下手糞のファインプレー-はみ出し駐在記(73)

親会社の売上げのかさ上げに、輸出担当子会社が販売予測の立たない機械を発注し続けていた。同時に輸出子会社は米国支社に不良在庫にしかならない注文を出させていた。絵に描いたようなグループ会社内の信用の拡大だった。横浜の保税倉庫とアメリカの保税倉庫に加え太平洋の船の上にも不良在庫が積みあがっていった。

不良在庫は電気機械の感のあるタレット旋盤(自動機)だった。往時にはベストセラーだったが、既にCNC(コンピュータ)による自動制御が当たり前の時代に、注文した時点で既に陳腐化していた。それが保税倉庫で醗酵でもしたように加速的に時代遅れになっていった。ワインのように時間が経てば価値がでる代物でもなし、標準的な価格では売るに売れない。かといって鉄くずとして処分できるような量でも額でもない。

それでも捨て値で売りきる営業努力?が実って、数年後には在庫も残すところあと何台というところまで減っていった。在庫も数あるうちは在庫している機械の中に客が求める仕様のものがあったが、少なくなると、客が欲しいという仕様の機械が在庫にないという問題が出てくる。

タレット旋盤にはマニュアル機から自動機に至るまで二十年以上の歴史があった。機械本体はマニュアル機をベースにして共通化をはかってきたから、どれも似たようなものなのだが、豊富なオプション類が問題だった。変化し続ける市場要求に対してオプションを開発して製品寿命を延ばしてきた。ところが、客が求めるオプションを搭載した機械のその都度発注など日本本社が認めない。その都度注文に受注生産では納期もかかるし、生産性が悪すぎる。工場としては汎用機は販売計画を基に仕込み生産しかない。アメリカ支社は、保税倉庫にある標準機に自社の倉庫にあるオプション単体を組み合わせて客の要望に応えてきた。

ミネソタの代理店から標準の自動機に自動バーフィード装置オプションの注文を受けた。機械本体は保税倉庫から出荷すれば事足りるが、自動バーフィード装置は単体として組み上がったものがなくなっていた。アメリカ支社の倉庫には組みあがった形で在庫していたオプションもあったが、多くは個々の部品を修理交換サービス用として保管していた。組立図を見ながら一点一点部品を特定して、倉庫から特定した部品をピックアップして装置として組み上げなければならない。

タレット旋盤を据え付けて、現場でバーフィード装置を組上げて取り付ける作業に出かけた。現場に着いたら、タレット旋盤の横に小牛の棺おけくらいの大きさの頑丈な木箱が二つあった。こんなに大きな箱、一体何が入っているのかと思いながら開けて驚いた。注文を受けた副社長、変なところで意地でも張ったのか、サービス部隊のマネージャーに頼み難かったのか、倉庫担当のアメリカ人に単純に自動バーフィード装置一セットの部品を客に発送するように指示したのだろう。指示した副社長も指示を受けたアメリカ人も何が一セットなのか理解していない。

共通化設計のおかげで、自動バーフィード装置の部品の中には手動バーフィード装置と共通のものもある。自動バーフィード装置にもちょっとした仕様の違う二種類かあるから性質(たち)が悪い。部品集めも慣れない技術屋には結構手間のかかる作業になる。

箱の中は確かにバーフィード装置の部品だったが、倉庫から適当にこれも送っておけという感じで詰め込んだのだろう。似たような部品、重複した部品がこれでもかというほどあった。大きなダンボール紙を床に敷いて、組立図を見ながら使う部品と不要な部品を選別した。使う部品を組立図のように並べて、必要な部品は全てあること確認した。正直ほっとした。これだけの部品を送りつけておきながら、肝心の部品がいくつか足りないなんてことになったら、それこそ客に言い訳のしようがない。床スペースはあるアメリカの工場でも子牛の棺おけ二個は邪魔でしょうがない。不要な部品を木箱に戻して客に頼んで事務所に送り返した。初日はこの作業で終わってしまった。

バーフィード装置の本体を旋盤の主軸台に取り付けなければならない。標準機の主軸台にはバーフィード装置取り付け用のネジ穴など用意されていない。まず主軸台にM12mmのタップを五箇所立てなければならない(ネジ穴をあける)。客の保全担当者に作業手順を説明して、八分の三インチのドリルを使えるハンドドリルを貸してくれと頼んだ。アメリカの客先にはインチのドリルやタップはあっても、ミリのものはまずない。10mmのドリルとM12のタップは持ってきていた。

待っている間に機械本体のレベル出しにかかった。作業していたら保全担当者がハンドドリルを持ってきてくれた。早速、主軸台のカバーを外してドリルで穴を開け始めた。床が油で滑って、ドリルを押す手に力が入らない。ドリルを押す分体が後ろに下がる。一つの穴を開けるのに予想以上の時間がかかった。

何個目かの穴を開けていたら、担当マネージャーがでてきて、一体何をしているのだと詰問する口調で訊いてきた。事情を知らないマネージャーにしてみれば、新品の機械をバーフィード装置付きで発注したのに、機械とバーフィード装置がバラバラに届いて、要らない部品が半分以上。自動車で言えばファクトリーワランティのエアコン(工場出荷時に搭載)とディーラーワランティのエアコン(ディーラーの責任で取り付けた)の違いになるのではないか、なんか騙された気がしていたのだろう。

組立図を見せて、ダンボール紙の上に組立図の通りに並べた部品を指差しながら、作業の手順を説明した。全て純正部品で、組上げれば機能も性能も工場出荷のバーフィード装置と何もかわらない。アメリカ支社は日本のメーカーの百パーセント子会社で、製品保証はメーカー保証でディーラー保証ではないことを丁寧に説明した。部品倉庫の手違いで要らない部品まで送ってしまって迷惑をかけるが、安心してくれと繰り返した。

保全担当者と何やら話して引き上げていったきり戻っては来なかったが、代理店に苦情の一つくらいは言っただろう。

初めてのことで、組み立てに予想外の時間がかかった。二日目は夜遅くまで残って据付作業を終わらせた。翌朝、保全担当者と機械を使う作業者に操作説明と保全の要点を説明してニューヨークに戻った。

ひと月ほどして上司から、「おい、ミネソタで何をしてきた?」って訊かれた。何を訊かれているのか分からないが、あの機械がトラぶったのかのかも知れない。トラブルばかりだったから、「何してきた?」と訊かれただけで、また叱られると縮こまってしまう。こわごわ、「部品選んで据付てきただけなんですけど、何かトラブルったんですか?」と訊いたら、「お前宛に感謝状が届いたぞ」「俺もこの仕事長いけど、客から感謝状なんか誰ももらったことない。」「なんで、お前が感謝状なんだ?」

客のマネージャーは、言葉の不自由な日本人が何を言おうが、騙されたと心配だったと思う。それが何の問題もなく、きちんと稼動してほっとしたのかもしれない。気懸かりがひっくり返っての感謝状だったのだろう。

トラブルばかりの駐在員だったが、たまには運のいいこともある。経験豊富な先輩なら組立図などろくに見もせずに、さっさと組み上げて、堂に入った説明をして特別なこともなく帰ってきたと思う。新米サービスマンにそんな芸当などできない。自分の会社から送られた大きな木箱を開けてびっくりして、使う部品と不要な部品の仕分けに半日以上もかかった。組立図を見ながら一つ一つ確認しながらの組立て作業を見れば、誰でも不安になる。なにかとんでもない作業をしているようにすら見える。とんでもない作業はあとあとのトラブルの素になる。

野球で守備の下手な選手だとファインプレーになるものが、名手ではフツーのプレーになってしまうことがある。経験豊富な先輩にはフツーの仕事でしかないものが、新米にやらせるとファインプレーになって表彰状といったところだったと思う。

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion5837:160102〕