地震酔いは急性ストレス障害で、被災地以外でも、外傷後ストレス障害への移行もありうる

地震酔いは軽い不安発作です。地震の揺れは不意打ちで「不安」を伴って体験されます。不安という言葉より、気持ちの高ぶりとか、興奮という方がより正確な表現ですが、取り敢えず、「不安」と言っておきます。

疫学的な頻度は不明ですが、不意打ちの不安体験は、それが人倫に悖るものとか、身体・生命に関わるものとして強く体験されると、人によりますが、気分が不安定な人ではなくても、しばしば、その後しばらく、過剰な不安と過緊張の持続を引き出します。ふだんの不安・緊張は人間の防御システムの一部で基底不安と言いますが、このような事態では、同じ進化の過程で獲得されあらかじめ備わった能力から、このレベルが少しシフトアップして、間欠期不安と呼ばれる病的な水準になります。間欠期不安が続く間は、時々、何というきっかけなく過剰な不安(気持ちの高ぶり、情動興奮)が起こり、これを不安発作と言います。強い不安が起こると、また基底不安のレベルがシフトアップして、不安発作が起こる条件が持続します。

地震が来たとき、揺れの感覚と共に、「不安」が起こります。この時、「不安」に揺れの感覚が刷り込まれ(「不安」を揺れと意識するように学習し)、余震によって強化されます。地震にも余震がありますが、不意打ちの地震の恐怖感が引き出した「不安」も、何のきっかけがなくても繰り返し間欠的に起こってくる性質があります。このようにして、不安発作が起こっている間、これを揺れていると意識する機制が成立します。

話が分かりにくいかも知れませんが、「不安」は日常流通している不安という言葉が意味するところと違い、ふだんに名付けられていない感覚で、落ち着かないという感じに近いので、尿意と同じ感覚と見倣されて意識され易く、排尿は訓練で我慢できるようになっているのでトイレに行けばいつでも排尿がありますから、頻尿という症状になるという例を挙げれば、分かりやすいでしょうか?

頻尿は、このようにして不安障害の症状として珍しくないですし、地震の後、私の外来でも、不安障害の患者さんに、地震という不意打ちの恐怖体験の後、過剰な不安と過緊張が持続し、不眠や食思不振がぶり返したり、揺れていないのに揺れている感じがしたりすることが認められましたが、地震酔いは過剰で病的とされる範囲のものばかりでなく、携帯電話のバイブレーション・ファントム・シンドロームと同様に、ふだん意識されない程度の気分の不安定さを持つ人の一過性の状態が多いと考えて良いと思います。

急性ストレス障害も外傷後ストレス障害も不安障害に括られる病名です。今回のような大震災でも余震が治まり、基底不安をシフトアップするような不安発作が間遠になるにつれ、地震酔いの多くは、少なくなり治まっていく急性ストレス障害の範囲であると思います。しかし、素因のある方ならずとも、被災者とその関係者はもちろん、被災地以外でも、今回のような大震災は外傷後ストレス障害の引き金になることも大いにあり得ると思いますので、医学的な対処を活用することが有用であると思います。

不安障害の治療でよいと思いますが、治療はさまざまな流儀があります。厚生労働省の災害救援マニュアルは、中井久夫が作った精神科救援マニュアルに沿って、薬物依存にならないようにと、不眠などに対してなるべくベンゾジアゼピン系抗不安剤を与えないようにとしています。これが手っ取り早く酒で対処する行動を招き、神戸震災で多くの仮設住宅の住人をアルコール依存に追い込む結果となったと思います。不意打ちの恐怖で発症した不安障害に抗不安剤、抗うつ剤の活用は欠かせませんが、地震酔いだけの症状に留まるものであれば、1日1回で足りる長時間作用型の抗不安剤で充分です。不安・緊張が治まれば、眠気・ふらつきが出てのんでいられなくなればやめればよいのです。長時間作用型であれば、離脱は大丈夫です。

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