丸山徹著『経済の数学解析』(丸善出版、令和3年・2021年5月)を一読した。
本書「序」によると、慶應義塾大学経済学部初年級にも、早慶院経済学研究科と東大院数理科学研究科においても使用できる教科書である。丸山徹教授が想定する「初学の読者」のために、ミクロ経済学の一般均衡理論の諸古典(ワルラス、ヒックス、サミュエルソン、ドブリュー)を精読できる準備として執筆された。
本書の章建ては、数学的解説が前の6章、その古典的均衡分析への応用が後の1章である。第1章 ユークリッド空間の代数と幾何、第2章 凸集合、第3章 微分の基礎理論、第4章 多変数函数のリーマン積分Ⅰ、第5章 Ⅱ、第6章 極値問題、第7章 古典的均衡分析。
私=岩田のような「初学の読者」が前6章について評する事はまずできない。若干気付いた所を述べるのみ。
第2章の「二次方程式の根と係数の関係より」(p.81)は「二次方程式の根の公式より」ではないか。
第4章の定理4.5の(iv)(p.143)を系4.2(p.149)で別証を与えた意味は何か。
以上は全くささいな事にすぎないが、初学の読者にとって、第2章§5.「ブラウワー不動点定理」、すなわち「単位球S……で定義され、値もこの集合のなかにとる連続函数 f:S →S は、必ずf (x*)=x*を満たす点、つまり函数f によって動かぬ点x*∈Sをもつ。」(pp.77-78)の意味をより詳しく解説する必要があるのではないか。
第7章「古典的均衡分析」に登場する体系内生的函数は、効用函数、生産函数、超過需要函数である。定義域と値域は、それぞれ、財と効用水準値、投入財と産出財、価格と財のセットであり、異質であるが、単位を適当に選択すれば、数量表現では同質のS=単位球にする事が出来る。かくして、不動点定理によって、不動点が存在する。しかしながら、財の数値=効用の数値、投入財の数値=産出財の数値、価格の数値=財の数値になったとしても、全く意味がない不動点であろう。
事実、第7章で構成される、岩田には体系外生的にみえる価格調整函数(p.294)は、定義域も値域もともにS=価格の単位球である。有意味の不動点。
後1章、すなわち第7章に関して若干のべる。
①個別消費者と個別企業が消費したり、投入したりする財を流体、気体、粉体、粒体のように連続体と仮定している。しかし、現実の消費や投入では、微分不可能な離散値であるケースが大半であろう。しかしながら、消費者数m、企業数kがそれぞれ数千万、数百万となるので、各財の消費と投入の合計は、微分可能な連続量として近似的に処理できる。一般均衡理論の定式化をこんな形で出来ないのか。
②消費者間の交換に先行して、諸財の初期保有量ベクトルを前提する。その中で労働という財の初期保有量は0であり、米との交換で労働供給量は漸増する図(p.245)が示されている。経済全体でも労働初期保有量は0であるから、米を初期に大量保有していた者が米で労働を買い、生きるために労働を売って米を買う者に社会が二分される。他人の労働を使用する者と他人のために働く者が出現し、かつ両者の効用水準は、交換後に上昇する。マルクス的階級社会の出現である。このように、理解してよいのか。
③初期保有量ベクトルが交換(≠売買)行為の結果として全般的最適点に達する。所謂パレート最適である。これから先は、他者の効用を下げない限り、自分の効用を上げる事は出来ない。社会的対立の出発点である。一般均衡の成立は、社会的矛盾の発生の必要条件であると考えてよいのか?
④各財の超過需要価値額の合計は恒等的に0となる。ワルラスの法則。従って、諸財の価格を決定するための諸方程式は相互に独立でなくなり、一つ不足する。それ故、一つ方程式を追加しなければならない。二種の追加方式が本書に見える。第一は、ある財、例えば第一財の価格を単位として測った相対価格を決定するやり方。要するに、第一財の価格=1とする式を追加する。p.279に見える。第二は、p.293に示され、価格調整函数に利用される方式(p.294)。すべての財価格の合計=1とする式を追加する。
価格が正であるとすれば、両者を同時に使えば、正の価格の合計が0となって不合理が生じる。本書にはこの点に関する説明が欠けている。
⑤ある財、例えは第1財を価値尺度財に使うケースを考えよう(p.279)。第1財は分母に来るから、価格は正値で超過需要函数=0である。すなわち、各人の効用維持に第1財は使われ尽くしており、貨幣のあと二つの機能、交換・流通手段と支払・価値貯蔵手段にまわす余裕がない。また逆に、余裕ある財は、一般均衡理論では価格=0となり、価値尺度財として分母に来ることは出来ない。そのうえ、無価値財で買い、支払い、無価値財を貯めることになる。要するに、一般均衡理論は、貨幣がはたらくマーケットを説明できない。この理論に売買は登場せず、完全に物々交換の世界を議論している。
令和4年・2022年1月1日
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔study1199:220105〕