人工放射線による内部被曝から子どもを守る

はじめに

鼻血!

『ビッグコミックスピリッツ』の人気漫画「美味しんぼ──福島の真実」シリーズに、鼻血のシーンが登場するやいなや、日本政府の要人・地方自治体の首長・専門家・研究者・宗教家などが一斉に「美味しんぼ」攻撃を始めました。「美味しんぼ」を出版した小学館には右翼の宣伝カーが差し向けられました。

私の自宅にまで、匿名のイヤガラセ電話は入りました。無署名の怪文書をもって、直接訪ねてくる大阪ナンバーの車もありました。彼らは一切名乗りませんでした。

なぜ、彼らは鼻血を攻撃対象にしたのでしょうか。

今回の「美味しんぼ」攻撃の特徴は、東電原発大惨事の原因をつくった日本政府が直々乗り出したことです。安倍晋三首相、菅義偉官房長官、石原伸晃環境大臣、石破茂自民党幹事長ら、国家権力のトップが、打ち揃ってテレビなど大手メディアに登場し、マスメディアをフルに動員して、大々的に展開した恫喝の大合唱でした。

私個人に対する、新聞、テレビ、週刊誌の電話取材は多かったのですが、中日(東京)新聞など一部を除き、残念ながら原発大惨事被害者の立場に立って取材するメディアは少なかったと言わざるをえません。要するに、鼻血にこだわり、鼻血だけについて、その原因や因果関係をネチネチと訊く記者たちが多く、私は、何度も「鼻血はもう良い!」と叫びたくなる衝動に駆られた記憶があります。日本のマスメディアの多くは、日米仏国際核軍産協働体の重要な一角を占めており、記者たちには、共通の取材質問マニュアルが配布されているのではないかと、勘ぐったほどでした。

「優秀な技術に支えられた」原発を世界各国に販売することに熱心な最高権力者は、以前に日本を「美しい国」と言いました。「美しい国」に醜い鼻血は要らないとでも言いたかったのでしょうか。

元東京都知事であったもうひとりの権力者は、障害者施設を訪ねたときに、「この人たちに人格はあるのか?」と訊いたと伝えられました。人格という概念は大飯原発差止め訴訟でにわかに身近になりましたが、元都知事は、障害者は人間ではないとでも言いたかったのかもしれません。

「美しい国」といえば、ある民族をどこまでも美しく描き上げた何本かの映像を、私は今想い出しています。それらは、ドイツの映像作家レニ・リーフェンシュタール(Leni Riefenstahl)のドキュメンタリーです。

「信念の勝利」:1933 ニュルンベルクで開かれたナチス党大会の記録。群衆の中から幼児を抱いた若い母親がかけより、ヒトラーに花を捧げる。若者たちの嬉々とした秩序ある生活。1936年第三帝国の威信をかけて行われたベルリン・オリンピックの記録「オリンピア」二部作「民族の祭典」と「美の祭典」(1938)。人間の肉体を華麗に描くためのさまざまな工夫・・・。

1938年といえば、皇軍が蒋介石政権の臨時首都・重慶への大量無差別戦略爆撃を始めた年です。五年以上にわたって計画的につづけられたこの空襲は、人類史上初の計画的戦略爆撃といわれ、その方法はその後米軍に引き継がれ、1945年3月10日東京大空襲、7月10日堺空襲(3兄弟のうち私だけ生残)、8月6日広島、8月9日長崎、さらに朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク、コソボ、アフガニスタンを経て、現在のシリアやガザ攻撃へと、留まるところを知りません。

被災者の訴え=自覚症状を無視してはなりません

「美味しんぼ」は、新しい議論の渦を生み出しました。多くの人びとの関心が、双葉町をはじめとする被災現地の人びとの苦難に寄せられました。東電原発大惨事の健康影響はほとんどなかったとして、「美しい国」の日の丸原発を世界各国へ売り込む、原発特大セールズに、乗り出していた国際核軍産協働体と日本国家の最高権力者にとって、醜い鼻血は、目の上のタンコブだったのでしょう。

私は一臨床医ですから、私の日常は、患者さんの訴えを訊くことから始まります。訴えの多くは、ノドが痛い、目がかゆい、息が苦しい、むねやけがする、脈がとぶなど、何らかの自覚症状に関することが多いのです。その意味で、自覚症状は、患者さんが苦しめている原因を見つけ出す、とても大切な手がかりです。

今回「美味しんぼ」で取り上げられ、話題になった鼻血やひどい疲労感も、これら自覚症状のひとつです。テレビや新聞に登場する有名人や研究者は、そんなものはなかったとか、“風評被害”を煽るものだとか言ましたが、それらの人たちには、苦しんでいる被災現地の人びとを思いやる心がなかったのでしょうか。

3・11東電福島第一原発事故によってふるさとを奪われ、不自由な仮設住宅や借り上げ住宅暮しを強いられ、また、見知らぬ地に移り住まざるをえなくなりさまざまな苦難を抱えて間もなく四年。全国各地に約一七万人、私が住んでいる岐阜にも三百人ほどの方が移り住んでおられますが、多くの場合家族ばらばらの不自由な暮らしです。これら、今まで経験したことがない困難な状況の下で苦しんでいる人びと、とくに子どもたちに想いを馳せることが、いま最も求められていることではないのかと、私は思うのです。

 

「美味しんぼ」人気の秘密

2013年4月私は全く偶然に「美味しんぼ」の作者たちと出会ったのですが、それから間もなく二年近くおつきあいしてみて、私はある感銘を覚えています。それは、原作者・雁屋哲さんと編集部の方たちが、じつに丹念な取材を重ね作品を仕上げておられる、その姿勢に対してです。私への取材も2013年の秋から2014年にかけて、随分長い時間がかかりました。私も忙しい毎日でしたが、私を惹きつけて離さない力が彼らにはあったのです。それが、30年もつづいてきた「美味しんぼ」人気の秘密かもしれません。

3・11東電福島第一原発大惨事は、多額の税金を使いながら巨利を貪ってきた東電関連原子力産業と国策として原発を推進してきた日本政府におもな責任があります。彼らは何より先に、まず大惨事によって被害を受けた福島県をはじめとする汚染地域の住民に謝罪し賠償すべきです。

それが、何ということでしょうか、すでに大惨事から四年近く経つ現在、子どものいのちを守るための手立ては何一つ取られていません。全ての党派が賛成して国会で通った「子ども被災者支援法」も棚晒しにされたままです。そして、あろうことか、あたかも住民の健康被害はなかったがごとく言い募り、住民の立場から福島の過酷な現実を活写した「美味しんぼ」を攻撃するという挙に出たのは、なぜでしょうか。

3・11東電原発大惨事によって最も甚大な被害を受け全町民と役場が避難を余儀なくされた双葉町は、「差別助長」「風評被害」を謳い文句にした抗議文を「美味しんぼ」の出版社小学館に提出しました。双葉町は住民のいのちと生活を守るために活動すべき第一線の自治体として、同町と町民の苦難の現実を、また井戸川克隆前町長と伊澤史朗現町長の今までの努力と実績を、全国民に知らせる良い機会にすることもできたのに、まことに残念の極みです。

この問題に関して放射線防護の研究者、野口邦和・安斎育郎両氏は、2014年4月29日付毎日新聞紙上で、「被ばくと関連ない」「心理的ストレスが影響したのでは」と述べています。両研究者は、血小板が減少し全身の毛細血管から出血するような、1シーベルト以上の大量急性被曝を、鼻血や全身倦怠感など自覚症状発症の条件だとしています。このような考え方は、残念ながら彼らに特異的な事柄ではなく、広く一般の臨床現場の医師にもある誤った認識です。またそれは、言論と表現の自由の圧殺に道を開き、核の力で世界を支配しようとしている国際核軍産協働体に手を貸すやり方だと言わざるをえません。

r1双葉町が行った自覚症状・罹患疾患の関連に関する疫学調査

双葉町は井戸川克隆前町長のときに、全町民を対象にした疫学調査を行いました。この調査は、何の根拠も示さずに鼻血はなかった大合唱に加わった権力者、政治家、研究者、宗教者たちと彼らの言辞を無批判に垂れ流したマスメディアに対する、最も強力な反証になっています。

この疫学調査は、東電福島原発大惨事の真只中、七千人の全住民が故郷を追われ福島県内外に移住せざるを得ない状況におかれ、役場そのものも埼玉県加須市に拠点を移すという前代未聞の大混乱の中で、遂行されました。町は並行して独自に全町民対象の健康調査も行ってきました。これら町民のいのちと健康を守る町の取り組みの歴史事実は、井戸川町政がいかに優れた政策をもち、またそれを実行に移してきたかをよく物語っています。

と同時に、これらの事実経過は、双葉町町政の軸であった井戸川克隆さんに注目し、彼を「福島の真実」の重要な登場人物とした、雁屋哲さんの目の確かさを証明していると言えましょう。

町民が訴えた症状は鼻血のみに留まらず、様々な自覚症状が記録されています。この調査は、2012年11月時点で福島県双葉町、宮城県丸森町筆甫地区、滋賀県長浜市木之本町の住民、それぞれ7,056名、733名、6,730名を対象に行われ、多変量解析の結果、つぎのような結果が得られました。

20 歳以上対象調査当時数日間における症状オッズ比>上位10 位

木之本町       丸森町      双葉町

イライラしやすい       1(基準)         1.1         4.6

眠れない               1(基準)         0.9         4.6

鼻血                   1(基準)         3.5         3.8

月経不順               1(基準)         1.7         3.7

めまい                 1(基準)         1.8         3.2

食欲不振・腹痛         1(基準)         1.5         2.7

体がだるい             1(基準)         1.5         2.6

眼のかすみ             1(基準)         1.4         2.6

動悸                   1(基準)         1.3         2.5

下痢                   1(基準)         1.4         2.5

 

主観的に自分の健康状態を評価する指標としてよく用いられる主観的健康(self-rated health)に関しては、2012年11 月時点で、木之本町に比べて、双葉町で有意に悪く、逆に丸森町では有意に良かったのです。更に、調査当時の体の具合の悪い所に関しては、様々な症状で双葉町の症状の割合が高くなっていました。

双葉町、丸森町両地区で、多変量解析において木之本町よりも有意に多かったのは、身体がだるい、頭痛、めまい、目のかすみ、鼻血、吐き気、疲れやすいなどの症状であり、鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示しました。

 

2011年3 月11 日以降発症した病気も双葉町では多く(オッズ比10 以上だけでも、肥満、うつ病やその他のこころの病気、ぜんそく、胃・十二指腸の病気、その他の皮膚の病気)、両地区とも木之本町より多かったのは、狭心症・心筋梗塞、急性鼻咽頭炎(かぜ)、アレルギー性鼻炎、その他の消化器系の病気、その他の皮膚の病気、痛風、腰痛でした。治療中の病気も、糖尿病、眼の病気、高血圧症、歯の病気、肩こりにおいて双葉町で多く、更に、神経精神的症状を訴える住民の方が、木之本町に比べ、丸森町・双葉町において多く見られました。

 

以上の記述は、双葉町低レベル放射線曝露と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査プロジェクト班が2013 年9 月6 日に発表した「低レベル放射線曝露と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査調査対象地域3町での比較と双葉町住民内での比較

の要約です。詳細は下記のサイトでどうぞ。

http://www.saflan.jp/wp-content/uploads/47617c7eef782d8bf8b74f48f6c53acb.pdf

また、この疫学調査に関しては、最近発刊された「美味しんぼ」の合本「福島の真実」編下の巻末1として紹介されているので、ご参照ください。

チェルノブイリ健康被害調査でも「鼻血」は指摘されています

チェルノブイリの被害調査でも、子どもの健康状態に関する不調の訴えの症状の一つとして、「鼻血」は指摘されています。すなわち、「重度汚染地域」においても、「低汚染地域」においても、「虚弱、めまい、頭痛、失神、心臓不整脈、腹痛、嘔吐、胸やけ、食欲不振、アレルギー」などとともに、「鼻血」は、はっきりと指摘されているのです。チェルノブイリ健康被害調査からも、「鼻血」と「被ばく」とが関係ないなどという主張が誤りであることは明らかです。

晩発障害 とくに子どもの健康障害

r22014年12月25日福島県県民健康調査委員会発表によれば、18歳以下の子どもに甲状腺がん(手術で確定診断)が、2011年度に14人、2012年度に50人2013年度は20人、合計84人発見されています。また針を使った細胞診によって、各0人、6人、18人合計24人ががん疑いと判定されています。がんとがん疑いを合わせると108人となります。この調査では、受診者は約30万人(296226人)中108人が甲状腺がんと確定診断されました。100万人対では365になります。

一方国立がん研究センターの全国「がん統計」をみると、こちらは19歳以下の子どもですが、100万人対2~3人の発症率となっています。福島県では全国平均の100倍もの高率で、子どもたちに甲状腺がんが見つかったのです。問題は、この数値をどのように評価するかです。

 

 

r3福島県立医科大学の鈴木眞一氏は、これらの甲状腺がんは東電原発事故とは関係ないと発言しています。これに対して、岡山大学疫学の津田敏秀氏らは、アウトブレイク(大発生)とみなして、素早い対応が必要だと述べています。

世界各国の甲状腺がん発症率をみると、アメリカ合衆国、フランス、日本、など原発大国に高い傾向が見られます。

また韓国ソウル大の調査では、通常運転原発周辺5km圏内の住民に、5km以上離れた地域の住民の2.5倍高率に甲状腺がんが発症しています。

r4r5また福島県内では甲状腺がんだけでなく、心臓病などさまざまな病気の発症が明らかになってきています。脱原発が全国各地で叫ばれていますが、脱被ばくこそ最重要緊急課題だと私は思います

 

人工放射性微粒子とガスは、東電福島第一事故原発から出つづけています

3号基はメルトスルーして地下水に接しています。ガレキの処理による新たな放射性物質の飛散、また、汚染水の地下水・海洋への流失は深刻さを増しています。2014年9月8日東電の資料から、今年5月までの10ヶ月間に海へ流出したセシウムとストロンチウム90の合計は2兆ベクレル、他の核種もあり、海洋汚染は深刻になってきています。またタンクに溜められている放射性セシウムを取り除いた汚染水は、大量のストロンチウム90とトリチウムを含んでいますが、2014年3月現在でタンク・貯水槽1000基、42万トンに上っています。

r62014年12月1日付東京新聞(上記図参照)によれば、福島第一原発至近の海で放射線汚染状況を調べたところ、放射性セシウムを検出。事故発生時より低いが、港の出入り口から1.07Bq/l(1Bq/lの海水=食品基準100Bq/kgの魚が捕れる可能性)を検出しました。海底の砂はさらに高濃度となっています。また次のように報道しています。「東電が調査を行い発表している公表資料は、計測時間わずか17分、1ベクレル前後の汚染は見逃すような精度でしかない。これでは国民や漁業関係者から信頼されるものでない」。

3・11東電福島原発大惨事によって生活環境に放出された放射性物質の処理

3・11東電福島原発大惨事によって自然生活環境に放出された放射性物質は、東電が自らの産業活動の過程で排出した、いわば産業廃棄物です。ですから東電が自らの責任において、処理するのが原則。放射性物質はできるだけ拡散させず、一ヶ所に集めて、いうならば大惨事を起こした原発の敷地内に集めて管理・処理するべきなのです。

大量の人工放射線微粒子とガスは、今も出つづけていますが、これら様々な放射性物質は、福島県内各地から、県境を超えて拡がり、地形や気象状況によって、東北・関東地方などにもホットスポットを形成しました。

日本政府は、これら人工核種によって汚染された岩手県と宮城県のガレキと呼称される汚染物を、汚染が少ないからよいとして、大阪府など日本各地の自治体に受け入れさせて、処理させてきました。前述したように、放射性物質を広く拡散させることは厳に慎み、一点に集中管理・処理すべきです。日本政府の放射性核種拡散政策は根本的に誤っています。しかし政府は核酸政策を強行しました。そのことによって、福島県など高度汚染地域から避難してきた子どもと家族は、二度目三度目の移住を強いられることになった例が珍しくないのです。

 福島県内では、日本政府・環境省はすでに何ヶ所かの自治体に焼却施設を設置し稼働させていますが、浜通りの大熊町や双葉町などには、中間貯蔵施設を受け入れさせようと画策、同時に中間貯蔵とは名ばかり、減容化を謳い文句に焼却施設の持ち込みが計画され、いよいよ2015年3月13日から膨大な量の、人工放射性物質によって高度に汚染されたガレキなどが両町に運び込まれます。彼らが常磐自動車道の開通を急いだのはそのためだったのでしょう。その結果、新たな大気汚染がもたらされます。そして、二重三重に侮辱された大熊・双葉両町民の痛恨を、自らの痛みとして感じとる新しい倫理が、同時代を生きる私たちに求められているのではないでしょうか。

「低線量」内部被曝の健康リスクを知り知らせる

3・11東電福島第一原発事故現場から生活環境に放出された人工放射性核種について日本政府が発表したデータで、宮城県南隣、福島県相馬市でセシウム137(137Cs)の10分の1のストロンチウム90(90Sr)が検出されています。しかし、土や食品に含まれる放射性セシウム以外の核種についての検査はほとんどなされていません。90Srをふくむ全ての人工放射性核種の検査が健康影響評価には不可欠です。呼吸や飲食で体内に入った90Srは、カルシウムとよく似た動きをするため、骨や歯や骨髄に沈着し、水に溶けるタイプの137Csの何百倍も長い時間、すなわち数年~数十年間排出されず、骨髄中の血球幹細胞を障害しつづけます。その結果胎児の発達が障害され、白血病など血液疾患発症の原因となります。

核開発、原水爆や原発が産みだす人工放射性物質は本来ゼロであるべきです。

からだの中のホットスポット

38億年もの昔から自然界や私たちのからだの中にあった天然の放射性元素(核種)は、比較的均等に分布しています。これに対して、自然界になかった人工の放射性物質は、原爆投下や水爆実験、原子力発電の結果生み出されたものです。これら人工放射性物質は、さまざまな大きさや性質をもった微粒子になって自然生活環境に拡がり、私たちのからだの中に入ってきます。そしてからだの中で、不均等に分布するのです。

r7ヨウ素131は甲状腺に、セシウム137は心臓に、ストロンチウム90は骨や歯にという具合に、からだの中に入ってきたとき、集まる臓器や組織も違うのです。高濃度沈着部位が体内のホットスポットになります。

 

電離=イオン化、分子の切断

私たちのからだは、60兆個もの細胞からできています。卵子の精子の出会いのときはそれぞれ一個です。脳、神経、心臓、肝臓、腎臓、眼、耳、筋肉、骨、生殖器官などすべての臓器が、さまざまな働きをもった細胞からできています。これらの細胞たちが力をあわせて、私たちのからだの中をよい状態に保っているのです。

細胞はおもにタンパク質でできていますが、その約70%(新生児では80%)を水が占めています。水がなければいのちは生まれませんでした。水は私たちのいのちの営みに不可欠必須なものです。従って私たちのからだを一定の温度に保ち、安定した状態をつくる上で、皮膚と粘膜はとても大切です。

このいのちの源である細胞をつくっているのは分子です。

 

r8その分子の、原子と原子を結びつけている電子を外す、つまり私たちのからだをつくっている分子を切断する力を、電離放射線は持っています。つまり、水やタンパク質の分子を切断して、水やタンパク質でないものにしてしまう力を持っているのです。

ということは、水の分子が放射線によって切断されると、私たちのからだの細胞の中に毒ができるということなのです。この毒が、細胞核の中にあるDNA、核内DNAにキズをつけます。細胞内外の胎内環境をかく乱するのです。

人間は治す力を持っていますが、こうした影響でからだにいろんな症状や病気が起きる、そしてとくに子どもはおとなより放射線に敏感で影響を受けるということがわかっています。胎児は放射線感受性が、成人に比べると極めて高いことを、学校で教えるべきです。

 

エピジェネティックス

 また、エピジェネティックスという、遺伝子の配列変化しないまま、遺伝子発現の性質が長期的あるいは恒久的に変化することによって、障害や病気を起こしていることがわかってきています。

この分野で今活発に研究されているのが、胎内環境に関わるものです。そのひとつが「細胞分化」です。私たちの細胞60兆個の元はたった一個の細胞=受精卵。私たちは両親から、別々かつ平等に遺伝形質を受け継ぎ、約10ヶ月で脳眼鼻耳手足心肝などの細胞に分化するのです。環境要因によるエピジェネティクッスな変化は祖父母から孫に伝わるものもあります。

「健康ノート」の発刊

私たちは、自らの体調と自然生活環境の汚染を記録し、その営みを将来にわたって継続するため、最近「健康ノート」を発刊しました。

「低線量」放射線被曝の健康影響は、まだ不明な点が多いなどと言う研究者もいますが、そんなことはありません。「低線量」放射線、とくに内部被曝による健康障害に関する多くの調査研究結果がすでに集積されています。ウクライナの医師たちの努力の結果はまとめあげられ、2011年に「ウクライナ政府(緊急省)報告書」として公開されました。2009年に発表されたニューヨーク科学アカデミーの論文集にも、チェルノブイリ事故後の増加した健康障害の実例が多数紹介されています。増えたのは甲状腺がんだけではありません。心臓病や内分泌異常、先天障害などさまざまな非がん疾患が子どもをふくむ住民を苦しめています。

また、通常運転中の原発から5キロメートル圏内に住む5歳以下の子どもたちに二倍以上白血病が多発しているという、ドイツで行われた疫学調査(KiKK研究)の結果も重要です。この調査のあとイギリス、フランス、スイスで行われた疫学調査結果も、KiKK研究の成果を補強するものです。

今後日本で放射線による健康影響を調査して記録していく上で不可欠の条件は、まず、原発から生活環境に出た全ての人工放射性核種を調べ、それら各核種の放射線量をベクレルで表示すること。そして、それらデータと自覚症状を含む病状、そしてさまざまな検査結果との関係を記録し解析することが必要です。抜けた乳歯に含まれる90Srを調べることも、子どもの内部被曝を評価する上で不可欠です。

また、年間100ミリシーベルト閾値に関しては、「全固形がんについて閾値は認められない」とした放射線影響研究所の2012年疫学調査結果報告「原爆被爆者の死亡率に関する研究第14報 1950─2003年:がんおよびがん以外の疾患の概要」にも注目すべきです。

 

健康を保つために

内部被曝による健康障害を食い止めるために、今最も求められているのは、「家族や地域の人間関係を保って放射線汚染の少ない地域に移住し、働き、子育てする権利を保障」することです。

3.11東電福島原発大惨事を経験した今だからこそ、水俣病など公害闘争の歴史を振り返り、国際的には「チェルノブイリ法」(後述)、ウクライナ、ベラルーシなどの経験に学び、その教訓を生かすべきです。

原発事故被災者だけでなく比較的汚染の少ないところに住んでいる人たちも、人工放射性物質は食品や建材などを介して全国に流通しますので、2011年3月11日以降の暮らしを振り返り記録に残すことが大切です。

3.11.大惨事を忘れずに、「健康ノート」などで自身の健康を記録することによって、自分や家族の生活を意識的なものとすることができます。それはちょうど家計簿をつけることと似ているかもしれません。きっと毎日の食事についても考えることとなるでしょう。便利だから、きれいだからと安易に求めるのではなく、自然界での物の流通、循環、子どもたちの未来に思いを馳せるようになるのではと思います。

 知り、知らせ、考え、議論し、行動するドイツ

ドイツからの明るいニュースをご紹介します。

 まずは、ヨーロッパ最大の電力エネルギー企業であるドイツのエー・オン(E・ON)が、原発から撤退し風力・太陽光など再生可能エネルギーを主力にすることを表明したのです。2014年11月30日に突然発表されたこのニュースは、ドイツ国内はもとより、世界中を駆け巡り、12月1日には同社の株は4.2%値上がりしたといいます。

大切なのは、同社をしてこの歴史的な決定に踏み切らせたのが、市民の力だったことです。チェルノブイリ事故後「自然エネルギー社会を子どもたちに」の想い込めて黒い森の住民たちが始めたシェーナウが有名ですが、今では市民が運営する小さな電力会社がドイツ各地に無数にでき、2014年上半期電力供給統計で28.5%を占めるまでになっています。大手電力会社はこの新しい波に乗り遅れたのです。詳細は「世界」2月号梶村太一郎論文をご参照下さい。

市民が創ったといえば、ベルリンの市民運動が掘り起こしたナチス第三帝国の本拠地跡に作られた博物館がよく知られています。Topographie des Terrors(恐怖政治の地勢図)と名付けられたこの広大な博物館には、連日多くの若者たち子どもたちを含む人びとがやって来て、自らの過去と向き合うのです。入場無料。

これに加えて特筆すべきは、昨年2014年9月にT4作戦(AktionT4)の野外記念広場がベルリン・フィルハーモニーの玄関に隣接するティアガルテン通4番地にオープンしたことです。人間の価値がないとして20万人もの障害者や精神病者・子どもを選別して死に追いやったナチスの安楽死(Euthanasie)作戦(Eu-Aktion)について詳しく知ることができます。この作戦では医師たちが重要な役割を担いました。展示は夜間照明付き。ベルリン・フィル前のバス停には、大きな写真つき案内パネル。国立のこの施設へは年中24時間誰でも自由に立ち入ることができ、自分の過去・現在・未来を考えることができます。障害をもった人びとや子どもへの配慮も行き届いています。

 

「脱ひばく」汚染の少ないところへ移り住む権利の保障は、最重要緊急課題

「脱ひばく」を合言葉に、チェルノブイリ法や、国連人権理事会特別報告者の報告と勧告、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)声明を、子どもたち=次世代に伝えましょう。

1991年に成立したチェルノブイリ法の基本目標は、つぎのようです。

すなわち、最も影響をうけやすい人びと、つまり1986年に生まれた子どもたちに対するチェルノブイリ事故による被曝量を、どのような環境のもとでも年間1ミリシーベルト以下に、言い換えれば一生の被曝量を70ミリシーベルト以下に抑える、というものです。

r92013年5月に公表された国連人権理事会特別報告者報告と勧告、そしてそのすぐ後、6月に出されたIPPNWの声明は、日本政府の提唱する年間20ミリシーベルトは容認できないとし、被曝線量を最小化するためには、年間1ミリシーベルト以上の地域からの移住以外に代替案はないとしました。

3・11大惨事以降想像を絶する苦難を押し付けられた双葉町をはじめとする被災現地の人びとの現状を知り、人びとが家族や地域の人間関係をこわすことなく、汚染の少ない地域にまとまって移り住み、働き、学ぶ条件を整える必要があります。

「脱ひばく」すなわち「子どもたち=次世代にこれ以上の被曝をさせない!」を合言葉に、全国各地で草の根の運動を強め、一刻も早く移住の権利を保障させましょう。全てに優先すべき「移住の権利保障」実現の可否は、子どもたちの未来を大切に想う、私たち市民一人ひとりの肩にかかっています

おわりに

「適切な経路を示してくれれば、被曝は防げた」。福島県浪江町の馬場有町長は訴えました。2013年11月25日福島市で開かれた特定秘密保護法案の地方公聴会での発言です。この公聴会では、七人の公述人全員が特定秘密保護法に対し、反対または拙速はよくないとの意見を述べました。東電原発事故で政府の情報公開が遅れたことへの不信感は強く、「知る権利」をさらに制限する法案への批判が噴出したのです。

ところが、同じ25日の夜、自民党と公明党は衆院国家安全保障特別委員会の理事会で、26日に衆院本会議を開くことを強引に決め、翌日の本会議でこの法案を強行採決しました。公聴会とは、一体何だったのでしょうか。

「全体主義につながりかねないという恐れを抱く」と、前福島県知事の佐藤栄佐久さんは、次のように述べています。

「私は知事在任の途中から、原発に対して批判的な態度をとるようになった。国や東京電力に、都合の悪いことを隠そうとする体質が見え始めたからだ。東電は原発内で起きたトラブルの情報を速やかに地元に伝えず、公開しようともしなかった。原発の問題を指摘する内部告発も、東電と経済産業省に握りつぶされようとしていた。その体質は、福島第一原発事故を経た今でも変わっていないと感じる」(2013年11月26日付中日新聞)。

全体主義といえば、アーレントの著作『全体主義の起源』(全三巻、一1951年原著英語初版、1955年ドイツ語版、1974年大久保和郎、大島かおり訳、みすず書房)が有名です。アーレントは、最近日本でも公開された映画「ハンナ・アーレント」(2012年、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督)によって、広く注目を集めました。『全体主義の起源3』第三章の最後(P.267)を、彼女は次のように締めくくっています。

「政治的・社会的・経済的な困難が人間らしいやり方で改善できないように見えるとき、全体主義の誘惑はかならず現れて来る。それは、全体主義的政権没落の後にも充分生き残るだろう」。

「自分は指示されたことを忠実に実行しただけだ」。イェルサレムの公判で、ナチス高官のアイヒマンは終始こう主張しました。この裁判を傍聴したアーレントは『イェルサレムのアイヒマン─悪の陳腐さについての報告─』(1963年英語初版、1974年大久保和郎訳、みすず書房)を書き上げます。

「集団的自衛権」の旗印の下、日本の威信をかけた勇壮な東京オリンピックを煽り、「美しい国」日本の旗を先頭に日本の若者を新たな大量無差別殺戮に駆り立てる国際核軍産協働体の企みが、現実のモノになろうとしている今こそ、日本列島を覆い私の中にも巣食う「悪の陳腐さ(凡庸な悪)」と向き合うときではないでしょうか。                  (2015-03-03 紀)

<参考文献>

1)コリン・コバヤシ、『国際原子力ロビーの犯罪─チェルノブイリから福島へ』(2013)以文社

2)今中哲二編、「チェルノブイリ事故による放射能災害─国際共同研究報告書」、オレグ・ナスビット・今中哲二「ウクライナでの事故への法的取り組み」(1998 )『技術と人間』

3)国連「健康に対する権利」特別報告者アナンド・グローバー、「日本への調査(2012 年11 月15 日から26 日)に関する調査報告書」(2014)Human Rights Now grover houkoku

4)IPPNW 理事会声明、グレーガー・理恵訳「フクシマ原子力災害の終息への道程は長い」(2013)https://chikyuza.net/archives/35196

5)松井英介「見えない恐怖―放射線内部被曝」(2011)旬報社

6) 松井英介「小川聡総監修改訂第8版内科学書Vol.1内科学総論、臨床症状、内部被曝の項を分担

(2013)中山書店, pp.60-65

7) 松井英介、上田基二、谷藤真一郎「気管支分岐と気流、粒子沈着」気管支学(1988)Vol.10, pp.495-501.

8) 松井英介「『脱ひばく』いのちを守る 原発大惨事がまき散らす人工放射線」(2014)花伝社

9) 松井英介「『低線量』放射線内部被曝からいのちと人権を守る―ICRPの実効線量を検証する―」月刊保団連No.1167(2014)8月号P.45-49

10) 松井英介・上田基二・谷藤真一郎、『気管支分岐と気流、粒子沈着』、気管支学(1988)Vol.10、pp.494-501

11) 伊藤春海、『肺結核の画像─呼吸器画像診断学の貴重な教育資源─』、 Kekkaku(2010)Vol.85、pp.869-879

12) カール・Z ・モーガン・ケン・M ・ピーターソン著、松井浩・片桐浩訳、『原子力開発の光と影─核開発者からの証言』(2003)昭和堂、p.153

13) 「子ども救援基金」健康ノートの会編 『健やかに生きる 健康ノート 内部被曝からいのちを守る』(2014)販売代行:垂井日之出印刷所出版部

14) 松井和子著『私の出会った子どもたち』(2014)垂井日之出印刷所出版部

15) リチャード・C・フランシス著野中香方子訳「エピジェネティックス 操られる遺伝子(2011)ダイヤモンド社

16) Carey N: The Epigenetics Revolution How Modern Biology is Rewriting our Understanding of Genetics, Disease and Inheritance (2012) Icon Books Ltd. Omnibus Business Centre, London

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