地改革を無効化する事に成功した。農業相が決定して、ワルシャワの県行政裁判所が確認した。136ヘクタールの土地は、すでにして住宅地となっており、1700人が住んでいる。住民達は、すでに国から土地を買収し、登記もすましていた。全員ではないにせよ、かなりの者がかなり以前に私有化の過程でそうしていた。ところが、今になって、旧所有者への返還が実現した。旧所有者と新所有者の対立。そこで、グロホルスキ家は、国庫から5憶ズロチ(約150億円)の補償を支払うように要求している。同時に、グミン役場や幼稚園が置かれている土地は、直接に返還するように要求している。

私=岩田は、ここで再私有化の悲劇的ケースではなく、再私有化の被害者がただちに生
活苦に落ち込む訳ではない「温和な」三事例を紹介した。勿論、「温和な」ケースの背後に無数の苛烈な再私有化事件がある。電気、ガス、水道、通信等を切断され、生まれた時から住んでいた住居から追い立てられて、路上生活の恐怖にふるえ、絶望し、自殺する年金生活者達。その結果、乳呑み児をかかえた若き母親達が空き家を占拠し、ハンガーストライキに突入するケース。去年11月21の本欄の拙論「住宅再私有化をめぐる階級闘争」で紹介した、追い立てに抵抗し続けたヨランタ・ブジェスカ焼殺事件。

要するに苛烈なケースを見なくても、上記の「温和な」ケースを見るだけでも、東中欧の体制転換後、相対的無産者が絶望的無産者に転落し、相対的有産者が絶対的有産者に飛躍する階級闘争の事実が見る気のある認識者にははっきり見える。
現代において、階級闘争とは有産者の勝があらかじめ決められた闘争であるかの如くに見える。何故かと言えば、リベラル知識人の圧倒的多数が我関せずであるから。
『朝日新聞』2月14日号に、ポーランド自主管理労組「連帯」の初代委員長、90年-95年期ポーランド大統領レフ・ワレサのインタビューが載っていた。空文句の多いインタビューである。実のある発言は三個所だけである。「民主主義には日本の天皇のように確固たるたる存在が必要だ。ポーランドにはもういない。」「金のある人はポーランドでは5%だけです。残りは貧乏で何もできない。」そして「今日では、聖人のような人が解決策を提案しても誰も耳を傾けないでしょう。今は詐欺師の時代。みな、人を信じなくなっています。」
このような悲惨な社会状態が出現した第一の原因は、ワレサ労働者出身大統領時代にリベラル・ネオリベ系列の「聖人」達が提案した解決策を熱狂的に受け入れた「連帯」政権にある。私有財産制復活を絶対原理にし、それに基づく市場メカニズムを絶対制度にした自分達への反省がインタビューには全く欠けている。一般労働者、要するにワレサの自主管理労組を心底から支持・支援した勤労常民層は、ワレサ大統領時代に突如全面開花した職場の私有化と住居の再私有化のダブルパンチで、仕事と住まゐを失う。あるいは仕事か住まゐを失う。このような自分がかかわった諸政策の結果への心の痛みがインタビューには全く感じられない。
スターリン主義体制を打倒さえすれば、その後はすべてが許されるゆるされるわけではないぞ。

関心のある方々は、私=岩田が「ちきゅう座」の「評論・紹介・意見」欄に発表したワレサ関連論説を読んで欲しい。

平成30年2月15日

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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