中国の意図を見定めよ―習近平の恐怖は「民主主義」なのだ

 自民党の新総裁は石破茂氏と決まった。私はこの人に格別好悪の感情は持たない。だからこの人が次の首相にきまってよかったと思っている。これまでは「新首相」の名前を聞くたびにがっかりすることが多かったからだ。
 ところが先月29日、新聞(『日経』朝刊)を見て、驚いた。1面左肩に「石破氏『核持ち込み検討』 アジア版NATO内で」との見出しがあったのだ。新総裁に決まったのが2日前の27日だというのに、なんとも前のめりに思い切ったことを言うものだ!と。
 しかし、記事を読んでみると、これは総裁に決まってからの発言ではなく、米のシンクタンクに同氏が寄稿したものが27日にウエブサイトに掲載され、それが転電されたのであった。だから新総裁に当選しての昂ぶりによる勇み足というわけではないようだが、それならそれで、この人はかねてから中国とアジアの周辺国との関係を、ヨーロッパにおけるロシア(ソ連)とその西側に連なる諸国、そしてその背後に控える米国との関係と対比して、類似の緊張関係と考えているらしいことがわかる。

 しかし、プーチンと習近平とは境遇は似ているが、2人が直面する課題の性格は大きく違う。そこをはっきりと見定めておかないと、対処を誤る。それを考えたい。
 確かにプーチンと習近平はロシアと中国という大国を率いる領袖として、よく似た環境にある。まず2人とも現在の地位にあることについての正当性が弱い。プーチンは前任のエリツィンに引き立てられて国の首脳の1人となり、さまざまな手段で選挙を自分に有利なように使って、現在5期目(4年で2期、6年で3期目)の大統領職にある。本人はさらにもう1期、あるいはもっと長期に、命のある限りその職に居続けるつもりだろう。

 一方の習近平も現在、国家主席3期目(任期5年)である。こちらは共産党大会で世間に通用するような選挙なしで総書記に選出され、その後、人民代表大会という国民の代議機関に似せた会議で形式的に国家元首に選ばれた形である。
 つまり2人とも対立候補のいない舞台に1人で登場し、見るものに拍手を強要して国家指導者の椅子をわがものにした。その選出過程は国民には知らされていない。ただ習近平がその地位に着いた後、前任者の時代に最高指導部を形成していた政界や軍部の大物たちが何人も腐敗の罪に問われて獄にくだり、またプーチンの周囲でもウクライナ侵攻でプーチンに私兵を提供していた民間軍事会社の所有者が絵に描いたような、曰くありげな飛行機事故で命を落とすなど、彼らの背後の闇の深さは誰の目にも明らかである。

 そういう中ロ両国の2人の領袖に必要なものはなにか。とにかく強い指導者として、刃向かうことはできない存在として、国民を無条件に屈服させることであろう。プーチンはよくピョートル大帝に自分をなぞらえるというし、習近平は誰の再来と思われたいのか、私は知らないが、似たような心境にあることは容易に想像がつく。

 そこで2人にはどういう状況が好都合なのか。
 まず、国民に畏敬される存在となるためにプーチンが目指していることは、第二次大戦でせっかくスターリンがナチス・ドイツの攻撃をはねかえして手中に入れた東欧諸国が軒並みロシアから離れ、西欧についてしまった現状を逆転させることであり、当面はその前提としてさらに西側につこうとしているウクライナを懲らしめて、ロシアにひざまずかせることである。

 一方の習近平の望みはなにか。彼は中華民族の統一という錦の御旗を掲げて、台湾を自分の膝下に組み敷きたいのである。ここまではプーチンの状況と似ているが、大きな違いは台湾が中国の一部であるという事実である。それは統一の大きな根拠ではあるが、同時に乱暴は出来ないというきつい足かせでもある。国際政治の腕づく地政学では大陸と台湾の問題は割り切れない。
 それだけではない。台湾はすでに立派な民主主義国として議会制民主主義に基づいて運営されているという事実がある。こちらのほうがより重要である。台湾の民主主義はすでに約30年の歴史を持ち、選挙による4回の政権交代を積み上げている。住民は自分たちの為政者を自分たちが選ぶという政治を当然のことと考えている。アジアのほとんどの国の国民も台湾の2千数百万の人たちに今さら独裁政治を押し付けることの理不尽さには義憤を感じるはずだ。

 じつはこれが台湾問題の一番の急所だと私は考えている。もし北京政府が台湾を占領して、国民から選挙権を取り上げ、全島に習近平の顔写真を貼り巡らせたら、世界の同情が台湾に集まることになり、おそらく大陸の民衆もことの本質に目覚めるだろう。
 台湾の人たちが外で騒ぐほどには事態を心配せずにいるように見えるのは、彼らにもその点の自信があるのではないか。今から20年くらい前のことになるが、当時、大陸から台湾への観光旅行が自由化されていて、たまたま台湾で選挙に遭遇して、候補者の演説を聴いたり、聴衆の反応を見たりした大陸からの観光客が、すっかり選挙を気に入って、自分たちもやろうじゃないかという機運が盛り上がったという「事件」があり、この時は慌てた北京政府が台湾観光を中止したのだった。

 そこで本題に戻るが、確かにこのところ北京政府の対外こわもて行動が目に付く。日本周辺では8月26日に情報収集機が長崎県沖で日本の領空を侵犯、31日には中国の測量艦が鹿児島県周辺で日本の領海へ侵入、さらに先月18日には、中国海軍の空母「遼寧」など3隻が沖縄県の与那国島と西表島の間を南進し、一時、日本の領海の接続水域に入った。この時は海上自衛隊の護衛艦や哨戒機が警戒監視にあたったという。
 中國側のこうした行動に対して、先月28日には日本の海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」と米、比、豪、ニュージーランドの海軍艦艇合わせて6隻が南シナ海のフィリピンの排他的経済水域で、互いに通信を交わしたり、隊列を組んで航行したり、「海上協同活動」を実行した。

 この行動に参加した日、豪、ニュージーランドの艦艇は25日に台湾海峡を通過したが、中国国防省報道官は26日、「さざなみ」の台湾海峡通過について、「航行自由の名のもとに中國の主権と安全を危険にさらす挑発行為に断固反対する」と反発した。
 こう見てくると、何やらきな臭い感じがしないでもないが、ここで注意しなければならないのは、中國の強硬姿勢の本音がどこにあるかということである。ロシアが現に国際法もなにも無視して、ウクライナに対する「特別軍事行動」なる武力侵攻をもう2年半も続けていることから見て、同志として中国もアジアでひと騒ぎ起こそうとしているのでは、という見方があるし、確かにそれには頷かせるものがある。

 冒頭に引用した石破氏もそうした前提で考えて、ヨーロッパの事態に呼応するように中国が武力による台湾統一に踏み切る場合に備えてはどうか、という考えらしいが、しかし、私はそれは事態を逆に悪化させる恐れがあると見る。中国はロシアと違うし、アジアはヨーロッパではないからだ。
 習近平が自分の長期政権を正当化するために、台湾統一という大きな勲章を喉から手がでるほどに欲しがっていることはその言動から明らかだが、かと言って、米と正面から切り結ぶ考えは習近平にはないと私は見る。
 勿論、証拠を見せろと言われても困るのだが、「米帝国主義は世界人民共同の敵」と言っていた大昔は別にして、すくなくとも習政権の対米態度をみていると、例えば主席・大統領クラスから閣僚クラスまで、米から持ち掛けられた会談の提案や要請を中國側から断った例はほとんどないのではないか。米の補佐官クラスでも中國側は閣僚がよく会談に応じている。
 勿論、水面下の動きは分からないが、米とは本気の喧嘩したくないというのが中國側の基本態度ではないだろうか。

 米トランプ政権時代末期の1921年3月18日、中國側は楊潔篪政治局員と王毅外相、米側はブリンケン国務長官とサリバン安全保障担当の大統領補佐官の4人の会談が米アンカレッジで行われ、めずらしくも怒鳴り合いのようなやり取りが長時間繰り広げられたことがあった。怒鳴り合いは冒頭、記者団のいる前で始まったから、世界が驚いたが、逆に考えればそこまで中国側が思いつめているのに、なぜ米は分かってくれないのか、という、中國側の思いの深さを知らされた感じを抱いたものだった。
 そこで現在の状況を考えると、習近平は喉から手が出るほどに台湾を統一したいが、米とは喧嘩したくない。米と正面からぶつかって勝てる気はしない。だから、台湾は中国の内政ということで、口出しをやめて中国に任せてもらいたい。決して悪いようにはしないから、と米側に懇願しているのではないか。

 これに対して米側からは、「台湾の民主主義を踏みにじるような統一は認められない。台湾における普通選挙の実施、言論・表現の自由を保証するか。香港返還の際、中國は英および世界に香港の『一国二制度』の50年堅持を約束したにもかかわらず、今や『二政度』の痕跡もないではないか」といったやり取りが続いているのではないだろうか。
 とすれば、武力を増強して対抗するという、ヨーロッパで西側がロシアに対して実施している方策は、こと中国に対しては適切でないと、私は考える。今、われわれが直面している問題は、台湾の民主主義を中国の専制主義に明け渡していいのかという点であり、なすべきはそのことを広く、中国の民衆の耳にも入るように説き続けることではないか。
 身動きのとれないように見える台湾問題は中国を含めて民主主義を広く行き渡らせることで解決の道が開けるのではないか、難しいことは分かっているが、それを突破しないことにはアジアに平和は来ないのではないだろうか。

初出:「リベラル21」2024.10.02より許可を得て転載
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