問題の核心:イスラム国をめぐる石油密売

 あまりにも「イスラム国」(IS)をめぐる報道が皮相なので、意見を開陳することにしたい。筆者は「グローバル・ガバナンス」の立場から、世界の政治経済状況を研究し、これをもとにとくにロシアについて考察しているのだが、こうした努力のなかで、いまの日本のマスメディアも専門家と称せられる人々も勉強が足りないと指摘せざるをえなくなった次第である。拙著『ウクライナ・ゲート』、『ウクライナ2.0』で指摘したように、本当に困った状況にあるからこそ、もう少しまともな視角をここに提供することにしたい。

 まず社説を取り上げてみよう。11月17日付の朝日新聞の社説「テロとシリア 内戦の収束へ団結を」では、「ISの掃討に米欧の軍事的関与は必要ではあるが、空爆で過激思想の病根を絶つことはできない。シリアをはじめ中東の和解と安定化があって初めて、ISの温床をなくすことができる。そのためにも、国際社会が真剣に結束せねばならない」と書いている。「軍事的関与」を認めたうえで、国際社会の結束を抽象的に訴えているにすぎない。11月25日付毎日新聞社説「テロと市民社会 憎しみで応えぬために」には、「軍事作戦で協調し、ISに打撃を与えることも必要だろう」とあり、「軍事作戦」を認めたうえで、「何より大事なのは、憎しみの連鎖を断ち切る努力である」としている。だが、その具体策は示されていない。11月21日付の読売新聞社説「パリ同時テロ 「イスラム国」打倒へ結束せよ」では、「「イスラム国」との間に対話は成立しない。空爆など軍事力行使に加え、インターネットによる宣伝戦への対抗措置など、包括的な対策を講じるしかあるまい」として、武力行使を容認している。

きわめて安易に軍事力の行使を認める姿勢に驚きを感じる。一つだけ救いなのは、日本経済新聞の11月28日付の社説「対テロへ結束の機運を逃すな」が「国際社会の亀裂はISを利するだけだ。結束が何よりの圧力となる。ロシアはISの掃討に集中し、トルコはシリア国境でのIS戦闘員や原油密輸の取り締まりを厳しくして、他国から疑念を持たれないようにすることが必要だ」と主張している点だ。この社説も武力行使を否定しているわけではないが、「原油密輸の取り締まり強化」に言及している点で優れている。

さすがにFinancial Timesを買収することにした会社だけあって、FTの10月14日付の記事“Isis Inc: how oil fuels the jihadi terrorists”をよく意識しているからこそ書けた卓見であろう。筆者がこの記事を知ったのは、FTと提携関係にあるロシア語の新聞「ヴェードモスチ」が10月15日付の紙面でロシア語訳を掲載したからである。それほど、この記事が興味深い、優れた記事であったのであろう。

記事には、イスラム国が支配する油田の地図がついている。図では、四つの油田がイスラム国の支配下ないし支援下にあることがわかるが、ロシア語版では、「イラクとシリアにあるイスラム国によって支配されている地域には、少なくとも九つの石油鉱区がある」とされている。英語版、ロシア語版ともに、地方のトレーダーやエンジニアの評価によると、イスラム国保有領土での原油生産は1日当たり約3万4000~4万バレルで、原油は1バレル20ドル~45ドルで販売され、1日当たり平均して150万ドルをイスラム国にもたらしているという。

興味深いのは、英語版で「イスラム国で生産されるガソリンやディーゼルはそのグループが支配する地域だけでなく、北部を保有するシリアの反乱者のような、イスラム国と戦闘状態にある地域でも消費されている」、ロシア語版で「イスラム国の領内で生産されるガソリンやディーゼルはバシャール・アル・アサド政権と闘っている反対派が支配するシリア北部でさえ購入されている」と記されている点である。英語版によると、「アル・オマル油田を占拠後、トレーダーは原油を地方の製油所に運ぶか、あるいは、より小さな運搬車をもつ仲介者に利掛けで売っており、仲介者はアレッポやイドリブのようなさらに西の都市に運ぶ」という。ロシア語版では、もっと明確に、「石油を受け取ったトレーダーはそれを地方の製油所に運ぶか、あるいは、仲介者に利掛けで再販する。より小さな輸送手段で仲介者はそれを、たとえばアレッポないしイデリブという西の都市に運ぶ。シリアの反政府勢力の支配領域であるその西部では、しばしば低品質のガソリンや重油を生産する手作業の生産設備が稼働している」としている。つまり、米国をはじめとする有志連合が支援している反アサド勢力は実は、イスラム国からガソリンなどを得ているのである。

イスラム国の支配する油田図1 イスラム国の支配する油田

(出所)http://www.ft.com/intl/cms/s/2/b8234932-719b-11e5-ad6d-f4ed76f0900a.html#ixzz3sjxreEq6

 ロシア語版には、ほかにも興味深い指摘がある。やや長い引用になるが紹介しよう。

「イスラム国で採掘される石油ないし石油製品は隣国に入り込みうるのであって、すでにシリア人やイラク人の企業家がすでに密輸に従事している。シリアの密輸業者の話では、最近の数カ月、このビジネスは石油価格の下落がその採算を悪くしているために縮小しているが、幾人かはこれに従事しつづけているという。イラクにおけるクルド経由での北部への供給は現在、事実上ブロックされているため、供給は南西部のヨルダンに向けられている。シリアからの密輸ルートは反政府勢力に支配された地域を経由して基本的に北西部のトルコに通じている。住民は地方の市場で石油ないし精製された石油製品を買い、25リットル入る石油缶に詰め、国境超えて再輸送する。これを行ういくつかの基本的方法がある。石油価格が高かったときには、密輸業者は50~60の石油缶を船ないし金属製のチューブに積み込み、川の両岸を結んだロープの助けを借りてトルコ岸に運んだ。そこで、それらはトラクターに積み込まれ、地方の闇市場に輸送され、そこで石油はさらなる転売のためにタンカーに乗せられた。自力で石油缶を運ぶための人気のあるルートはヒルベト・アド・ジョズ経由のものである(図2参照[ロシア語でХирбет ад-Джоз])。トルコ軍は多くの程度までこの供給を切断したが、その地域が遠隔地にあるために完全に停止させることはできないでいる。石油缶は基本的に山岳地域において、サルマダ(Сармада)やアル・ライ(Ар-Рай)を経由してラバ、ロバ、馬に載せて輸送することもできる。同じく、国境を超えて敷設された、地下のパイプラインが利用されている。とくにトルコのベサスラン(Бесаслан)地域においてゴムのパイプが敷設されているところではそうだ。最近の数カ月、トルコは国境をより綿密にパトロールするようになり、手作りのパイプラインを絶え間なく掘り当てている」

シリアからトルコへの密輸石油ルート図2 シリアからトルコへの密輸石油ルート

(出所)Ведомости, 15 Oct., 2015.

 ここで、ロシアの反政府的な論調の「ノーヴァヤ・ガゼータ」に掲載されたイスラム国の石油の輸出に関する記事(9月28日付)を紹介したい。それによれば、1989年に資金洗浄を防止する機関として設置された金融活動作業部会(Financial Action Task Force, FATF)の2015年1月の報告書では、イスラム国の毎年の所得は10億ドル以上であり、そのもっとも大きな部分は石油や石油製品の取引によるものであるとみなしている。記事では、IHSコンサルティングの推計として、イスラム国の採掘能力総量が1日当たり35万バレルにのぼると紹介している。

 本来、イスラム国の支配地域には、イラクのキルクークからトルコのジェイハン港までを結ぶ石油パイプラインと、キルクークの石油をシリアのバニアスやレバノンのサイダ港を結ぶイラク・シリア・レバノンパイプライン(ISLP)がある。2003年のイラク戦争時の米国による空爆でISLPは破壊されたが、シリアとレバノンでは、パイプおよび輸送に必要な圧力を加えるポンプステーションは無傷のままであり、イスラム国によって支配されている油田から原油をISLPで輸送することが可能である。

 ここで、記事を紹介しよう。

 「我々は石油パイプラインが稼働しており、それに基づいて石油をトルコや、政府軍によって支配されたシリア領域に供給しているという情報の確認を探しはじめた。衛星写真で、我々はイスラム国によって支配された領域にポンプステーションを発見した。これらの施設は昨年9月にはじまった有志連合の空爆による打撃を受けていなかった。我々のニュースソースはテロリストによって支配された石油パイプラインを通じて石油が供給されていることも確認した。思い起こされるのは、トルコのジェイハン港への石油の供給についてはすでにリークされていることである。ことに、トルコ・アゼルバイジャンの富豪、ムバリズ・グルバノグルに属するチャーター船会社Palmali Shipping & Agency JSCのタンカーの関与が報道されている。西側のマスメディアでは、イスラム国がイラクのクルディンタンの仲介者を介して石油を取引していることが確認されてきた。英国のジャーナリスト、アフメド・ナフィズは、イラクのクルディスタン地方政府メンバーがトルコおよび米国の公的当局と同じように闇市場でのイスラム国の石油販売に目を瞑っていると直接批判を浴びせた」

 ここに登場するPalmali Shipping & Agency JSCについては、ティエリー・メイサンのサイト(http://www.vijayvaani.com/AuthorProfile.aspx?pid=532)にある「危険に瀕するトルコ」という記事のなかに気になる記述がある。同社は原油輸出にすでに絡んでおらず、関係しているのはトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の息子、ビラルに属しているBMZ Ltd.であるというのだ。これが真実であるとすると、ロシアの爆撃機Su24がトルコ空軍の戦闘機F16によって撃墜される事件が起きてから、ウラジーミル・プーチン大統領が「我々はイスラム国によって占領された地域からの石油や石油製品の多くがトルコ領に流れている事実を以前から記録してきた」と語った意図がわかる。プーチンはさらに、「トルコの指導部は意図的にロシア・トルコ関係を危機に追いやっているという印象が生じている」とものべている。つまり、プーチンからみると、エルドアンはイスラム国からの石油密輸で利益を得ており、これを妨害しかねないロシアによるイスラム国の攻撃に意趣返ししたということになる。

 もちろん、真相はそう単純ではない。「ノーヴァヤ・ガゼータ」の別の記事(11月27日付)では、「ロシア当局はSu24Mの撃墜をつぎのように説明している。トルコ当局とエルドアン大統領個人は石油と石油製品の不法取引に何らかの形で関係しており、撃墜はロシア連邦で禁止された、いわゆるイスラム国のガソリン輸送車への攻撃に対するロシアへの復讐であったというのである。しかし、トルクメンの山岳地には何らの石油採掘地も製油所もガソリン輸送車もイスラム国もない。イスラム国のもとから不法な石油を買っているのはトルコ人というよりもむしろクルド人やモスクワの同盟者であるアサド政権側である」という。

 筆者には、どちらの主張が正しいかを判断するだけの材料はない。筆者が主張したいのはイスラム国の背後に石油利権があるのだから、これを断ち切ることに最大限に関心を寄せるべきであるということだ。イスラム国の問題を解決するには、石油密売に絡む人々を断罪する必要がある。そのためには武力行使もやむをえないのかもしれない。大切なことは石油密売そのものを止めさせることであり、そのために必要なことは軍事力だけではないだろう。石油密売をめぐる問題にもっと多くの人々がもっと関心をもち、マスメディアはこの問題について正確な情報を提供しなければならない。問題の核心がどこにあるかを見定めて、安易な武力行使に問題解決を委ねてはならないのだ。

 最後に、イスラム国が提起した問題の本質についても指摘しておきたい。それは、主権国家の揺らぎである。イスラム国は主権国家による横暴を諮らずも明らかにしている点で無視できない問題提起をしている。主権国家がイスラム国を軍事力で抑え込もうとしている姿勢そのものに、主権国家の正当性への疑いを惹起せざるをえない。イスラム国での人権問題を声高に批判する一方で、シリア難民の人権を無視する主権国家に正当性を見出すことはできない。主権国家を代表する人物であるエルドアン、アサド、プーチンらが個人的利害によって人権を顧みないとすれば、主権国家に正当性など見出せないだろう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3137:151129〕