国共内戦の「化石」化が中・台両岸民衆の願い 台湾問題を理解するための日中共同声明第2・3&7項

1 はじめに

 台湾有事について「存立危機事態になり得る」と「台湾有事即日本有事」とも言わんばかりの高市首相発言が日中間に大きな緊張をもたらしている。日中問題を考えるに際しては、現在(いま)という横軸だけでなく、歴史という縦軸も併せて立体的に観なければならない。そして発した言葉がどのような事態を招来するかに想像力を働かさねばならない。
 国共内戦とは、中国の国民政府と中国共産党との間の内戦のことである。

2 日中間の基本文書で台湾問題はどう語られてきたか

 1972年9月29日、田中角栄総理大臣と周恩来総理との間で締結された日中共同声明は日中間の基礎をなすものであり、その後の日中平和友好条約(78年)、日中共同宣言(98年)、「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明(08年)でも繰り返し確認されてきた。この4つの基本文書は日中間の「平和資源」である。
日中共同声明では以下の4項目が確認された。

① 日中両国は、「一衣帯水」の間にある隣国であり、長い伝統的な友好の歴史を有する(前文)。
② 日本側は過去において、日本国が戦争を通じて、中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する(前文)、中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する(本文5項)。
③ 台湾は中華人民共和国領土の不可分の一部である〈一つの中国論〉(本文2・3項【注1】)。
④ 反覇権条項、日中両国は互いに覇権(武力で問題を解決しようとする)国家とはならない(本文7項)。

 文書では確認されていないが尖閣諸島の領有問題についても、「その話はやめておこう」と棚上げとする合意があった。
 そして「戦争状態の終結と日中国交正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くことになろう」、「両国間の国交を正常化し、相互に善隣友好を発展させることは、両国国民の利益に合致するところであり、また、アジアにおける緊張緩和と世界の平和に貢献するものである」(前文)と謳われた。
 即ち、日中間の基本文書では、台湾は中国の一部であり、台湾問題は中国の内政問題であることが繰り返し確認されてきた。
 台湾問題が中国の内政問題である以上、「台湾有事」即「日本有事」はあり得ない。「台湾有事」に関連して、自衛隊、もしくは在日米軍基地に対する攻撃がなされた場合に日米安保条約第5条が発動され、あるいは上記以外に米軍に対する攻撃がなされた場合に、安保関連法に云う「存立危機事態」となり得るかどうかの検討がなされるということになる。

3 何故、台湾問題は中国共産党政権の核心的利益に触れるのか

 中国共産党政権は中国人民の選挙によって選出された政権ではない。政権の正統性の根拠は、

 ①抗日戦争の勝利(実際に抗日戦争を最もよく戦ったのは共産党ではなく国民党であった)
 ②国共内戦の勝利

にあるとされる。上記根拠のうち➁は未完であり、台湾の「解放」によって完結ということになる。台湾が中国から離脱して独立するとなると、中国共産党政権正統性の根拠の一角が崩れることになり、中国共産党としては絶対に容認できない。このことを理解しなければならない【注2】。

4 武力行使は反覇権条項違反

 ところで、仮に中国が台湾に武力侵攻をしたとした場合に、台湾問題は中国の内政問題であり、中国共産党政権の正統性の根拠の一つとして、中国共産党にとって、他国からの干渉を許さない核心的な利益に触れるものであるから、国際社会は、一切「干渉」すべきではないということになるのか。そんなことはない。武力侵攻は、前記日中共同声明第7項の反覇権条項―武力によって物事を決しない―に違反する。
 この反覇権条項、当時、中国は、ソ連(当時)と核戦争も辞さないと激しく対立(中ソ対立)しており、ソ連を念頭に置いてのものであった。日中共同声明から6年後の1978年、日中平和友好条約締結に際しても、この反覇権条項が問題となった。当時の中国代表鄧小平は、ソ連を刺激したくないと渋る日本側に、「この反覇権条項は、将来、中国が覇権国家にならないためにも必要なんです」と説得した。その4年前の1974年4月10日、国連総会でも、中国代表団の鄧小平は「中国は覇権国家にならない。もし中国が覇権国家となったならば、世界の人民は中国人民と共にその覇権国家を打倒すべきである」(1975年、北京外文出版社「国連特別総会における中華人民共和国代表団鄧小平団長の発言」)と啖呵を切った。

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 もし仮に、中国が台湾に武力侵攻をするような事態が生じたならば、日本は日中共同声明第7項の反覇権条項に関する前記経緯を指摘し、中国政府を厳しく批判し、武力侵攻をやめさせるよう、あらゆる努力をすべきことは、国際社会の一員として当然である。幸い、中国政府も日中間の4つの基本文書の厳守を言明している。

5 国共内戦の「化石」化が台湾民衆2400万人の願い

 日本も隣人として、台湾に対してもいたずらに中国政権を挑発するような言動を慎むよう、助言すべきだ。

6 戦争を知らない勇ましい世代

 台湾有事について兼原信克元国家安全保障局次長は以下のように勇ましく発言する。

「台湾有事である。米国政府はあらゆるインテリジェンスを駆使して、中国人民解放軍の動向を監視している。人民解放軍が台湾侵略に動けば、米国は在日米軍を使って直ちに作戦行動に入るであろう。首相は、武力攻撃事態法に従って存立危機事態を認定し、自衛隊に防衛出動を下令することになる。
 日々、血の滲(にじ)むような訓練を繰り返している自衛隊員は、素晴らしい働きを見せるであろう。日本国民の命を自らの命より優先することを受け入れた自衛隊員たちが続々と飛び出していく。その多くは家族を残して戦場に向かう」(2025年9月24日『産経・正論』「戦時内閣」の基本方針を立てよ)。

 一旦、先端が開かれたならばどのような事態を招来するか、想像力の欠如したあまりにも軽々しい発言だ。日本に対する武力攻撃がないにも拘わらず、自衛隊を出動させるようなことは絶対にしてはならない。その意味で、台湾有事について「存立危機事態になり得る」という高市総理の軽はずみな発言は兼原元国家安全保障局次長発言と同様、自らの発言がどのような事態を招来させるかという想像力の欠如し、いたずらに中国政権を挑発するものだ。横須賀、米原子力空母ジョージ・ワシントンの艦上で、トランプ米大統領と共に飛び跳ねている場合か。高市首相の後ろ盾と称する麻生太郎自民党副総裁が2023年8月訪台した際、「戦う覚悟」とぶち上げ、中国が激しく反発したことはまだ記憶に新しい。想像力の乏しい輩たちだ。
 「政治の中枢に戦争体験者がいる間は大丈夫だ。問題なのは、戦争体験者がいなくなった時だ」と言ったのは故田中角栄元首相だ。被爆国日本の国是「非核三原則」の見直しなど、とんでもない話だ。

7「敵対的相互依存関係」の陥穽に嵌るな

 10月31日、高市首相は習近平主席と会談し「戦略的互恵関係」の推進と「建設的かつ安定的な関係」を構築することで一致したという。
 高市首相は、日中間の基本文書の一つによる〈「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中同声明〉(2008年、福田康夫首相・胡錦涛主席)では、「(日中)双方は互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならない」ことを確認したうえで、「(1)日本側は、中国の改革開放以来の発展が日本を含む国際社会に大きな好機もたらしていることを積極的に評価し、恒久の平和と共同の繁栄をもたらす世界の構築に貢献していくとの中国の決意に対する支持を表明した。(2)中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した」(同声明4項)日中の首脳が互いにエールの交換をしていたことを知っているのか。
 もちろん、問題は日本側だけにあるわけではない。胡錦涛政権と異なり、「強国」を標榜する習近平政権は、対内的に香港、ウイグル地区などで人権弾圧を強め、対外的には、「戦狼外交」とも称される南シナ海における島嶼の埋め立てなどにより周辺諸国との間に緊張をもたらしている。今、日中の軍拡派は互いに不信を投げつけ合うことによって自己の勢力を増大させようとしている。 中国の軍拡派は高市首相の挑発を「待ってました」と受け止め、あらゆる方法を使って対日強硬策を強めて来るであろう。2012年の尖閣諸島の国有化問題、13年の安倍首相(当時)靖國参拝、22年 のペロシ米下院議長(当時)の訪台の時もそうだった。 中国当局は、〈日本に行くと危険だから、日本に行くのを控えるように〉と「虚偽」の風説を流し、 日本への渡航自粛を呼びかけているという。日本に対する揺さぶりだ。 政権同士はともかくとして、日中民衆は冷静にならなければいけない。
 日中の軍拡派が煽る「敵対的相互依存関係」の陥穽に嵌ってはならない。
 本年9月3日、天安門広場で抗日戦争勝利80周年の記念式典と軍事パレードが行われた【注3】。習近平主席はプーチン大統領と金正恩総書記等を従えて、閲兵した。朝日新聞の川柳に「トランプがいてもおかしくない天安門」とあった。「以民促官」、民が官を促し、世界を変えなけれならない。「両国間の国交を正常化し、相互に善隣友好関係を発展させることは両国国民の利益に合致するところであり、またアジアにおける緊張緩和と世界の平和に貢献するものである」と述べた日中共同声明前文末尾を反芻したい。

【注1】

日中共同声明第2項

「日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。」

同第3項

「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。

日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項の立場を堅持する。」

ポツダム宣言第8項「カイロ宣言ノ条項ハ履行サレルベク……」

カイロ宣言「満州、台湾及ビ澎湖島ノヨウニ日本国ガ清国人

カラ盗取シタ全テノ地域ヲ中華民国に返還スル……」

  と「一つの中国論」を語っている。

【注2】

2007年4月12日日本の国会で演説した温家宝中国首相は、尖閣諸島問題については、

「大局を念頭に置いて、小異を残し大同につくことです。中日両国の間には一部の具体的な利益と一部の問題に関する見解に意見の相違があることは認めなければなりません。しかし、双方の共通利益と比べれば、これは到底副次的なものであります。われわれは戦略的大所高所から、長期的視点に立って、そして歴史に対し責任ある態度で、誠意と自信を持って、対話と協議を行いさえすれば、双方の間に横たわる問題を適切に解決する方法を必ず見出すことができます。

東海の問題については、両国は係争を棚上げし、共同開発する原則に則って、協議のプロセスを積極的に推進し、相違点の平和的解決のため実質的なステップを踏み出して、東海を平和・友好・協力の海にすべきです」と述べたが、台湾問題については「台湾問題は中国の核心的利益にかかわるものですので、少し触れたいと思います。私達は台湾問題の平和的解決をめざして最大限の努力を尽くしてまいります。しかし、「台湾独立」を絶対に容認しません。台湾当局による「台湾の法的独立」及び他のいかなる形の分裂活動にも断固として反対します。日本側には台湾問題の高度な敏感性を認識し、約束を厳守し、この問題に慎重に対処するよう希望します」と述べた。

【注3】

欧州でも戦争が終結した5月8日、連合国軍がノルマンディーに上陸した6月6日の記念日などに記念式典が行われたりするが軍事パレードはしない。

追記

飲水思源

日中国交正常化はどのように報告されたか

- 大平正芳外務大臣の国会報告から

はじめに

 1972年9月29日、田中角栄首相と周恩来国務院総理による日中共同声明が発せられ、日・中国交正常化がなされた。国交正常化交渉の中で最も問題となったのは、中国の対日戦争賠償請求と台湾問題であった。この二つは相互に関連している。

 1951年9月8日締結され、翌52年4月28日、発行したサンフランシスコ講和条約は、日本の戦争賠償義務を免除した。このサ条約には、日本の侵略戦争の最大の被害国であった中国の署名はない。

 当時、中国共産党(中華人民共和国)と国民党(中華民国)の国共内戦中であったため、いずれの政権も講和会議に招かれなかった。

 サ条約が発効した52年4月28日、日本は国民党政権との間で、日華平和条約を締結した。国民党政権はこの日華平和条約で日本に対する戦争賠償請求権を放棄した。否、「放棄させられた」。戦争賠償請求権を放棄したサ条約に倣えと米国に強要されたのである。

 それから20年、1972年9月、日中国交正常化交渉で、中国側は日華平和条約は締結当初に立ち戻って無効であると主張し、日本側は、日中国交正常化と同時に日華平和条約は失効するが、それまでは有効に成立していると主張した。そして、戦争賠償請求権の問題はすでに日華平和条約で解決済みであると強弁した。

 当時深刻な中・ソ対立を抱えていた中国は、何としても中・日国交正常化を果たさなければならなく、戦争賠償請求権問題は決着済みという日本側の強弁を飲み込んだ。日中共同声明本文第5項である。毛沢東主席と周恩来総理は、いわゆる「二分論」即ち、〈我々は日本の軍閥と戦ったのであり、日本の民衆と戦ったのではない。日本の民衆も戦争の被害者だ〉を唱え、戦争賠償請求権の放棄に不満な民衆を抑えこんだ。共産党の独裁政権だから出来たことで、民主主義国家では出来なかった。他方、台湾問題については、日本は、中国の主張する台湾と中国大陸は一体という「一つの中国論」を受け入れ、同声明本文第2・3項で、そのことが確認された。

大平外務大臣の台湾問題についての報告

日中国交正常化を果たした田中首相らは72年9月30日帰国した。同年10月28日第70回国会において、大平正芳外務大臣は、報告に立ち、台湾問題については以下のように述べた。

「次に,台湾の地位に関してでありますが,サン・フランシスコ平和条約により台湾を放棄したわが国といたしましては,台湾の法的地位について独自の認定を行なう立場にないことは,従来から政府が繰り返し明らかにしているとおりであります。しかしながら,他方、カイロ宣言、ポツダム宣言の経緯に照らせば、台湾は,これらの両宣言が意図したところに従い中国に返還されるべきものであるというのが,ポツダム宣言を受諾した政府の変らざる見解であります。共同声明に明らかにされている『ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する』との政府の立場は,このような見解を表わしたものであります」。大平外務大臣は、同年11月8日、衆議院予算委員会でも「わが国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であるとの中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重するとの立場をとっております。したがって、中華人民共和国政府と台湾との間の対立の問題は、基本的には、中国の国内問題であると考えます。わが国としてはこの問題が当事者間で平和的に解決されることを希望するものであり、かつ、この問題が武力紛争に発展する可能性はないと考えております」と答弁している。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion14560:251210〕