上西充子氏と言えば、国会パブリックビューイング(国会PV)という、国会審議の録画を独自に編集して公衆の前で見せる運動を始めた法政大学の教授です。国会PVは、「国会を10倍面白く見る方法」と言い換えてもよく、現代の最も優れた市民運動の1つだと思っています。その理由は生まれてこの方、政治も国会もまったく面白くないと思い込まされてきた人々に、上西教授が国会の見方を提示したことにあります。野党議員による質問と首相をはじめとする閣僚たちや官僚たちの答弁を、細かく切り刻むような意図的な編集はせず(こうした手法は従来、プロパガンダと呼ばれる)、まるごと1ブロック数分間じっくり見せるのです。その前後に上西教授やその日の特別ゲストが適宜解説を入れることで国会議員や官僚のリアリティが、その震えや息遣いまで如実に見えてくるではありませんか。彼らが何を隠そうとしているのか、なぜ質問に対して素直に答えないのか。これを70~80分の番組に仕立てて見せるのが国会PVです。新聞に書かれた国会討論の記事の活字では見えなかったものが、国会PVでは浮き上がってきます。TVの細かく切り刻まれたカットの断片の編集とナレーションでは見えなかったリアルな審議の流れがわかります。 国会PVは政策を訴える「演説」ではなく、映像素材を生で人々が見て自ら認識する運動です。上西教授がNHKのニュースの編集が意図的に野党議員を貶めるものであったことを精密なカット割りの分析を通して批判記事を書いたことがありましたが、まさに政治運動というよりもむしろ、映像を「見る」運動なのです。ここにこの運動の新しさがあります。 「政治は面白くない」、「国会は面白くない」、というのは日本の国民を政治の場から遠ざけておく「呪いの言葉」だったのです。呪いの言葉には、「野党は反対ばかりしている」とか、「野党の追及は不発に終わった」とか、「デモに行ったら就職できなくなる」とか、「お上にたてついてはいけない」などのバリエーションが無数にあります。上西教授によると、これらはカテゴリーとしては「政治をめぐる呪いの言葉」になるのです。こうして選挙の投票率もどんどん低下の一途をたどっています。有権者は自分で自分に呪いの言葉をかけてまるで主権を放棄するかのように、政治から遠ざかっています。いったい誰がこうした呪いの言葉を発明しているのでしょうか。 新刊の「呪いの言葉の解きかた」の中で、上西教授は呪いの言葉が発散されているのは政治の世界に限らないと言います。職場や家庭にも呪いの言葉はあふれていて、日々、私たちの思考を縛りつけていると言います。「文句を言うと職場の雰囲気を壊す」とか、「嫌なら辞めちゃえば」とか、「母親なんだからしっかり」などの言葉もそうです。こうした言葉は、人々がものを批判的に考える力を封じて、その場の空気の奴隷にする言葉です。ですから、その呪いを解かない限り、若者も中高年もあらゆる世代で、人々の未来は暗いのです。そして、呪いの言葉は解きかたがあると言います。本書では相当多くのケーススタディが紹介されていて、そこには国会だけでなく、人気漫画や人気ドラマ、あるいは映画などのシーンの抜粋も呪いの事例として紹介されています。 上西教授が属する「キャリアデザイン学部」は単なる就職支援教育を施しているだけの学部ではないそうです。就労と教育と生活の3本柱を同時に考える「キャリア」教育だと言います。キャリアとは人生の轍です。長い人生を生きていくうえで、就職出来たらめでたしめでたしではなく、むしろ、就職した後も教育を受ける必要がありますし、暮らしがよくないと仕事もよい結果が残せないわけです。上西教授は当初は人を使い捨てるようなひどい企業の問題とか、早期離職などの問題を研究していたそうですが、のちには個別のケースの研究や指摘だけでは十分ではなく、その背後にある国の労働政策や労働法制まで見据えなければ若者たちや労働者の暮らしを守ることはできないと考えるように至ったそうです。その結果として、私たちの記憶に残るのが、昨年の働き方改革の国会審議の際に、厚生労働省が国会に提出した裁量労働制をめぐるデータが誤りだったことを上西教授が最初に指摘したことです。この指摘によって裁量労働制の法案が撤回されたのです。 僕が国会PVを初めて見てみようと決意したのは、インターネットで昨年暮れに上西教授が有楽町のガード下で国会PVを実行したと知ったことからでした。ガード下でやった、と知ったときは大きなインパクトを受けました。この運動は本物だ、と直感的に思いました。僕はこの運動を立ち上げ、自ら街頭に立っている上西充子という人に次第に関心を持つようになって行きました。いったいなぜ、彼女はこれほど力強い行動を起こせるのか、と。というのも、そうした何かをしなくてはならないと多くの人が思っていたとしても、実行できた人はほとんどいなかったからです。「呪いの言葉の解きかた」の中には上西教授の原体験とでもいえる中学時代の話が出てきます。相手が教師だからと言って、それだけで権威に屈したくなかった、今日の上西教授はそんな女生徒だったそうです。ある日、中学の実技試験の評価があまりにも主観的でひどいのではないか、と思った時、彼女は教師に異議申し立てをしたそうです。その時、勇気を出して声を上げた女生徒が、今日までつながっているように思えました。そして、その時、教師の中には理解を示してくれる人もいたのだ、と。この女の子が成長しながらもずっと彼女の中にいて、原石のような光を放っているのだと知りました。今、注目される運動を担っている著者の歩みが描かれていて、現代の閉塞を打ち破ることができるヒントが詰まった貴重な一冊だと思います。 村上良太 ■国会パブリックビューイングを見に行く http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201902062355103 ■国会パブリックビューイング (4月9日)で語られた「働き方改革」とフランスのマクロン改革 |
初出:「日刊べリタ」より許可を得て転載
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