1.はじめに
昨年から今年にかけて、憲法19条の「思想・良心の自由」違反が問われた「君が代訴訟」で合憲判決が相次いだ。ここで「君が代訴訟」と呼ぶのは、公立学校の教職員が、入学式や卒業式などの式典において、君が代を斉唱せよとの校長の職務命令、あるいは音楽専科の教諭に対するピアノ伴奏の職務命令に違反して、起立斉唱行為もしくはピアノ伴奏行為を行わなかったことに対して懲戒処分を受け、あるいはそれに基づき再雇用を拒否された等の事案において、処分取消や損害賠償を求めた訴訟、あるいは斉唱義務やピアノ伴奏義務の不存在の確認と処分の差止を求めた訴訟(予防訴訟)を総称したものである。去る2月9日、予防訴訟において都立の教職員側の上告が棄却され、敗訴が確定した最高裁第一小法廷判決で反対意見を書いた宮川光治裁判官によれば、積極的妨害を伴わない君が代訴訟においてこれまで最高裁は第一小法廷が8件、第二小法廷が1件、第三小法廷が4件、合計13件で合憲判決を出している。これを地方別に見ると、東京の事件が10件、広島が1件、北九州が2件となっており、東京が突出して多いことがわかる。これは石原都政下の東京都教育委員会(都教委)が2003年10月23日に出した「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」という通達、いわゆる10.23通達以後、不服従教員に対する大量処分が相次いだためである。今後は、昨年、国旗国歌条例を定め、さらに教育基本条例と職員基本条例の制定を画策している大阪府でも訴訟が増えていくだろう。また、先の13件を年別に見ると、2007年が1件、昨年が8件、今年が2月9日時点で4件となっている。
2007年2月27日の最高裁第三小法廷判決は、音楽専科の小学校教諭がピアノ伴奏命令を拒否して受けた戒告処分の取消を請求した事件である。ピアノ伴奏拒否に対する処分の合憲性が争われた事件では、これが最高裁のリーディング・ケースとなっている。一方、起立斉唱命令違反に対する処分の合憲性が争われた事件では、昨年5月30日の最高裁第二小法廷判決、同6月6日の最高裁第一小法廷判決、同6月14日の最高裁第三小法廷判決がリーディング・ケースとなっている。これら4件のリーディング・ケースはいずれもピアノ伴奏命令もしくは起立斉唱命令に合憲判決を下しているが、ピアノ事件では2007年2月27日第三小法廷の藤田宙靖裁判官(2010年4月5日退官)、起立斉唱事件では2011年6月6日第一小法廷判決の宮川光治裁判官と同6月14日第三小法廷判決の田原睦夫裁判官がそれぞれ反対意見(違憲性の疑い強く原審差し戻し)を述べている。現役の最高裁判事15名の中では、第一小法廷の宮川裁判官と第三小法廷の田原裁判官の2名のみが合憲判決に反対していることになる。ただし田原裁判官は、ピアノ事件では多数意見の合憲判決に与しており、ピアノ伴奏命令では合憲、起立斉唱命令については、起立命令と斉唱命令を区別し、起立命令だけなら合憲、斉唱命令、および起立命令と斉唱命令が不可分一体となった起立斉唱命令については違憲の疑いありとの意見を述べており、ピアノ伴奏命令も起立斉唱命令も同様に違憲の疑いが強いと述べているのは宮川裁判官ただ一人である。宮川裁判官は、今年1月16日に最高裁第一小法廷で判決言い渡しのあった「君が代訴訟」――停職処分取消等請求事件並びに懲戒処分取消等請求事件――においても、ただ一人反対意見を述べ、処分は憲法19条違反の疑いありと述べている。その中で、宮川裁判官がいみじくも指摘している通り、憲法学界や日弁連等の法律家団体においては、君が代斉唱命令やピアノ伴奏命令による強制は憲法19条違反であるという見解は、現時点においては「大多数を占めていると思われる」。私も当然、こうした職務命令は憲法違反であると考えているが、現在の最高裁はこうした職務命令をすべて合憲とする方針を固めており、こうした反動的な判例が近い将来において変更される見通しは残念ながら全くない。したがって、下級審においても今後は合憲判決一辺倒になる可能性が極めて高い。
恐ろしいのは、こうした判決が繰り返されるうちに、日本人特有の既成事実への屈服→現状追随→現実の合理化による自らの歩み寄り…という動き――丸山真男の言う「現実主義の陥穽」――が憲法学界においても広まっていくことである。したがって、このような憲法空洞化による人権侵害の合法化という反動権力側の動きに抗するためには、君が代強制命令が憲法19条の保障する「思想・良心の自由」に反する違憲違法なものである、ということを繰り返し主張し続けることの重要性はいくら強調してもしすぎることはないであろう。
本稿は、今後数回に分けて、最高裁合憲判決を批判するとともに、君が代訴訟の問いかける意味を考察してみたい。(つづく)
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