ワクチン地政学――セルビアの事例――

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
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 コロナウィルスに対する第3回目の、所謂ブースター接種が北米、西欧、ロシア等ですでに実行されている。我が日本ではようやく12月に始まると言う。バルカン半島のセルビアでもすでに始まっている。

 コロナ・ワクチンに関する面白い記事がベオグラードの日刊紙『ポリティカ』(2021年9月10日、10月1日)に載っていた。要約紹介する。

 第一、9月10日の記事。首都ベオグラードの一角、ゼムン地区のソコ・サラシで大統領ヴゥチチと中国大使(女性)の出席の下、ある工場の起工式が行われた。ワクチン生産の新工場である。製造能力年4千万本。第一期工事は来年3月末に完了、第二期は2023年と言う。ただし設備の設計・製造はドイツの企業のようだ。来年4月には国内向け供給開始、余力あれば輸出も。セルビアではすでにロシアのワクチンが27万5千本生産されている。
 新工場の所有は、セルビア、中国、アラブ首長国連邦がそれぞれ33.3%、三分の一ずつである。製造されるワクチンは、中国のシノファルム・ワクチン。シノファルム・ワクチンは、9ヵ国へ輸出されており、105ヵ国で使用認可され、すでに20億本が使用されていると言う。
 現セルビア政権にとっては重要事案であって、第一面と第五面で大きく報じられている。
 私=岩田の記憶によれば、ブルノヴィチ首相(女性)は、三回ともファイザー・ワクチンを接種していた。ヴゥチチ大統領は二回とも中国のシノファルム・ワクチンだった。
 起工式の記者会見でヴゥチチは次のように語っていた。――セルビアのワクチン接種は順調に48%に達した。しかし、その後51%に達するのに3ヶ月もかかってしまった。セルビアでは、ファイザーもアストラゼネカもロシアのワクチンも、モデルナも打てるのだ。私の第3回目のワクチン接種は、mRNAのワクチンにするように忠告する人達がいる。ワクチンに私よりも詳しい人達によると、みんなそれぞれに有効なのだ。私は三回目もシノファルムにする。私が打ちたいワクチンを選ぶ権利をどうか否定しないでくれ。―――
 セルビアは、北米・西欧の対中国・対露国戦略における大きな障害、露国にとっては大切な友好国である。と同時に、中国の一帯一路にとって欧州への戦略拠点。コロナ・ワクチンは、親米尊欧のリベラリストと親露容中のナショナリストの政治戦の一戦場となっているようだ。もっとも、我が日本では米英以外の諸国のワクチンについて殆ど何の情報もない。これは日本の地政学か。

 第二、10月1日の記事。セルビア中部地方、シュマディアの中心自治体クラグイェヴァツ(市域人口15万人、自治体全域18万人)のコロナ・ワクチン接種会場で第3回目、所謂ブースター接種でロシアのスプートニクVが品切れとなった。それを希望していた人々の多くは、代わりに北米西欧のファイザーを接種した。2週間待てば、ロシアのスプートニクVも再びとどくと予告されている。
この記事が伝えるまことに興味ある情報は次の如し。
 クラグイェヴァツの住民の10.31%に当たる18,217人が第3回目のワクチン接種を受けた。内訳は、シノファルムが11,714人、ファイザーが4,923人、スプートニクVが1,576人、アストラゼネカが8人。

       令和3年10月19日(火)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion11410:211021〕