去る1月25日(土)西南学院大学チャペル(福岡市)で開催された「中村哲医師お別れ会」に参加した。チャペルの収容人数は900名、ところが主催者の予想に反し、隣接する講義棟の教室をお借りしても到底収容できない約5000名が参列した。私も教室で2時間ばかり立ったまま参加した。
2時過ぎからお別れ会が始まり、村上優ペシャワール会会長、バシール・モハバット駐日アフガニスタン大使、北岡伸一JICA理事長が追悼文を読み上げたのち、長男・喪主の健さんが家族の眼から見た中村医師の横顔について、続けて長女の秋子さんがご遺体を引き取りに行った際の模様について話し、最後に、中村医師の現地で活躍する写真が次々とスクリーンに大きく映し出されるなか、著書の一部が朗読された。健さんのお話によると「口先だけの人間は信用できない」と医師は繰り返し語っておられたとのことである。私は、牧師を父に持つドイツの作家・思想家レッシング(1729~81)の言葉「人間は屁理屈を捏ねるためにではなく、行為するために創造されたのです」を想起した。
朗読文では自伝的著書『天、共に在り』(NHK出版)からの引用が最も多いため、私は大分に戻った後すぐにこれを再読し、また評論家、澤地久枝さんとの対談集『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』(岩波書店)をアマゾンで取り寄せ、これも一気に読み終えた。後者により、医師が2002年に次男を僅か10歳で亡くされたことを初めて知った。現地で活躍する医師の多くの写真を見ると、たとえ笑顔の写真であっても、目つきはいつも寂しそうな感じを湛えていることの背景が、これで分かったような気がした。子どもを失った親としての癒せない悲しみを、ずっと抱えておられたのだろう。なお医師はヘブライ語のインマヌエル(直訳すれば「神は我々と共に」)を「天、共に在り」と訳して著書の表題にしておられる。のちに洗礼を受けた氏が、少年時代には、ご父君の指導により論語の素読をしていたとの回想からも窺えるとおり、必ずしもキリスト教の神に限定されない「何か大いなるもの」を、生きる際の道標になさっていたのではないか。
朗読が終わって献花に移ったが、何しろ約5000名もの参列者なので1時間以上も献花が続いたようである。会場に入れない参列者は、臨時に設けられた祭壇と記帳所で中村医師の遺影に手を合わせていた。事前の案内では5時開始の懇親会が実際に始まったのは6時10分頃(それでも未だ、チャペルの会場撤収が終わっていないとのことだった)で、バシール・モハバット駐日アフガニスタン大使と医師の長女の秋子さんの挨拶ののち全員で献杯した。
以下に、朗読文を転記する。なお文中に出てくるPMSとは、「平和医療団・日本」のことである。
『天、共に在り』(2013年)第一章
アフガニスタンやパキスタンに縁もゆかりもなかった自分が、現地に吸い寄せられるように近づいていったのは、決して単なる偶然ではなかった。しかし、よく誤解されるように、強固な信念や高邁な思想があったわけではない。人はしばしば自己を語るが、赴任までの経緯を思うとき、生まれ落ちてからの全ての出会い――人であれ、事件であれ、時代であれ――が、自分の意識や意志を超えて関わっていることを思わずにはおれない。
『医者、用水路を拓く』(2007年)
私たちに確乎(かっこ)とした援助哲学があるわけではないが、唯一の譲れぬ一線は、「現地の人々の立場に立ち、現地の文化や価値観を尊重し、現地のために働くこと」である。
『医者 井戸を掘る』(2001年)
私たちの役得は、復活した村々の人々と喜びを共に出来ることである。そして、それは何にも代えがたい尊いものである。
『天、共に在り』 私たちは帰って来ます
【2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロ事件を受けて、13日、中村医師をはじめすべての日本人ワーカーがペシャワールへの退避を余儀なくされたとき】
私は集まった職員たちに手短に事情を説明した。
「諸君、この一年、君たちの協力で、二十数万名の人々が村を捨てずに助かり、命をつなぎえたことを感謝します。すでにお聞きのように、報復の空爆で、この町も危険にさらされています。しかし、私たちは帰ってきます。PMS が諸君を見捨てることはないでしょう。死を恐れてはなりません。しかし、私たちの死は他の人々のために意味を持つべきです。緊急時が去ったあかつきには、また共に汗を流して働きましょう。この一週間は休暇とし、家族退避の備えをして下さい。九月二十三日に作業を再開します。プロジェクトに絶対に変更はありません」
長老らしき風貌の職員、タラフダール氏が立ち上がり、感謝を述べた。
「皆さん、世界には二種類の人間があるだけです。無欲に他人を思う人、そして己の利益を図るのに心がくもった人です。PMS はいずれか、お分かりでしょう。私たちはあなたたち日本人と日本を永久に忘れません」
これはすでに決別の辞であった。
『天、共に在り』 マルワリード堰の中州流失
いかに強く作るかよりも、いかに自然と折り合うかが最大の関心となった。自然は予測できない。自然の理を知るとは、人間の技術の過信を去ることから始まる。主役は人ではなく大自然である。人はそのおこぼれに与かって慎ましい生を得ているに過ぎない。知っていたつもりだが、この事態を前に、初めて骨身に染みて実感したのである。山田堰を造った古賀百工は、農民の窮状に涙しただけではない。この自然の猛威をも知り尽くし、人為と自然、その危うい接点で知恵を尽くし、祈りを尽くしたのだ。その祈りを抜きに技術を語るのは、画竜点睛を欠くものだった。
『天、共に在り』沙漠の奇跡
あれから四年、今ガンベリ沙漠の森は静寂が支配している。樹間をくぐる心地よい風がそよぎ、小鳥がさえずり、遠くでカエルの合唱が聞こえる。高さ10メートルに及ぶ紅柳が緑陰を作り、過酷な熱風と砂嵐を和らげ、生命の営みを更に広げる。里に目を向ければ、豊かな田畑が広がり、みな農作業で忙しい。用水路流域はすでに15万人が帰農し、生活は安定に向かっていた。それは座して得られたものではない。生き延びようとする健全な意欲と、良心的協力が結び合い、凄まじい努力によって結実したからだ。
静かに広がる緑の大地は、もの言わずとも、無限の恵みを語る。平和とは観念ではなく、実態である。
ダビデの詩は、数千年の時を超え、朽ちない事実を伝える。
主はわが牧者なり われ乏しきことあらじ。
主はわれをみどりの野にふさせ、憩いの汀(みぎわ)に伴いたもう。
たといわれ死の陰の谷をあゆむとも、禍を恐れじ。
汝、われと共にいませばなり。
かならず恵みと哀れみと我にそいきたらん。
『天、共に在り』 戦争と平和
信頼は一朝にして築かれるものではない。利害を超え、忍耐を重ね、裏切られても裏切り返さない誠実さこそが、人々の心に触れる。それは武力以上に強固な安全を提供してくれ、人々を動かすことができる。私たちにとって、平和とは理念ではなく現実の力なのだ。私たちは、いとも簡単に戦争と平和を語りすぎる。武力行使によって守られるものとは何か、そして本当に守るべきものは何か、静かに思いをいたすべきかと思われる。
「医者よ、信念はいらない まず命を救え」
「一隅を照らす」という言葉があります。一つの片隅を照らすということですが、それで良いわけでありまして、世界がどうだとか、国際貢献がどうだとかいう問題に煩わされてはいけない。それよりも自分の身の回り、出会った人、出会った出来事の中で人として最善を尽くすことではないかというふうに思っています。【出典未詳】
『天、共に在り』 不易と流行
人間にとって本当に必要なものは、そう多くはない。少なくとも私は「金さえあれば何でもできて幸せになる」という迷信、「武力さえあれば身が守られる」という妄信から自由である。何が真実で何が不要なのか、何が人として最低限共有できるものなのか、目を凝らして見つめ、健全な感性と自然との関係を回復することである。
やがて、自然から遊離するバベルの塔は倒れる。人も自然の一部である。それは人間の内部にもあって生命の営みを律する厳然たる摂理であり、恵みである。科学や経済、医学や農業、あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう。それがまっとうな文明だと信じている。その声は今小さくとも、やがて現在が裁かれ、大きな潮流とならざるを得ないだろう。これが30年間の現地活動を通して得た平凡な結論とメッセージである。
『天、共に在り』 縁(えにし)という共通の恵み
様々な人や出来事との出会い、そしてそれに自分がどうこたえるかで、行く末が定められてゆきます。私達個人のどんな小さな出来事も、時と場所を超えて縦横無尽、有機的に結ばれています。そして、そこに人の意志を超えた神聖なものを感ぜざるを得ません。この広大な縁(えにし)の世界で、誰であっても、無意味な生命や人生は、決してありません。私たちに分からないだけです。この事実が知って欲しいことの一つです。現地三十年の体験を通して言えることは、私たちが己の分限を知り、誠実である限り、天の恵みと人のまごころは信頼に足るということです。
『アフガン・緑の大地計画――伝統に学ぶ灌漑工法と蘇る農業』(初版・2017年)はじめに
辛いことも少なからずあったが、全体が楽しい任務だと思っている。仕事を通して「川から見る自然と人間」が身近になり、自然を無視しがちな人間観や、さかしい利害から自由で、得がたい体験となった。
立場を超えた無数の協力の貴い結晶が本書である。現地六十万農民に代わり、改めて頓首礼を述べ、ここに記された集大成――事業の結実を以って、尽くせぬ感謝を伝えたい。
中村哲
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〔opinion9418:200204〕