前回の→報告318回で、わたしは東京五輪の決定に賄賂があったことが証明されれば、当然東京は決選投票で破れたインスタンブールに開催権を譲渡する意思表明をするのが、日本の名誉と信頼を守る途であると主張しました。何もトルコがオリンピックに最適の国だとは、現エドアン政権からして思えませんが、けじめの問題です。そしてこの疑惑の震源にドイツの報道があるとも書きました。
そこで、その報道によって明らかになった震源であるシンガポール文書が暴露された経緯の要点だけを、以下できるだけ判りやすく報告します。
とはいえ、経過説明のためにかなり長くなるので時間のある時にご覧ください。また非常に重要な資料も指摘しておきますので、疑惑解明にご利用下さい。
まず以下の4枚の写真をご覧ください。
今、見えない運命の糸で結びついた、これらの人々の行動と考えをしっかり把握しない限り、この疑惑の背景を理解できないため、まず主役たちの写真だけを挙げておきます。
さて、下のビデオは昨日5月16日の衆議院予算委員会での疑惑に関する質問の様子です。わずか30分ほどの時間ですが、玉木雄一郎委員はそれなりに良く準備をして質問していました。彼がそこで示した資料には写真3もありました。
https://www.youtube.com/watch?v=h5kImE2DxwE
この写真は良く知られているように2013年9月7日のブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会総会での安倍首相と当時の世界陸連のボスであるラミン・ディアク会長が嬉しそうに握手する写真です。写真の後ろには岸田外相の嬉しそうな顔も見れますので、おそらく東京開催が決定した後でのものではないかと推定できます。であれば「おめでとう」「いやお世話になりました感謝します」ぐらいの会話はあったことでしょう。
ただ確実なのは、それから3年も経ない現在、ドイツメディアの調査報道の暴露によって、ディアク氏はロシアでの大規模なドーピングのもみ消し贈収賄事件の主犯として世界陸連がら追放され、フランス検察によって逮捕起訴されることになること、またそのとばっちりで安倍首相が買収疑惑で国会で追及され窮地に立つようになるとは、当時のこの二人には想定外であったであろうということです。
この国会での質問に答弁した竹田JOC会長の話しを昨日、→NHKは以下のように伝えています。そこから一部引用します。
招致委員会の理事長を務めた日本オリンピック委員会の竹田恒和会長は16日の衆議院予算委員会で「本人からの売り込みがあり、株式会社『電通』に確認した ところ、十分業務ができると聞いて事務局で判断した。世界陸連の会長の親族が関係しているということは全く認識しておらず、知るよしもなかった」と述べました。
そのうえで「IOC=国際オリンピック委員会の委員やその親族が、経営者ではなくあくまで知人の範囲であれば問題はないということも認識している。この会社は決してペーパーカンパニーではない。会社には業務対価として2回にわたって支払ったが、招致委員会の正式な手続きに基づき契約を交わし 行ったものだ」と述べ、問題はなかったという認識を示しました。
竹田会長「支払先の会社 現在連絡取れていない」
2020 年東京オリンピック・パラリンピック招致委員会の元理事長で、JOC=日本オリンピック委員会の竹田恒和会長は、予算委員会のあと報道陣に対し、送金した コンサルタント会社について「本人の売り込みがあり、国際競技連盟やアジア・中近東のつながりを持っているということで、事務局で最終的に必要だと判断したと報告を受けている。最終的には組織として契約した」と説明したうえで、「会社側とは現在連絡が取れていないと聞いている」と話していました。
この竹田会長の認識を側面から援護するのが、前日の15日に報道された共同通信のセネガルの首都からの記事です。日本語配信は短いものですが、→ジャパンタイムスに詳しく報道されています。ディアク元会長の息子で疑惑のシンガポールのダミー会社の所有者との関係者として名前が出ている息子のパパ・マサッタ・ディアク氏が、14日の土曜日に首都ダカールでインタヴューに応じたものです。
ここで、彼は「シンガポールの会社の所有者イアン・タン・トン・ハン/Ian Tan Ton Honという人物とは2008年の北京オリンピック時からの良い友人だが、日本のオリンピック委員会から金を受け取ったことはない」と疑惑を否定しています。やましいことはしておらず、「日本が開催国になったのは、まったくフェアーであったからだ」と主張しています。竹田会長とほぼ同様の意見です。
ところが、問題はこの人物も父親と同じ容疑で世界陸連のコンサルタントの地位から永久追放され、またインターポール・国際刑事機構を通じて国際手配されており、セネガルでも警察の取り調べを受けていることです。しかしセネガルの大統領が「彼はセネガル国籍だから国の息子をフランスには渡さない」と身柄引き渡しを拒否して守られているためインタヴューに応じることができるのが事実です。どうやらこの家族は故国では重要であるようです。このような人物の証言と竹田会長の主張が一致するのは、決して偶然ではないでしょう。ディアク家と旧宮家の竹田家はそれぞれの国で尊重されているようです。
またNHKは報じていませんが、上記のビデオに見られるとおり、玉木議員の契約書開示の要求に竹田会長は「電通に照会し、問題がないと判断したシンガポールのブラック・タイディング社との契約書には秘密保持義務事項もあるので、開示は難しい」と答えています。これでは増々疑惑は高まるだけです。開示されても「機密保持義務事項」は黒塗りされて出てくることが大いにあります。この点はさらに厳しく追及されるべきです。
それよりもなによりも、答弁での「この会社は決してペーパーカンパニーではない」というのははなはだしい認識不足です。そして報道陣への「会社側とは現在連絡が取れていない」のは何故なのか。以下その理由についてドイツからの情報を基に述べましょう。
以上前置きがえらく長くなりましたが、これからが本題です。
ドイツの公共第一放送ARDのひとつの西ドイツ放送WDRに、1963年ベルリン生まれのHans-Joachim „Hajo“ Seppelt/ハンス=ヨアヒム(通称ハーヨ)・セッペルトという記者がいます。元々はスポーツ記者でしたが、90年代に旧東ドイツのスポーツ界でのドーピング問題を取り上げて以来、スポーツ界でのドーピング問題調査報道では国際的エキスパート記者として有名です。写真4の「インタヴューをする男」が彼です。
彼のチームが制作し、2014年12月3日に放映された1時間のドキュメント番組が、今日にいたる世界陸上競技連盟の史上最大で最悪のスキャンダルの震源となったのです。 タイトルは「秘密事項ドーピング:ロシアはいかにして彼らの勝者を作るか」です。
世界的に大反響を呼びました。
オリジナルの映像は→ARD放送のサイトから観ることができます。映像の質も良いので、是非そこでご覧いただきたいのですが、国によっては観れないこともあるようなので、念のためにYou Tubeをここに挙げておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=FKaiY9y7Gxg
ただし、ドイツ語ですので理解が難しいのですが、世界的反響を前に西ドイツ放送は、番組全部の→ナレーションの英文翻訳を秒単位の間隔で記載した31ページのPDFで公開しています。これがその第一ページです。
英語の出来る方はこれを参考にしてご覧になれば、この莫大な調査報道を体験することができます。もちろんこれを邦訳すれば、日本の国会とメディアで問題解明を追及する際の重要な基本資料となることも指摘しておきます。当然ながらフランスの捜査当局の基本的証拠物でもあることも間違いありません。是非ご利用下さい。
さて、パナマ文書をリークした「名無しの権兵衛」さんと違い、この調査報道の発端となったのは、ロシアからセッペルト記者に送られて来た実名のメールでした。
送り主は当時32歳の Vitaliy Stepanov /ヴィタリー・ステパノフ氏というロシアのスポーツ界のドーピング規制機構の専門職員でした。彼の奥さんは当時28歳で、旧姓をユリヤ・ルサノヴァ/Yuliya Rusanovaという、ロシアの陸上競技では800メートルの世界的な選手です。番組はこのふたりと当時8ヶ月の息子ロバート君の姿から始まり、彼らが放映を前にロシアを去る姿で終わります。写真1が彼らの団欒の姿です。
仕事の関係で彼らふたりは知り合って結婚するのですが、ヴィタリーさんはユリヤさんから、ロシアの陸上競技の選手たちが当たり前のようにトレーナーにいわれるままにドーピング薬剤を使用するとの実態を知らされショックを受けます。そこで思案の末に家族の将来のためにも、ふたりで内部告発をする決心をします。
実名での告発ですから、もちろん命がけです。彼らふたりは多くの内部資料や、秘密に撮影した薬剤の受け渡しなどの現場映像をセッペルト記者にリークします。
番組ではこのふたりの考えと気持ちがインタヴューで多く語られます。かれらこそスポーツを愛する本当のロシア人であることが良く伝わってきます。世界のスポーツ界の鑑ともいえましょう。
いすれにせよ、このふたりのおかげで、例えばソチの冬期オリンピックなどで演出されたロシア選手の活躍の舞台の裏側が驚くべき規模で汚染されていたかが暴かれたのです。
ところで、日本のオリンピック招致の買収疑惑の発端となったのは、調査中に出て来たもう一人の世界的な選手の告発によるものです。
長い間女史マラソンでは世界のトップランナーであった→リリヤ・ショブホワ選手です。彼女はロンドンやシカゴのマラソン大会で何度も優勝し、賞金でかなりの金持ちになっていました。
ところが、2012年のロンドンオリンピックを前に、ロシアのスポーツ界の役員に、何と45万ユーロもの裏金を現金で支払ことでドーピングを隠し、生涯の夢であった出場権を買ったのです。しかしこの大会で彼女は走行途中で離脱してしまいます。その後、血液検査を基に二年間の出場停止処分を世界陸連から受けます。
ところが、この出場停止処分の期限が切れたのちに、驚くべきことに30万ユーロがロシア陸上競技連盟会長名でシンガポールのダミー会社、ブラックタイディングスから送り返されてきます。
セッペルト記者は世界陸連の役員でもあるこの役員が、金持ちの選手をドーピング暴露をネタに大金を奪う、あり得ないようなこの汚職を、これもスエーデンからの匿名のリークでつかんで、ショブホア選手からの証言を得ることに成功します。
ここから突き止めたのがこの下の送金の証拠書類と、シンガポールの同社の登記書類です。いわば、東京五輪買収疑惑のシンガポール文書といえましょう。
さっそく記者はシンガポールへ飛び、登記簿にある会社の宛先を隠しカメラを持って訪ねます。事務所などどこにもないアパートの住居で対応に出て来たのが、写真2の「黒いアンダーシャツの男」です。記者が会社について訊ねると、男は「自分は関係者だ」と答え、「30万ユーロ送金を知っているか」と問うと「警察を呼ぶぞ」と怒ってドアを締めてしまいました。背後では家族らしい話し声も聴こえます。
この人物がこの会社の所有者であるかどうかは特定できないので写真2の隠し撮り映像には顔にモザイクがかけられています。
会社所在地の画像です。
セルペット記者はここで「典型的なオフショアーの会社である」と述べていますし、また「同社が送金の直後に抹消されていることを後で知った」とも語っています。
これで、竹田会長の「この会社は決してペーパーカンパニーではない」という認識が間違っていることは明らかです。
また「会社側とは現在連絡が取れていない」のは当然です。会社はすでに存在していないようですし、またこのアパートは彼の母親名義の住居だとの報道とともに、送金をした会社の所有者イアン・タン・トン・ハン氏は、シンガポールの警察による尋問中であるとの現地紙の報道もいくつかあります。パナマ文書にあるダミー会社の形態と全く同じです。マネーロータリングのための典型的な一例ですね。
この事実からすれば、16日の日本オリンピック委員会の竹田会長の国会での答弁は、あまりにもお粗末ではありませんか。パナマ文書の公表で暴露されたオフショアー会社で、さんざん商売をしている電通ごときに手綱をまかせておれば、元オリンピック乗馬の竹田選手も人生から落馬しますよ。このことは日本のメディア全般にも言えることです。正直にここで懸念を述べておきます。
この番組で一端が示されたシンガポール文書はこれからさらに明らかになるのではないかと思われます。
終わりに、ドイツの公共放送が伝えた最近のステパノフさんたちの姿を挙げておきます。彼らは転居も重なり、大変な苦労をしているようですが、ロバート君もすくすくと成長してしあわせそうです。お父さんは番組の中で、「スポーツ一家なので、この子も何かの選手になってほしい。ドーピングのない世界でね」と述べていました。
このような素晴らしいロシア人家族を世界市民と呼び、彼らこそ希望の象徴です。
初出:梶村太一郎氏の「明日うらしま」2016.05.18より許可を得て転載
http://tkajimura.blogspot.jp/2016/05/joc.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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