大雪と大事故のサギノウ-はみ出し駐在記(77)

どこでもトラブルはつきものだが、サギノウの場合はちょっと度を越えていた。サギノウはデトロイトから車で二時間ほど北西にいったところにある地方都市で、ミシガン州の他の町と同じように自動車部品製造の町だった。

凝ったつくりの旋盤の据付けに行ったのが最初で、客は自動車部品だけでなく航空機の主翼のフラップを出し入れするボールスクリューも製造していた。据付もサンプル加工も何の問題もなく、作業を完了してニューヨークに戻った。特別なことは何もなく印象の薄い客だった。旋盤の据付が完了した後、客が自製したバーフィード装置を取り付けるとの話は聞いていたが、客がやることで旋盤メーカとしては、それは客の責任でどうぞということでしかない。

凝り過ぎた旋盤で、よほどCNC旋盤に慣れた人でなければ使いきれない。あちこちの客でぶつけて壊していた。ご多分にもれず、数ヶ月してぶつけて壊した。大変な修理になるかと心配しながら出かけたが、刃物台が衝突したときに破損を最小限に留める部品が切れていただけで修理は簡単に終わった。

仕事自体はなんでもなかったが、猛吹雪に往生した。除雪された雪が歩道に盛り上げられて、車の高さを越える壁になっていた。最初に訪問したときの記憶を頼りにのろのろ走るのだが、雪で景色が一変していて、どこを走っているのか分からない。もともとが灰色にくすんだ町に吹雪で、なにもかもがぼやけて見えた。日も落ちてうす暗い町の中心街をモーテルに向けて走っていたら、吹雪になかに場末を思わせる赤いネオンサインが目に入った。どういう訳か、そのネオンサインだけが吹雪に映えていた。カタカナで「マッサージ」、こんな田舎町に日本語で、日本人の需要?何もない町に、このネオンサインだけが印象として残っている。

大雪のなかやっとモーテルにたどり着いた。翌日には止むだろうと期待していたが甘かった。翌朝になっても大雪が続いていた。そのなかをのそのそ走って空港まで行ったら、フライトが遅れていた。遅れに遅れて最終的にはキャンセルになった。次のフライトの予約を自動的にもらえるのはいいのだが、そのフライトも遅延からキャンセルになってしまう。小さな空港でハンバーガー程度の食事はあるが、時間を潰すようなものはなにもない。朝から晩まで空港にいたが、結局一便も飛ばなかった。大雪のなかを夕食にゆくのも面倒で、空港のダイナーで夕食を済ませた。レンタカー屋でキーを返してもらって、また雪になかをなんとか走って、モーテルを見つけて。。。

翌日も同じことを繰りかした。大雪でどうにもならない。モーテルから空港に行くものモーテルを探しに行くのも事故りそうで恐い。それでも空港で夜明かしする元気はない。空港で遅延、キャンセルを二日間繰り返して、どうしたものかと考えた。止まない雪もないだろうと思いながらも、このまま空港とモーテルを繰り返しても、何時になったらニューヨークに戻れるのか見当もつかない。

こうなったら、雪の中をデトロイト空港まで走るしかない。サギノウはローカル空港で、なにかあったらすぐにフライトを間引かれてしまうが、デトロイトは基幹の空港だから遅れながらも飛んでいるはずと思った。フツーだったら二時間も走れば着く距離なのだが、なんせこの大雪、どうなるか分からないが走ってみるしかない。デトロイトまでとろとろ走って、二倍以上の時間がかかった。デトロイト空港からのフライトは大雪で遅延はしていたが、ニューヨークに帰れた。

それから数ヶ月して、機械のメンテナンストレーニングに来て欲しいのとの要望を受けた。使い始めて、メンテナンスをしっかりしないと、稼動しきれないことに気がついたのだろう。何かある度にメーカのサービスマンが来るのを待ってはいられない。

朝番のメンテナンス担当者に合わせて、午前六時からトレーニングを始めたいとのことで、前の晩にサギノウに入った。夜型の人間にとって、朝五時過ぎに起きるのはつらい。朝飯も食べずに、鶏じゃあるまいしと思いながら六時前に客に入った。自分で据え付けた旋盤がどこにあるかくらい覚えている。工場に入って歩いて行ったら、数トンは下らない旋盤が移動して斜めになって、周りは砂だらけだった。一体何があったのか?人力で動かせるような重さではない。事故でもあったとしか思えない。メンテナンストレーニングの前に旋盤を据付し直さなければならないと慌てた。

作業着に着替えて、旋盤を操作しようとしたがメインの電源を落とされているためどうにもならない。どうしたものかと思っているところに現場責任者が来て、機械に触るなと言う。メンテナンストレーニングに呼んでおいて、機械に触るなはないだろう。それもこんな早朝に、そりゃないだろうと話はじめたら、夜勤の作業者が事故を起こして、重態だと言われた。砂が撒かれていたのは流れた血を覆うためだった。

機械加工現場ではちょっとしたことで人身事故が起きる。軽微なものが大半なのだが、旋盤のバーフィード装置の障害からはしばしば大きな事故、それも死亡につながる事故が起きることがある。客が製造したバーフィード装置から素材のバーが外れてしまった。

こけし状のものを作ることを思い浮かべて頂きたい。加工工程は大まか次のようになる。まず鋸盤で丸棒をこけしの高さよりちょっと長い程度に切断する。切断したものを旋盤の主軸に取り付けたチャックに取り付ける。主軸を回転すれば丸棒を回転できる。回転した丸棒に刃物を当てて平行移動すれば、こけし状(円筒形)の物が得られる。このやり方では、旋盤で切削する前に、鋸盤で丸棒を所定の長さに切断する作業が必要になる。この作業を省略して合理化を図るためにバーフィードなる方法が考案された。バーフィード装置を用いた場合の概略は下記のようになる。

旋盤の主軸は円筒形で貫通穴がある。この貫通穴に、丸棒をそのまま、丁度物干し竿のようなまま、たとえば二メートルの長さの丸棒をチャックとは反対側から挿入して、旋盤の主軸台から突き出た部分をバーフィード装置で保持する。刃物でこけし状に加工し終わったら、丸棒から加工した部分だけを切り落とす。切り落としたら、丸棒を所定の長さ(こけしの高さよりちょっと多く)刃物の方向に押し出してチャックで締めて、次の加工を開始する。この方法なら鋸盤で丸棒を所定の長さに切断する工程が不要になる。

丸棒をどのくらいの早さで回転するかは素材の加工し易さと加工する直径によって決まる。直径三十ミリの丸棒からの加工であれば、一分間に千回転、二千回転を越える場合もある。バーフィード装置は毎分千回転、二千回転で回転する長さ二メートルを超える物干し竿のような素材を水平に保持しなければならない。旋盤メーカやバーフィード装置メーカでは物干し竿状の棒材を安全に保持するさまざまな工夫をしている。

予算の関係などで客がバーフィード装置を自作するのはいいのだが、なんらかの拍子にバーフィード装置から棒材が外れると、毎分千回転、二千回転で回転している物干し竿状の棒材の抑えが利かなくなる。支えから外れた途端、主軸の貫通穴から出たところで物干し竿状の棒材は九十度に折れ曲がる。床から主軸までの距離より折れ曲がった先までが長ければ、回転した棒材が毎分千回、二千回床を叩く。

それは物凄い音だったと思う。音を聞いた夜勤の作業者が旋盤と制御盤の間から身を乗り出して何が起きたのか見ようとして、回転する棒材で叩きのめされた。責任者の話では重症ではなく意識不明の重体だった。

メンテナンストレーニングに行ったが、OSHA(Occupational Safety and Health Association)の現場検証が済むまでは事故現場をそのままにしておかなければならない。機械の修理どころではなく、何もしないでニューヨークに戻った。

事故の原因は客が自作したバーフィード装置にあることがはっきりしているので、自社がどうのということもないまま時が過ぎていった。何もないまま駐在を終えて帰国して一年以上経ったとき、ニューヨーク支社から弁護士が当時の状況の事情聴取に行くからと連絡が入った。事故が起きたときには何もなかったのが、数年経ってはじめて事情聴取。裁判が継続していた。弁護士には当時の状況をできるだけ細かく説明した。と言っても、事故が起きたときに、その場に居合わせたわけではないから、細かくといってもしれている。弁護士から重体だった夜勤のオペレータは死ななかったとだけ聞いた。死ななかった?何を意味しているのか?それ以上聞いても考えてもしょうがない。サギノウ、いい町なのだろうが大雪と大事故の記憶しかない。

p.s.

アメリカの裁判は陪審員制度を採用している。陪審員は市井のフツーの人たちで、被害者も市井のフツーの人(たち)。社会は誰かから与えられたものではなく、フツーの人たちが集まって造ったコミュニティの集合体にすぎない。陪審員も被害者もコミュニティの一員であることから、事故の原因がなんであれ、しばし陪審員の同情(反感)を誘う。また何らかのバイアスがかかって、それが判決に影響するのを避けられない。

重体だった従業員から訴えられれば、十中八九会社はかなりの額の賠償金を支払うことになる。その大枠を決めるのは従業員と同じコミュニティの人たち。誠意を見せなければ会社がコミュニティから疎外される。

お上に裁断を仰ぐような日本の裁判制度は、好きになれないというより全面的に陪審員制に切り替えなければならないと思うが、陪審員制には陪審員制の課題もある。それでも、その課題を克服なり、問題を軽減するのも市井のフツーの人たちの努力でなされるもので、どこかの誰かに解決を頼むものではない。それが民主主義の根幹だろう。

 

Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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