原油価格を決めるNY商品先物市場 米国QE2暴走は何をもたらすか

1 原油は商品先物市場の金融商品、米国の金融政策で動く 

 原油価格が暴騰している。リーマンショック前の高値140ドルから50ドル付近に暴落した後、3月4日には104ドルに回復した。原油価格暴騰の原因として、アラブ情勢の緊迫が挙げられることが多いが、これは相場をはやす材料に過ぎない。因果関係はまったく逆である。本当の原因は米国の金融緩和政策(QE2)である。QE2がエネルギー・食糧価格を上げて、アラブ世界の動乱を引き超した。

 原油価格はドル建てで売買されることからドルの減価が予想(経済学の用語では期待)されると、原油価格が上がる。原油価格を決めているのは、NYMEX(ニューヨーク商業取引所=商品・エネルギー先物市場)の原油先物相場なので、金融緩和によって投機資金が流入すると、原油価格は現物の需給関係を超えて、値上がりする。

 原油価格はMYMEXが決めるWTIと呼ばれるテキサス西部で採掘される少量の油種が世界の原油価格の基準になっている。ガソリン、灯油、軽油という軽質成分を含む油種ほど価格が高く、北海ブレント>WTI>ドバイ原油、という価格形成になっている。中東に原油輸入を依存する日本はドバイ原油を指標としている。ところが、ドバイにNYMEXのような市場があるわけではなく、WTIを参照して変動するペーパー・マーケットといわれている。 

2 国際石油資本カルテルの時代 

 戦後から1973年の第一次石油危機までの期間、原油価格を決めていたのは、国際石油資本である。特にサウジアラビアに油田の権益を持つアラムコ(アラビアン・アメリカン・オイル=エクソン、モービル、ソーカル、テキサコが資本参加)が価格カルテルを結んで原油価格を決めていた。

 日本最大の石油元売りである日本石油が、ガソリンスタンドに日本石油とカルテックスのロゴ名を掲げていたことを覚えている方も少なくないかもしれない。カルテックスはソーカルとテキサコの合弁企業である。セブン・シスターズと呼ばれた国際石油資本も再編を繰り返した結果、今ではエクソンモービル、シェブロン、BP、シェルくらいしか名前が浮かばなくなっている。このほかフランスのトタルなど新興の国際石油資本が台頭している。

 日本の石油元売りも日本石油、三菱石油、JOMO(日本鉱業・共同石油)が一緒になり、JX日鉱日石エネルギーという寡占企業になっている。 

3 国際石油資本の次は産油国が決めていた 

 第一次石油危機後発言力を強めたサウジアラビア政府は1980年にアラムコに100%の資本参加をする。1988年には、サウジアラビア政府は旧アラムコの油田権益・資産などを引き継ぎ、国営石油会社サウジアラビアン・オイル・カンパニー(サウジアラムコ)を設立した。完全国有化を達成する。

 1973年以降、1990年頃までは、サウジアラビアを盟主とするOPEC(石油輸出機構)が、生産枠を調整することで、原油価格を形成した。特に影響力があったのはサウジアラビア政府の公定販売価格である。 

4 ソ連崩壊の一因となった原油価格の低迷 

 1991年にソ連が崩壊する。その原因の一つとして、ソ連経済を支えてきた原油価格の低迷が挙げられる。1980年代、レーガン米国大統領は、それまでのジョージ・ケナンが提唱した伝統的な「ソ連封じ込め」政策(=お互いに世界における勢力範囲を認める)を修正して、「悪の帝国」(レーガン大統領)ソ連打倒へと舵を切った。その武器になったのが軍拡と原油価格を低迷させる政策である。ロシアはサウジアラビアに次ぐ産油国である。当時のソ連も同様だった。

 1980年代から90年代にかけて、原油価格は10ドルから30ドルの低価格ゾーンで推移した。サウジアラビアが自国の不利益になるにもかかわらず、原油を増産することにより、米国が原油価格を低迷させるという政策に協力した。原油価格低迷だけが原因ではないが、ソ連は経済的に力尽きて崩壊する。 

4 市場による原油価格上昇の時代 

 サウジアラビアの原油コストは1バレル当たり3,4ドルという。人口が増えて、開発資金もかさむサウジアラビアに必要な原油価格は55ドル以上といわれている。したがって、今後どんなに世界経済が低迷したとしても、原油価格は55ドルの下限から大きく下がることはないという見方がコンセンサスになっている。

 97年のアジア通貨危機を超えた時期から、米国が基軸通貨国の特権を乱用する形で、米国経済の成長をはかるバブルリレーを始める。原油価格も上げる政策に転じた。2000年代半ばに、米国の大手投資銀行ゴールドマンサックス(GS)は、「原油価格は100ドルを突破する」とレポートを出した。当時の日本の資源エネルギー庁などは、「世界の原油増産余力は十分にある。原油の需給関係を考慮すれば、100ドルを超えることはない」という見解だったが、実際にはGSが予想した展開になった。GSは米国の機関投資家、年金基金、ヘッジファンドの資金を原油先物市場に流した。いわば自作自演である。

 そのGSがまた「2011年の原油価格の平均は100ドル」という預言をしている。

 原油価格を上げる要因はいくらでもある。米国のQE2、中国の石油爆食、アラブ動乱。再び140ドルを試す展開になるだろう。すでに200ドルという声も出ている。こうなったとき、世界はどうなるのか。 

5 バーナンキFRB議長は金融緩和のブレーキを踏むか 

 アラブ動乱や欧州の物価上昇に対応したECB(欧州中央銀行)によるユーロ金利利上げを見れば、QE2の副作用がすでに鮮明になっていることは確かだ。常識、理性で考えると、もうQE2は限界だろう。だが、マネタリストのバーナンキ議長は、「6月まで予定されているQE2をゆるめることはなく、その効果がないとわかるとQE3に進む」という見方が日本でも世界でもコンセンサスになっている。

 皮肉なことにQE2は米国の実態経済を持ち上げることには成功していない。投機資金はエネルギー・資源・食糧や新興国に向かっている。いずれこの資金が米国に還流するという見方があるが、まだ不透明だ。米国の金融政策をクルマの運転にたとえると、時速120キロが安全走行限度のクルマ(世界経済)を150キロで走らせているようなものだ。車体は揺れて、きしみ音が聞こえ、乗客から悲鳴が上がっている。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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