―トランプの大風呂敷 対 習近平の「蠅貪蟻腐」?
日鉄がUSスチールを買収するという一件が日米間に波紋を広げた。なんと大きな会社が売り買いされるものだと、感心していたら、グリーンランドを米のトランプ次期大統領が買い取ると言い出した。グリーンランドは北極圏に近いとはいえ、面積は216.6万平方キロ、「世界最大の島」だそうで、日本列島の37.8万平方キロの5.73倍にもなる。これはまた日鉄とは比較にもならない大きさである。
と、思っていたら、中國の新聞記事で「蠅貪蟻腐」(日本式に読めば、エイタンギフ?)という奇妙な4文字が目に飛び込んできた。話は急に小さくなったのだが、調べてみると、この4文字の意味は「蠅の貪(むさぼり)と蟻の腐(腐敗力)」、この2つを合わせて「極小動物が木造建築物を中から腐らせる」という意味になるのだそうである。
なんでこんな比喩が中国の新聞に登場したのか。中國では年初にいろいろなテーマで大きな会議が開かれるが、「腐敗撲滅」もその一つで、北京で6日から8日まで中国共産党第20期中央規律検査委員会第4次全体会議という長い名前の会議が開かれた。トップの習近平総書記が演説し、李強首相以下中央政治局常務委員6人も全員出席するという、格付けとしては最高クラスの会議である。主たる出席者は131人の中央規律検査委員とほかに列席者が247人。
議題はといえば、当然、昨年1年の反腐敗闘争を総括し、今年の活動方針を決めることなのだが、今年の活動は「政治問題と経済問題が交錯する腐敗案件を重点的に」ということで、採択された「工作報告」にはその分野が次のように並べられているーー 金融、国有企業、エネルギー、消防、煙草、医薬、大学、開発区、建設工事、入札。
ヘー、こういう分野で汚職が盛んなのですか、でも消防とか煙草の汚職とはどういうの?などと読み進めると、出て来た。
「大衆に身近な不正の風、腐敗を集中的になくすために、『蠅貪蟻腐』に通常を越えた懲罰を加え、大衆の利益を守り、党の執政の根元を固めなければならない」
そして「蠅貪蟻腐」の内容としては、ここでは「校園餐」、農村集体「三資」管理の二つが挙げられている。後の「三資」については、農村振興資金、医療保険基金、養老サービス基金の3つが言及されているので、この3つの資金、あるいは基金の管理に不正がないかをきびしく調べるということらしいと見当がつく。分からないのが「校園餐」だが、読み進むうちに、「学校給食」だと判明した。学校給食における不正といえば食材の仕入れとか、働き手の人件費とかだろうが、そういうところにまで「反腐敗」の目を光らせることを、建物に巣食う「蠅」や「蟻」の退治になぞらえているのだ。
腐敗といえば、お偉いさんたちの世界のことだと思うな。庶民の身近なところにも蠅や蟻のように腐敗の種が転がっているのだ、というのが、「蠅貪蟻腐」を登場させた当局の思惑らしい。しかし、待てよと思う。腐敗といっても、中國共産党や政府のお偉いさんが権力をかさに巨額の不正を働くのと、それこそ蠅や蟻のように見下されている庶民の小さな不正を同日に論ずるのは不公平ではないか。
いったい蠅や蟻はどれほどの不正を働いているのか、どこかに資料がないものかと、中國の検索サイト『百度』で「蠅貪蟻腐」をつついていたらあった!
それによると、全国の規律検査監察機関が2024年に「蠅貪蟻腐」をないがしろにせず、民衆の身辺の不正腐敗を摘発したところ、総件数は60万件近くに上り、処分46.2万件、送検された人数は1.5万人に上った、とある。
ほうなかなかやるではないか、と一瞬思ったが、すぐ奇妙なことに気づいた。この3つの数字がアンバランスなのである。処分件数と送検件数が離れすぎている。摘発された事例(60万件近く)のうちその75%以上(46.2万件)にはなんらかの処分が下されたのだが、検察に送られたのは1.5万人ということは、かりに60万件が60万人だったとしても、送検されたのはわずか2.5%にすぎない。もし1件あたりの人数が複数という場合が多ければ、送検率はもっと低いことになる。
もっとも送検されなくとも46万件以上は処分されているわけだから、その大部分は戒告とか、出勤停止とかの行政処分を受けたことになる。想像するに、「蠅貪蟻腐」で職場の不正を暴けという号令がくだり、それを受けて職場で密告競争のようなことが起こり、脛に傷を持っていそうな60万人以上がやり玉に上げられた。しかし、大部分は「送検されて法的処分」とはならず、職場の規律違反のような形で軽微な処分を受けて終わった、ということを、これらの数字は物語っているのではないか。
お手盛りの憲法改正(2018年)で、国家主席の任期制限(1期5年、2期まで)をなくして共産党と国家のトップの椅子に2013年以来10年を越えて座り続けている習近平総書記・国家主席だが、やはり無理はできないもので、このところ政権にとって明るい話はさっぱり聞こえてこない。
不動産業の不振が全体の脚を強く引っ張るなかで、なかなか経済全体に元気が出るというわけにはいかない。昨年12月の中央経済工作会議では、今年の経済政策として、積極的財政政策を実施し、財政赤字の対GDP比率を高め、地方政府の特別債権発行を増やすなどの対策を講じるとともに、金融面でも適度に緩和的な政策を実施することを打ち上げた。赤字、借金に眼をつぶって、景気をよくしようという苦肉の策だ。
それが功を奏するか否かはこれからだが、年明け早々に腐敗撲滅の強化を打ち出したのは、習政権発足当時、大物腐敗犯を次々摘発して新政権の人気をあおった前例の再来を狙ったものかもしれない。しかし、大衆の身近な小悪を挙げることが人気につながるだろうか。国民は大物がどこにいるか、分かっているのだから。
習政権がスタートした直後、確かに大物の腐敗犯が摘発され、政権の人気は上がった。最近も現職の外相、国防相が首になり、特に軍関係の腐敗狩りはいつ終わるとも分からず続いている。しかし、名前は出てきても、具体的にいかなる罪を犯したかについては、相変わらず政府は口をつぐんだままである。
「蠅貪蟻腐」もいいけれど、これまで摘発された大物たちの罪状を明らかにする方が、よほど国民の支持が得られるのではないか。年頭にあたって、歴代大物腐敗犯の罪状一覧を公開することを期待する。国民に中国政治の実体を知らせるべきだ、そろそろ。
初出:「リベラル21」2025.01.14より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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