人の税金で暮らしている人たち

著者: 藤澤豊 ふじさわゆたか : ビジネス傭兵
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ブッシュ・ジュニアとアル・ゴアの大統領選が熱を帯びていたころの話だが、どっちがあっていて、どっちは間違っているということではない。どちらの方が歪みの少ない全体像かということでは優劣があるにしても、問題は優劣ではなく、どういう立場で、何をどうみるか、どうみなければならないかにある。十年以上前の話だが、今も昔もたいして変わることのない人のありようと人情がみえる。

アメリカ支社長 Fujisawa――「Boothさん、このまま売上げが順調にのびてゆけば、あと半年ぐらいで債務超過解消が見えてきますよね。健全経営になるのはいいけど、売上げに比例して販売在庫が増えてゆくと、キャッシュフローが心配になります。なんせ利益の三十何パーセントかは税金で持ってかれちゃうし、どうしたもんなんですかね」

公認会計士 Booth――「ここ半年で前任者が残した不良在庫をライトオフしたけど、売れるからって安易に販売在庫を増やすと、前任者と同じ轍を踏むことになりかねないですよ。C社の言うがままに販売在庫を積み上げるのは、どうかと思います。買うと言ったところで、実際に売って支払いがあるまでは、よくて売掛金でしかありません。あの会社のことだから、何が起きるかわからないでしょう。来月にでも販売予想を精査して安全在庫を再確認してみたらどうでしょう」

アメリカ支社副社長Jim――「まったく赤字だったときは税金の心配ができるようになるのが夢だったけど、いざなってみると税率が高すぎるよな。俺たちが一所懸命働いて払った税金でのうのうと暮らしてるやつらがいる。まったく腹が立つ。Fujisawaさん、知ってるかい。アメリカには親子三代で生活保護というのか行政の支援で生活しているやつらがいっぱいいる。そいつらは働かないで俺たちの税金で食ってるんだ。そういうやつらに限ってすぐ子供をつくって子沢山、昔ながらの大家族だ。税金で育てるんだし、子供もちょっと大きくなればどこかで稼いでくるからって、多い方がいいと思ってる」

Fujisawa――「その人たちが受ける支援に税金が使われているのはわかるけど、ひとりひとりがもらえる支援なんて、たいした額にならないでしょう。支援を受けても、貧しくて子供を学校に送れない。大学は授業料が高すぎる。高等教育を受けられない子供はろくな仕事につけない。貧しい家庭に育った子供が貧しい家庭をつくって、貧しさが世代を超えて、引き継がれてしまう。生活保護は目に見える現象で、貧しさが世代を超えてゆくことを問題にすべきじゃないんかな」

公認会計士のBoothは、三十代の四年間、東京の公認会計事務所で働いた経験もあって、日本の社会にあかるい。サンフランシスコで生まれ育って、学生時代にはベトナム反戦運動で活躍していた経歴がある。公認会計士として独立して仕事をしてはいるが、人柄なのか生き様なのか、零細企業をクライアントとしている。なかには英語が不自由なオーナーもいて、FujisawaとJimが働いている日系のアメリカ支社もその一社だった。零細企業では日々の帳簿をきちんとつける能力のある人がいないところもある。三ヶ月も放っておくと、帳簿がぐちゃぐちゃになってしまう。四半期ごとに締めなければならないが、帳簿の整理だけでも大変な作業になる。そこでBoothはクライアントの日々の帳簿を毎月チェックしていた。してはいけないことなのだが、自分でチェックして訂正した帳簿から公認会計士として四半期と年度末の締めをしていた。

Booth――「そう、貧しさが遺伝しちゃうとでもいうのかな。その反対もあって、豊かさも、その豊かさを生み出す教育も、まるで遺伝のように引きつがれていっちゃう。生活保護の人たちの生活支援予算はたいした額じゃない。貧富の差ということでは日本はアメリカよりはるかに平等なんだけど、人様の税金で生活しているということでは、アメリカ人も驚く実態がある」

「高級官僚は東大出で占められているけど、その人たちは子供の教育環境を整える経済的余裕がある。子供は小学校から進学校に通っている。最近はアメリカのように私立の進学校が力をもっているけど、かつては都立も含めた公立高校が東大生を排出していた。高校から大学まで、なかには大学院まで公費の支援が大きい。子供の教育に金がかかるという一面があるが、国公立の学校の授業料は安いから、家計に占める子供の教育費は逆に低い。大学を卒業して公務員になって、その先もお役所から関係機関へ天下りして、まるで一生税金で生活しているような人たちもいる。それも一代ではなく何世代にもわたって」

「ちょっと話しはそれるが、日本における東大―人様の税金で食っている人たち―の支配がどれほどのものかを示す例がある。

今は多少は緩んだと思うけど、かつては国の教育予算のほぼ半分が東大にあてられていた。原子力から宇宙開発まで東大にはなんでもある。スーパーコンピューターだって何台もある。MITに相当するといわれている東京工業大学では、長年スーパーコンピューターを導入できなかった。国家からの予算は年度毎の使いきりで、使わずに来期に持ち越せない。単年度の予算ではスーパーコンピューターは買えない」

「Jim、あんたも日本の会社で五年、もう六年目になるかな、何度も日本にいっているし、そのあたりことは知ってると思うけど、日本の高級官僚が食いつくしている税金に比べれば、アメリカの貧しい人たちへの支援なんて、日本流に言えば、すずめの涙だ。アメリカの不平等はひどいもんだが、みんながアメリカよりよっぽど平等だと思っている日本も見方によってはアメリカ以上に不平等なんだ」

「もし、近代から現代にかけての日本を知りたいと思うのなら、E. Herbert Normanの『Japan’s Emergence as a Modern State』(邦訳『日本における近代国家の成立』)を読んでみたらい。ちょっと古いが、ここまでの本はなかなかない。近代日本―明治政府は江戸末期に日本の富の七十パーセントを握っていた大阪の商人の後ろ盾でつくられた。大阪の商人(財閥)がパトロンの政府だ。初めから日本の政府は財閥の利益のためにあったし、今でも似たようなもんだ」

税金で公共事業……はいいが、そこで碌を食んでいる富裕層や政治家……は人々から敬意を表してみられる。同じ税金で生活を支援してもらっている人たちは人々から蔑視される。どっちも税金で生活していることに違いはないが、敬意を表されながらとんでもない金額をもっていく人たちと、ささやかな金額を頂戴して軽蔑される人たち。敬意を表するのもどうかと思うが、軽蔑するのは人としてのありようが問われる」

「思い込みとでもいうのか、みんながそう思っているのか、思わされているのかわからないけど、見えることや聞こえてくることからだけだと、だまされかねない。事実は自分で知ろうしたところで、なかなか知りえないけど、知ろうとしなければ知りえない。

まずは知ろうとすることから始まるってことだろうな」

Fujisawa――「さすがにBoothさん、よく知ってるね。でも今日は事業再建のめどがついた前祝だ。堅い話はこれくらいにして、飲んで食って……、債務超過もなくなるし、これくらいの経費、Boothさん、いいよね」

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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