ロシアは、権力者と呼ぶにふさわしい真性の権力者を生み、同時にまた、批判者と呼ぶにふさわしい批判者を生む。
去年の4月、知人のロシア語第一人者が手紙をくれて、ロシアの主要紙『ヴェードモスチ』(2014年3月1日)に国立モスクワ国際関係大学教授アンドレイ・ズーボフが発表した、ロシア国家の対ウクライナ・対クリミア政策を告発する論文を紹介してくれた。
彼は、クリミア併合をナチス・ドイツのオーストリア併合(1938年 アンシュルス)にたとえる。そして書く。「クレムリンのクリミア併合における成功はもっと恐ろしい失敗に変わる。もし全てが容易に行われれば、明日はカザフスタンのロシア人居住区がロシアへの参入を望み、きっと南オセチアとアブハジア、それにキルギス北部も同様になる。オーストリアにズデーテンが続き、ズデーテンに続いて―メーメル、メーメルに続いて―ポーランド、ポーランドに続いて―フランス、フランスに続いて―ロシア。全ては小さなことから始まった。・・・・・・あの当時ヒトラーとゲッベルスの口約束に対して、ドイツ人が振る舞ったように、我々は振る舞ってはいけない。・・・・・・現在多くの国家に分かれているロシアの歴史的空間における平和と真の友好のために、この無思慮な、・・・、全く不必要な、侵略に『ニェット』と我々は言う。」
これは、プーチンの名前こそ避けているが、「プーチン=ヒトラー」論そのものである。私=岩田から見れば、比較対照は単調であり、かつNATOの一方的東進政策に一言も触れていない所がズーボフ論文の真意であろう。それはさておき、時の強権力者に職をかけて、堂々と筆闘をいどむロシア・インテレクチュアルの姿勢に学ぶ所がある。
北米西欧諸国やロシア親欧米派ほどに露骨かつ直接的ではないにせよ、ロシア支持の人々も亦、自分達の対立者をナチスに等置しようとする。具体例を出そう。
2014年11月21日(金)午後3時17分57秒、ニューヨークの国連第三委員会においてある議案の投票採決が行われた。議案は、「ナチズム、ネオナチズム、及び現代的諸形態の人種主義、人種差別、外国人嫌い、それらと結びつく不寛容をあおる諸々の活動形態を栄光讃美する事に抗する闘争に関する決議」である。提案者は、ロシア、ヴェネズエラ、キューバ、シリア、パキスタン、ナイジェリア等18ヶ国である。それは、ヘイトスピーチや弱小集団への暴力を予防する立法措置を各国に求めていると言う。
西側で言う「政治的に正しい」内容の提案が非西側諸国によって提議されたのであるから、文句無く西側諸国からも同意を得て、全会一致で採択された、と推察されよう。しかるに実際は、アメリカ代表団の要請によって投票することになった。
賛成は115ヶ国。反対は3ヶ国、アメリカ、カナダ、ウクライナ。棄権は55ヶ国、EU加盟諸国のすべてとNATO加盟諸国のすべて。棄権諸国の中で注目すべきは、アルバニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、マケドニア、モルダヴィア、グルジアであり、要するにEUかNATOに加盟したい国々である。賛成諸国の中でヨーロッパではロシアとベロルシア以外、セルビアのみである。セルビアは、EU加盟を熱望しつつも、EUの外交方針に同調せず、独立独歩を貫いている。
北米や西欧が反対ないし棄権した理由は、議案のスポンサー(ロシアのこと)にかかる「反ナチズム」を唱える資格に疑問あり、と言う事らしい。
それに対して、親露派のあるセルビア人論者は、どこから見ても真当な「反ナチズム」決議に反対したり、棄権したりする事は、事実上、ナチズム肯定に通じることであり、我国セルビアはナチズム肯定諸国にぐるりと取り囲まれてしまった、と嘆いている。またウクライナのネオナチ分子への支援だと見ている。(ベオグラードの週刊誌『ペチャト』2014年11月28日、pp.6‐9)
かって、ナチズムは、世界的に絶対悪とされた。しかしながら、今や、北米西欧諸国においては、自分達が語れば、ナチズムは巨悪であるが、ロシアが語れば、ナチズムは小悪にすぎない、と言う事になっているのかも知れない。今回の投票で最も着目すべきは、ロシア等の提議であるにもかかわらず、イスラエルは賛成である事実とロシア等の提議である故にか我が祖国日本は棄権している事実である。
平成27年1月3日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
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