年が明けて三日、New York Timesが気になる記事を送ってきた。
「Elizabeth Holmes is found guilty of four counts of fraud」
下記urlから、記事をご参照いただければと思う。
https://www.nytimes.com/2022/01/03/technology/elizabeth-holmes-guilty.html
記事を要約するまでのこともない。ウィキペディアを見れば、何を伝えてきたのか想像できる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA
「2003年、スタンフォード大学の化学工学科の2年生の時に大学を中退して少量の血液で200種類以上の血液検査を迅速かつ安価に出来る医療ベンチャー企業のセラノス社を創業した。 2014年6月に380億円を調達して同社の時価総額は9000億円になったとされ、株式の過半を所有する創業者のホームズは、『自力でビリオネアになった最年少の女性』として話題になった。だが翌年にフォーチュンは資産価値0とし『世界で最も期待はずれの指導者たち』の筆頭に挙げた」
「セラノス社は、画期的な血液検査技術の開発で投資家から資金を得ていたが、アメリカ食品医薬品局などの調査により、自社の技術を使用した検査は一部にすぎず、大半を他社の検査機器などで行っていたことが指摘されるようになった」
「2018年3月、証券取引委員会と詐欺罪に関する訴訟で和解。ホームズはセラノスの支配権を放棄した上で株式の大半を返還し50万ドルの罰金を支払ったほか、ホームズが保有するセラノス株1,900万株の放棄、今後10年の間、上場企業の役員や取締役への就任を禁じる内容となっている。また、2022年1月3日にはカリフォルニア州サンノゼの裁判所の陪席は、投資家に対する詐欺罪と通信詐欺罪3件の計4件について有罪評決を出した。最大で禁錮20年の刑が言い渡される可能性がある」
Economistかなにかだったと思うが、指先から採取した数滴の血液で二百種以上の血液検査というニュースを見たとき、ついにそこまで来たかと感動したのを覚えている。
テレビで見たホームズの立ち振る舞いはスティーブ・ジョブスをほうふつさせるもので、聡明さと自信に満ち溢れていた。世界中のマスメディアがときの人と持ち上げたこともあって、セラノスの企業価値は一時期にせよ約一兆円に達した。
唾液や数滴の血液でDNAを特定できるのなら、数滴の血液で検査をできるようにという考えは荒唐無稽のものとは思えない。素人ゆえにかもしれないが、実現に時間はかかっても可能性は十分あると、今でも思っている。
実験室ではできていても、実用化するまでにはさまざまな障害がある。いつでもどこでもあることで、セラノス社に限ったことではない。ベンチャーを立ち上げたはいいが、収益を上げるまでの資金が続かないことも多い。ここから、実現性に向けた風呂敷を広げたような話しに転がっていくことがある。一度マスメディアに乗ってしまうと、引っ込みがつかなくなる。メディアの情報が独り歩きして、あっという間に詐欺もどきに発展してしまう。
新しい技術の開発にリスクはつきもので、上手くことが運んで上場に持ち込めることの方が珍しい。失敗はつきもの、失敗を恐れずにチャレンジする人たち、その人たちを支援する社会的風土があるから次の時代を背負う技術が開発される。問題は技術的可能性と開発を継続し営利企業として成り立ち得るのか、そして企業としての市場価値をどう判断するかにある。マスメディアには、技術的可能性の段階で科学論文でいうピアレビュー(査読)に相当する機能が求められる。
マスメディアが伝える情報は、ネット上に氾濫するミスインフォーメーション(misinformation)やディスインフォーメーション(disinformation)、ましてやマルインフォーメーション(malinformation)とは違うはずだろう。マスメディアには、個人や組織の偏った思い込み、そこから生まれる詐欺行為になりかねないものを調査し、事実を精査する能力もあれば責任もあるはずだ。
数滴の血液から検査するシステムが近い将来実ビジネスになり得るのかと疑問に思う研究者がいなかったとは思えない。テラノス社から伝えられた情報の裏もとらずに、聞いたことをそのまま配信するのなら、YouTubeやTwitterで好き勝手に真偽のはっきりしない情報を垂れ流しているインフルエンサーと何が違うのか。
p.s.
<植物工場>
テラノス社のケースとは規模において比べようがないが、性格としては同じようなものだと思っている。
もう十年以上前になるが、知り合いに誘われるかたちで植物工場に関わり合った。大阪の大学の教授が立ち上げたベンチャーを引き継ぐかたちで植物の光形態形成反応研究用のLED照明をベースに、植物工場のターンキーシステムまで手掛けていた。新興ベンチャーとしてマスメディアに持ち上げられて表彰までされたが、自社の植物工場を稼働できないでいた。
ある日、東大の先生にLED照明の紹介に上がるべく、飛び込み営業の電話を入れた。研究に忙殺されているからだろう、それなりの立場にいる人からの紹介がなければ、ふつう先生方には相手にしてもらえない。ところが、社名を伝えたとたん、つっけんどんだった先生の声が変った。いつでもいいけど、早いうちに来てもらえないかなと言われた。
翌週お伺いして「xxx(社名)の藤澤です」と挨拶したら、「知ってるよ。いい会社だ。うちの院卒どうだろう」
なにを言われているのかわからなかった。給料が遅配になる可能性も見えてきているところにまさかと思っていたら、
「いや、ぼくも来年には二年目だから、どうだろう」
左手には六本木ヒルズで開催された新興ベンチャー表彰式のときに配布された小冊子があった。
大学の先生も楽じゃない。研究を継続するためには科研費だけではたりない。そのためもあってだろうが、産学協同という美名のもと業者から支援をひき出すために、それを言っちゃ終わりでしょうという話をする先生もいらっしゃる。院生の就職先探しからご自身のポジションの確保まで東奔西走、研究どころじゃないんじゃなかと心配になることもあった。
稼働しっこない植物工場の営業までやらざるを得なくなって、詐欺のお先棒のような立場になってしまった。二年ほどで、これいじょうはと身を引いた。
一次産業の農業に、生産工場だから二次産業、そして収穫した野菜の流通の三次産業ということから植物工場を一+ニ+三で第六次産業なんてことを言いだすマスメディアもあった。拙い経験からだが植物工場をまともに稼働して利益を計上するのは非常に難しい。ちょっと想像してみて欲しい。季節の変化に影響されない閉鎖型植物工場では、光から温度に湿度、二酸化炭素や酸素濃度に肥料までのすべてを人工的につくりあげなければならない。実験室ならいざしらず、体育館の広さのあっちの端からこっちの端までの温度を均一に保つのは言うは易く行うは難しの典型で、センサーをどこに設置するのか、エアコンからの空気の流れをどう測定し制御するのか?あっちの端では十八度、こっちの端では二十三度なんてことが起きる。それは温度だけではない。光は言うにおよばず、湿度も酸素濃度も二酸化炭素濃度も肥料も、体育館の広さを均一に、機械屋出身で制御屋が長いが常に損益を考えなければならない民間企業では不可能に近い。
新聞でなんとかかんとか(社名)、植物工場に進出かなんて記事を目にするたびに、また一社かと暗澹たる気持ちになった。自動車や家電などの製造業が海外移転を進めるにしたがって、機械部品や電機部品を納入していた下請けから仕事が消える。さいわい工場建屋はある。機械部品か電機部品しか作ったことのない下請けの会社のオーナであれば、建屋を有効活用して新しいビジネスはないかと考える。そこに官学産の机上の空論のような植物工場をマスメディアが実ビジネスの視点での評価なしに伝えてくる。かくして数億円は下らない、実現したとしてもペイしっこない植物工場がまた一つ増える。
スーパーで一個百円が買えるレタスの製造原価が三百円という植物工場を、所属した事業体は違うが、建設して運営していた会社に身を置いていたこともある。
いつの間にか全国紙の顔をしている経済新聞を開くと、それ本当かという記事を目にしないことのほうが珍しい。数滴の血液からや植物工場だけではない。なにかの目的をもったプロパガンダもどきのプレスリリースを額面通り事実として伝えるマスメディアに、もしかしたらミス(ディス)インフォ―メーンをまき散らしているかもしれないと心配になることはあるのかなと思うことがある。
2022/1/7
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion11835:220310〕