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連日の激闘の末、辺野古新基地建設反対運動の現地指導者である山城博治さんが病に倒れられました。ご回復を心より祈念いたします。

「この日、山城さんは涙をにじませながら、マイクを握った。「厳しい闘いは続くが、県内、全国の仲間がいる。海に石一つ投下させては駄目だ」。若いころから自分を奮い立たせてきた「ケ・サラ」を歌った。

突然の報告に、目を赤く腫らす人も多かった。激励の歌やあいさつ。「負けるな博治」と、シュプレヒコールも上がった。留守を預かる平和運動センターの大城悟事務局長は、「博治さんが戻るまでゲートを守っていこう」と力を込めた。

「本当に悔しい。こんな時にベッドの上なんて」と漏らした山城さん。振り払うように、「行動の基本はできている。資材のトラックが来ても、みんなが止めてくれる」と後を託した。握手を求める人の列は、なかなか途切れなかった。」

辺野古反対のリーダー、悪性リンパ腫で闘病へ
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=112482

2015年4月21日 14:08

辺野古で抗議を続ける山城博治さん(62)が病気療養することに
悪性リンパ腫が進行しており、少なくとも数カ月は闘病に専念する
同じ沖縄平和運動センターの大城悟事務局長が留守を預かる

新基地建設に反対する市民らに、療養後に戻ってくると語る山城博治さん(右)=20日、名護市辺野古

「悪性リンパ腫が進行していて、すぐにでも治療を、と医者に言われた。病気を乗り越えて、一日でも早く帰ってきたい」

沖縄平和運動センター議長の山城博治さん(62)が20日、突然告白した。通い慣れた名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前。共に闘ってきた仲間に行動継続を呼び掛けた。21日に再度ゲート前を訪問した後、少なくとも数カ月間は闘病に専念する。

20日、病院で検査結果の説明を受けた山城さん。家族と相談し、「黙っていなくなったらかえって心配を掛ける」と、その日のうちに公表した。

今年に入り、沖縄防衛局の資材搬入を警戒する24時間態勢の行動が始まった。山城さんは真冬の仮設テントで1カ月以上寝泊まりしながら、健康不安とも闘っていた。一時、首は腫れ上がり、胃の痛みも自覚していた。

いろいろ検査を受けても、病名ははっきりしなかった。「自分の体がどうのこうのじゃない。運動の今この時期だけはやめてほしい」と、祈るように話したことがあった。

この日、山城さんは涙をにじませながら、マイクを握った。「厳しい闘いは続くが、県内、全国の仲間がいる。海に石一つ投下させては駄目だ」。若いころから自分を奮い立たせてきた「ケ・サラ」を歌った。

突然の報告に、目を赤く腫らす人も多かった。激励の歌やあいさつ。「負けるな博治」と、シュプレヒコールも上がった。留守を預かる平和運動センターの大城悟事務局長は、「博治さんが戻るまでゲートを守っていこう」と力を込めた。

「本当に悔しい。こんな時にベッドの上なんて」と漏らした山城さん。振り払うように、「行動の基本はできている。資材のトラックが来ても、みんなが止めてくれる」と後を託した。握手を求める人の列は、なかなか途切れなかった。(比屋根麻里乃、阿部岳)