トランプ関税に対しては「自由貿易の擁護、自由貿易体制の堅持」が掲げられ、反トランプ側のスローガンになっている。このスローガンは大統領選の勝利のあと、大合唱となって洪水のごとくあらゆるメディアで流されてきた。まるで自明の公理のごとく、常識中の常識であるがごとく流されている。いかに新自由主義のプロパガンダが浸透しているかがわかるというものである。
だから、ここで反論しておく必要がある。労働者の立場に立つならば、昔からの議論をむしかえし新自由主義をおしもどす、むしかえすことが必要である。
グローバル化、新自由主義への不満・怒り
自由貿易の利益なるものはグローバル化を推し進めるうえで最も大きな論拠になってきた。グローバル化は、自由貿易の利益を唱えることによって実現してきたのである。しかし、それに対する反発が蓄積、鬱積して米国を二分するほどの分断が生まれてきた。自由貿易からの不利益を長年にわたって被ってきた米国労働者層からの怒り・不満が暴発したのだ。新自由主義に打ちひしがれ、長くくすぶっていた不満が臨界点に達し暴発したわけである。トランプは暴発のエネルギーを吸収して大統領選に勝利した。この暴発は、トランプが最初に政権を握った2017年から数えても、すでに8年間続いている。政権を明け渡してもMAGA運動は衰退するどころか活性化して、再びトランプを大統領に押し上げた。一時的なものではないのである。であるから、いまになってこの暴発に対し、いくら自由貿易の利益を叫んでも通用しないし、意味はない。
(この暴発は多くのゆがんでねじまがった側面をもつが、ここでは触れない。本質的なことは以下に述べる点である。またトランプはモノの貿易だけをとりあげているので、ここでは貿易だけを述べる)
欧州の極右、極左の躍進も同じこと
この大きなうねりは米国だけではない。欧州も同じだ。欧州の「極右と極左」の躍進も根底にあるものは同じだ。なぜかといえば、自由貿易の利益とは本質的に企業・資本の側にとっての利益だからだ(後述)。そうでなかったら、企業・資本がグローバル化やら世界的分業体制やらをイデオロギッシュに主張して推進するわけがない。欧州についていえば、EUは域内の貿易自由化と資本移動の自由化を推し進めてきたし、もちろんEU域外へも同じ政策を推進した。今、欧州ではこれに対する反発が、EUと各国支配層に対する反発となって増幅し、大きなうねりになっている。
比較生産費説の裏面――解雇・失業――を隠蔽
自由貿易の利益は、リカードの比較生産費説によって理論的に裏打ちされている。比較生産費説はいろいろな論点があるとはいえ、比較優位にあるものを互いに生産してそれを交換すれば互いの厚生(利益)が高まるとして、自由貿易論者に利用されてきた。だがそれは、その裏面を隠蔽している。すなわち、比較優位産業中心への移行には調整コストがかかる。その最も大きな社会的コストは失業だ。労働者の解雇だ。だから、一見すると対外的な問題のようにみえるが、実は国内問題なのだ。国内の調整=国内の資本と労働の抗争の問題なのだ。
比較生産費説では、比較劣位にある産業が衰退・消滅しても、比較優位産業が拡大して失業を吸収し、失業者は雇用されると想定する。だが、それは机上の論議でしかない。それには長い時間がかかるし、なにより重要なことは、労働側の解雇への抵抗が排除され、企業側の合理化(今ふうにいえば事業構造改革)が成功することを大前提にしていることである。であるから、現実には反労働者の理論として機能する。実際そのように機能してきた。これが「貿易の不利益」である。
前述した「自由貿易の利益とは本質的に企業・資本の側にとっての利益である」というのは、そういう意味だ。貿易の利益ばかりを強調するのは経営側、資本の側のプロパガンダに他ならない。
自由貿易の本質は資本の利潤率向上
比較生産費説にのっとった貿易がどのように、資本の利潤を高めるか、その要約を紹介しておく。少し長いのですが。
「・・・リカードの比較生産費説の論理に従って、互いに比較優位の商品を輸出しあうことになる。比較優位の商品を輸出して比較劣位の商品を輸入すれば、輸入品を安価に国産したことになるから、生産性があがったのと同じ結果になる。つまり労働者の生活水準を維持しながら生活費が下がった分だけ貨幣賃金を切り下げうるから、剰余価値率を高め得る。労働力市場の需給次第で、すべてが剰余価値率の上昇に帰結せずに一部生活水準の上昇になることもあるが、いずれにせよ収奪や社会関係の破壊が――現実にはしばしば絡み合うとはいえ――皆無であっても、資本は生産性上昇効果を獲得する。・・・」
(馬場宏二 「新資本主義論」 名古屋大学出版会、1997年)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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