●アピール「アイヌ民族の訴え」:ひと月前のきのう1月7日、沖縄県立博物館で開催された「帝国主義の侵略に反対しパレスチナ人民と連帯するシンポジウム」(主催:21世紀自主フォーラム)で、喜納昌吉・高良鉄美らとともにアイヌ民族の古老となった成田得平が、力づよくパレスチナ連帯の雄叫びをあげた。https://drive.google.com/file/d/16TgUx7HwQbbN63tEXZR4lbT2sR_u_3Jz/view?usp=sharing
●論考「アイヌ民族にとっての自主と歴史認識」(『自主の道』2024冬号):千島列島ウルップ(得撫)島生まれの成田得平は、その後、釧路アイヌとして成長するにつれアイヌ語地名への関心からさまざまなアイヌ文化を誇りとし生業ともして、「アイヌ教育相談員」になったり、70年代には参議院選挙に立候補したり(落選)、アイヌ文化を伝える講師として小中学校や高校で特設授業もしてきた。80年代には、国連「先住民族権利宣言作業部会」に北海道ウタリ(当時)協会のアイヌ代表団の一員として幾度も参加してきた。そこから、世界各地の先住民族との交流も重ねる機会も増え、〇〇か国の先住民と交流・交歓を重ねてきた。90年代には平凡社の『世界民族問題事典』(1995)の「アイヌ民族」の項目を執筆している。ここで紹介するのは、東北各地に遺された祭りとアイヌ語との関係から東北アイヌの痕跡を掘り起こす意欲的な論考24頁。アイヌ文化期を「擦文文化」に限定するのは不自然と、樺太アイヌ・千島アイヌにも触れながら、教科書的な歴史認識に疑義を投げかけ歴史の書き換えを迫っている。https://drive.google.com/file/d/1JevmhQrMW1iXSjt7BQ1WAM03LEGMxFiv/view?usp=sharing
●報告「アイヌ交易船イタオマチプ 蘭島で進水式」:アイヌ工芸家でもある成田得平は、生業として工芸品も手掛けるが、狩猟民族だけでなく交易民族でもあったアイヌの象徴でもある伝統的イタオマチプを制作できる最後の一人とも言われている。近代以前のアイヌは環オホーツク海域のアイヌとして各コタンが交易しながら自由に共存していた。その交易に使われたのがイタオマチプであった。しかし、松前藩の場所請負制による半奴隷的収奪によってコタンが壊滅状況に追いやられ、いまから約
200 年前、交易船イタオマチプは途絶えてしまったという。1989
年、成田得平は、萱野茂に背中を押されて釧路で約 200
年ぶりの復元に挑戦した。この復元船第一号は国立民族学博物館に所蔵されている。2021年9月19日、余市ー小樽間の蘭島海岸で成田得平16隻目となるイタオマチプ進水式(チプサンケ)が敢行された。
https://drive.google.com/file/d/1YWsLlM5rKWhCdzFjVa8n9yp4BmZR1per/view?usp=sharing
★アイヌ民族は、現在、自身の民族主体組織を確立できなくて彷徨っている。北海道アイヌ協会はあるが、東北アイヌや首都圏や関西在住のアイヌはどうか。大多数のサイレントアイヌはどうか。アイヌ協会は、旧土人保護法の尾を引いた「ウタリ対策」を継続した福祉対策から文化対策を経て地域振興対策へと変遷しているだけであって、本来の先住民族自立政策とはなっていない。
2007年、国連先住民族宣言で世界の先住民族の権利が謳われた。2008年、衆参両院の国会でアイヌ民族は日本列島の先住民族であることが決議された。しかし日本政府は、ただちに「アイヌ民族の集団的権利は認めない」との見解を内外に公表した。したがって、名目では「先住民族の権利」と言いながら実質的な権利保障制度を設けないのが日本国の姿勢であり「アイヌ新法」(2019)にも「誇り・尊重」といううわべだけの日本を看板にさらけ出している。アイヌも、沖縄も、在日も、その政治主体を無化する手法(世間への同化)は、日本国と日本人の常套手段だ。
明治以降、アイヌ民族の言語、文化、サケ漁など生業が禁止され、移住を強いられたコタンとイオルは収奪され壊滅させられてしまった。アイヌは「まつろわぬ民」「滅びゆく民」と貶められ、差別と貧窮に打ち捨てられてきた民族状況は、日本国の歴史的反省に基ずく謝罪や賠償・保障もなく、コタン・イオルの再生の道すじも保障もないままだ。大地に立つ生活・生業の保障なくして、どうして民族の文化を継承・発展させることができようか。
およそ日本列島の異民族であるアイヌ民族・琉球民族・在日朝鮮人の市民権はおろか、参政権などの政治的権利さえ不備のままに据え置かれ、「対等な人間」扱いは明治以降はもとより戦後79年なされたことがない。最近の最高裁が沖縄の「命どう宝」の精神を無碍に却下したように、異民族の権利と尊厳の要求は絶えず扼殺されてきた。パレスチナのように、異民族に対する対等・平等な扱いなきところに不正義は温存・蓄積され、ついには日常的な虐殺が横行する。ウクライナ問題にせよ、パレスチナ問題にせよ、異民族の民族主体を公平・公正に認知・処遇してこそはじめて国家の民主主義が成り立つというものだろう。
日本政府、北海道アイヌ協会、民族学会・人類学会・歴史学会などの学術団体などが同じように「アイヌ民族」という呼称を使うが、その歴史と現実における外延と内包はみな相互にズレがあって歴史的・社会的・政治的・文化的・地域的に一様な「アイヌ民族」は確立されていないどころか、全国各地域の科学的な人口調査もなされず、「民族的権利」と「民族組織」は宙に浮いたまま捨て置かれ、ただ利用されているのが現状である。「利用」の最たるものがウポポイだ。北海道アイヌ協会がそのひも付き組織から脱却することが必要であるが、その課題は、なによりも日本人と日本政府が責任を負うべきであって、次いでアイヌ民族自身が「民族主体」の確立に真剣に立ち向かわなくてはならない。パレスチナ問題同様、被差別者・被抑圧者の社会的・政治的主体の確立・認知こそが、解放の一里塚なのだか。「アイヌちから」を信じて踏ん張るアイヌがいても、あるいは「アイヌちから」でシャモにアタマを撫でられ喜んでいるアイヌがいても、組織的政治的団結にまでは至らない。アイヌ民族は、現在、自身の民族主体組織を確立できなくて彷徨っているのが現状だ。成田得平は、「全国アイヌ語る会」の再起再開を希ってアイヌ民族組織確立のために地道に活動している古老アイヌだ。しかし一方で、そういう宿題・課題を強いてきた「和人の責任」がその根底にあることを忘れてはならないであろう。
パレスチナ連帯・札幌 松元保昭
アイヌ民族の訴え 2024.1.7(沖縄にて) 成田得平
私は日本の先住民族であるアイヌ民族の立場から、パレスチナについて発言させていただきます。
パレスチナ人は、まぎれもなくパレスチナの地における先住民族です。私は、彼らの民族解放の闘いに心から連帯の挨拶を送りたいと思います。そして同じように先住民族の解放のために闘いたいと思います。
いま起きているガザの人々の重大な危機に心が痛み、とりわけ子供と女性の多大な犠牲に怒りと悲しみに溢れています。
イスラエルによる悪辣非道(あくらつひどう)な軍事侵略を最大限に非難し抗議します。
ネタニエフ政権の責任と罪は深く、取り返しのつかない犯罪を重ねている。直ちに停戦しパレスチナに平和を確立すべきです。
イスラエルがパレスチナに入植植民の手を広げ続けることは、歴史的に見て重大な過ちであり、これは明らかに英米などの白人帝国主義国家の誤魔化(ごまかし)の後押しによるものです。
とりわけアメリカ政府による強大な軍事支援と不当なイスラエルの肩持ち外交は「中東情勢の混乱」を拡大させています。
そのアメリカの歴史を振り返れば、今のイスラエルの侵略行為と同じことがありました。
アメリカ建国 220 年というが、それは先住民族の土地に力ずくで入植植民した白人主義者の侵略の歴史でした。先住民に「殺戮と文化破壊」の限りを尽くした歴史だったのです。
白人入植者は、豊かな土地のほとんどを奪った後に、先住民族にごくわずかな痩せた土地に閉じ込めるリザベーションという居留地(きょりゅうち)政策をとったジェノサイドだったのです。
さらに、アフリカ先住民の黒人を狩り出し、「人間動物」扱いで奴隷労働に酷使(こくし)したのです。白人たちによる黒人差別は今もってアメリカ社会に様々な影を落としています。The United States ofAmerica という国を作り上げたのは、いったい誰なのでしょうか。
1492 年 10 月にコロンブスがアメリカ大陸を発見したというが、その一万年も前にアメリカ大陸にアジアから到達した先住民族がいたのです。
歴史の事実を隠蔽(いんぺい)し、勝者の論理に基づく不当な言い分は恥ずべきです。アメリカが民主主義社会だというには、あまりにも疑念が多すぎます。
パレスチナで起きていることは、このアメリカの白人入植植民地主義の歴史の繰り返しとして重なるのです。イスラエルによるパレスチナ侵略の手口は、武力と狡猾(こうかつ)な手段による入植地拡大であり、まさにシオニスト帝国主義の本 性(ほんしょう)そのものです。
こうした「入植植民地主義」の思想性の根幹をなしているのは何(なん)なのか。
一つには、「神の約束の地」という宗教思想(聖書)にあるといえます。アメリカでもイスラエルでも入植地を手に入れる際に「約束の地」という言い分を口にします。しかしこれは、占領者の身勝手な妄言(ぼうげん)に過ぎません。先住民族が彼ら入植者に「約束の地」など与えていないのです。
次に、先住民族を「人間ではなく動物」だとする驚くべき「白人優越主義」にあります。また、動植物などの自然界の全てを「利用する対象」でしかないとする宗教的思想であり、人と自然との共生という哲学がないばかりか、生きとし生けるものへの敬意を持てない姿勢に問題があります。
さらに、利益が上がれば上がるほどいいとする資本主義思想です。この経済第一主義が地球を食い尽くし、環境破壊を生み出しているのです。今、地球は病んでいます。これらが入植植民地主義の根底にある病巣なのです。
ところで、かえりみて日本ではどうでしょうか。
アイヌ民族は日本の先住民族であり、日本列島に1万数千年もの世界最長の縄文文化を花開かせた縄文人の直系民族です。縄文時代晩期の二千数百年前に大陸から稲作文化を持って入り込んできた倭人(和人・日本人)たちが弥生文化の勢力拡大の欲望に駆られ「征夷征討」の名の下に、南と東に侵略の手を伸ばしたのです。
聖徳太子は静岡あたりまで、安倍比羅夫は日本海沿岸と関東北部を攻め、坂上田村麻呂は青森にまで侵略の手を伸ばしたため、東北アイヌは、アテルイの闘い、アザマロの戦いで対抗したものの策略に敗れ、アイヌ民族は本州島での生活圏を失い、和人による征夷征討は終えたのです。
その後も和人勢力の北上は続き、蝦夷地北海道と千島・樺太にまで触手を伸ばしたのです。和人勢力は手を緩めず、武士政権による略奪支配に入り、これに抵抗したアイヌ民族は、東北地方での抵抗戦争に続き、北海道南部と東部でコシャマイン戦争・シャクシャイン戦争・クナシリメナシ戦争を戦ったものの、またしても策略によるアイヌ指導者の謀殺(ぼうさつ)で終 焉(しゅうえん)し、アイヌ民族の数百年もの抵抗の戦いは終わりました。アイヌ民族の苦難はさらに続き、1868 年の明治新政府による過酷な強制同化政策に晒(さらされ)ることになりました。アイヌ人口の激減と北海道開拓という入植植民政策の犠牲になっていったのです。封建社会の身分制度が色濃く残る入植者社会は、身分や民族に対する差別を意識・無意識を問わずやめませんでした。
封建社会に終止符を打ったのが 1945 年の太平洋戦争の敗戦でしたが、いわゆる戦後民主主義時代になったことで、アイヌ社会は自由になったかに見えましたが、実際は不公平で非民主的なものでした。アイヌ民族はいまだに苦難を強いられています。
2024 年 1 月現在、アイヌ民族の自主権の確立はなされていません。
こうしてみると、ここ日本における和人勢力による自己中心的国家経営は、アメリカとイスラエルの入植植民主義と同じ手法だったことが見えてきます。今も続くアイヌ差別、沖縄差別、在日朝鮮人差別と朝鮮学校差別などの不当で非民主的な政治が横行しています。
今こそ、民族自主の道を開くために公正で民主的な闘いを進めなければなりません。
日本のメデイアのパレスチナ報道は、「先に手を出したと言ってハマスを非難する」論調で一般市民に影響を与えています。この視点は重大な誤認です。アイヌ民族の抵抗戦争も圧迫に耐えかねて戦いを先に始めました。民族解放の闘いに武装抵抗運動を伴ってきたのが歴史の事実です。とくにパレスチナのように徹底的な占領下に置かれている民族ではなおのことです。
パレスチナの人々への支持と連帯を強め、イスラエルに対する非難とアメリカの傲慢
(ごうまん)な国際社会への不当な介入をやめされるために、私たちは声をあげ、世界世論の力にしなければなりません。
広がる連帯の声は大きな力になるでしょう。パレスチナに平和を!世界の先住民族に権利回復を!
パレスチナとアイヌ民族とともに「解放に向けて闘おう!」
フリー フリー パレスタイン! Free free Palestine ! オピッタ(終わり)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion13538:240209〕