中国は、岸田退陣をどう見ているか ーー(八ヶ岳山麓から480)ーー

 岸田文雄自民党総裁は、14日突然、9月下旬の党総裁選に出馬しない意向を党幹部らに伝えた。2021年9月から1期3年の総裁任期満了とともに退陣する。

 岸田不出馬が伝えられると、中国も驚いたと見える。「環球時報」紙はさっそく8月15日付でこれを論じた。論者は余海龍氏、表題は「岸田氏総裁選を断念、日本の政局に新変化(原文/岸田棄選、日本政局又生変数)」というものである。余氏は権威ある中国共産党中央党学校国際戦略研究所の研究者なので、氏の論評はほぼ中共中央の公式見解とみて間違いないと思う。余氏論評は日本情勢をかなり的確に見ていると思ったので、以下にその大略を紹介する。

まず、岸田政権の国内政治への評価は
 「国内では、第一に、経済発展がうまくいっていない。 新型インフルエンザの流行、ロシア・ウクライナ紛争、円相場の急落などの影響で日本では物価が高騰した。岸田内閣の「新しい資本主義」政策の効果は期待外れで、2023年の日本の名目GDPはドイツに抜かれ、世界第4位に転落した。
 第二に、政治スキャンダルが続いていること。閣僚のスキャンダル、『統一教会』問題、自民党の『黒いカネ』疑惑などは岸田内閣の何度もの改造を引き起こし、政権の不安定さと国民の不信感を増大させた。 岸田氏が主導していた宏池会の解散も、自民党内の比較的安定した支持を失い、他の政治勢力との交渉力を欠くことにつながった。
 第三は、安全保障政策の軍事化が進んだこと。 国内の保守勢力に迎合するため、岸田内閣は安保三文書を修訂し、『政府安全保障能力強化支援(OSA)』構想を制定し、平和憲法と防衛装備移転三原則を破棄して安保軍事化を強行した。 防衛費を増加するための増税政策は、国内の平和主義勢力から強い抵抗を受けている」
 わたしは、これにおおむね賛成である。岸田氏は「新しい資本主義」など言葉だけで、「温和な保守派」としての政治を行えなかった。しかも「統一教会」や「裏金」の問題は、安倍晋三政権のものだが、岸田氏は決断力に欠け、安倍派に忖度し、国民を納得させるような決断をすることができなかった。それはまた自民党の支持を失うものであった。余氏は、岸田退陣の決定的な理由を自民党の岸田離れだと判断しているように見える。

岸田離れと政局の今後については
 余氏は、「この半年間、岸田内閣の支持率は20%前後という『危険水域』を徘徊しており、関連する政策は野党から激しく攻撃されているだけでなく、自民党内でも批判されている。だが、自民党の与党としての地位はいまだ揺いではいない」と判断している。
 また、「自民党の相次ぐ派閥解消によって派閥は麻生派だけで、石破茂・茂木敏充・高市早苗・菅義偉などは『学習会』に形を変えるなどして、それ相応の政治グループを作っている。自民党各派は勢力分立の再編という新たな段階に入るだろう」 という。
 自民党の今後については、「党内の勢力をいかに結集し、日本国民の自民党に対すマイナス評価を改善するかは、自民党の直面する重大な課題である。 経済発展と政権の安定は、いずれも一定期間、自民党政権の優先課題である。右傾保守化の趨勢が根本的に変わるとは思えない」
 野党については、「野党はすでに次期衆院選に向けて積極的に自民党の政策を攻撃する準備をしているが、日本政治の断続的な動揺と変化を払拭することは難しい」と、野党が国政選挙で多数を取ることは難しく、政権を担う力がないことを指摘した。

岸田政権の対中国外交については
 余氏は、「(岸田政権は)中国との戦略的互恵関係の包括的な推進を再確認し、日韓の強制徴用問題を緩和するなど、一定の成果をあげたものの、その外交政策はいまだ全体として冷戦思考から脱却しておらず、対米外交における自主性の欠如は深刻である」と対米従属状態を指摘した。
 また、「岸田内閣は、日米関係を『グローバル・パートナーシップ』に格上げし、ロシア・ウクライナ戦争などの問題でアメリカに追随している、日本は米軍艦船を修理し、アメリカに武器や装備を輸出し、アメリカ主導の『インド太平洋経済枠組み』に参加しただけでなく、公然と中国に対する戦略的封じ込めを強化してきた。 また、アメリカの中国に対する戦略的封じ込め戦略に公然と協力し、中国を『史上最大の戦略的挑戦』と定義している」と岸田外交に負の評価をしている。

日本の防衛戦略に関しては
 余氏 は、「岸田政権は、日米韓、日米比、日米豪印などの小規模な多国間メカニズムの形成・強化に参加し、英・豪・比などと二国間『相互円滑化協定』を締結し、イギリス、イタリアと次世代戦闘機の共同開発で合意した。 岸田内閣の排他的で対決的な外交政策は、アジア太平洋地域の安全保障のバランスを崩し、地域諸国間の安全保障の苦境を悪化させ、日中・日露関係の安定的発展に深刻な挑戦をしてきている」と、対中国包囲戦略を批判している。
 また、「岸田政権が推進した『小さな庭、高い壁(原文/小院高墻)』タイプの経済安全保障戦略は、日本経済の回復と国民の生活水準の向上に影響を与えただけでなく、地域包括的経済連携(RCEP)などの地域経済・貿易協定の実効性を阻害している」と指摘した。
 近い将来の外交政策については、「次期日本政府の外交政策は、アメリカの大統領選挙の結果に直接影響されることが予想されるが、岸田内閣と関係諸国の発展・協力システムは比較的強い制度的惰性を持っているから、短期間で日本の外交政策を根本的に方向転換することはないだろう」と見ている。

次の政権については
 おわりに、余氏は「岸田文雄は戦後8人目の首相として在任期間1000日を超えたが、岸田政権は内政・外交ともに明確な戦略性を欠き、多くの難題を限られた小手先の対応に終始してきた」とし、 「岸田首相にかわる新首相が、日本の内外の大局を踏まえ、経済的繁栄と国民生活水準の向上に成果を上げることができるのか、大国間競争の時代に自国の外交政策を対応させることができるのか、あるいは日本の内政と外交はどこへ向かうのかは、まだわからない。すべてはこれからである」という。

おわりに
 日本の新聞社説には、民主主義をないがしろにしたとして、岸田氏を強く批判するものがあった。その後も「政治とカネは具体策なし」「負担先送り」といった批判が続いている。これと比較しても、従来の「戦狼外交」路線からしても、岸田退陣に当たっては、「中国敵視政権」とか「軍国主義復活」といった強い批判をおこなってもおかしくはない。だが余氏論評は意外にもおだやかである。
 安倍晋三政権の外相だったとき、岸田氏は2015年中国包囲網を結成しようとしてASEAN諸国に働きかけて失敗したことがある。また、「南シナ海のスプラトリー諸島での岩礁埋め立ては、合法的権利がない」と中国を批判したところ、王毅外相に「じゃ、日本が沖ノ鳥島に港湾施設をつくろうとしているのはどうなんだ」とやり返されたこともある。
 こうした岸田個人の過去について余氏はあえて言及しない。先日の自民党国会議員多数の台湾訪問に対しては意図的に言及を避けている。わたしは、余氏論評の筆勢に対日外交の変化を示唆しているかもしれないと思うが、たしかなことはわからない。
                            (2024・08・17)

初出:「リベラル21」2024.o8.19より許可を得て転載
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