学年制を廃止し単位制にせよ―大学講義のあいまに(6)

 大阪市の橋下市長が小中学校にも留年制をということだが、私は学年制そのものを再検討すべきだと思う。もう大量生産時代ではないのだから、すべての科目で一斉に進級という必要はない。各科目、到達目標に達したら次の段階に進むという単位制度でいい。

 年に一回の単位認定ではなく、四回か五回ぐらいは行って、単元ごとに単位認定して、進めていく。単元ごとのクラス編成をすればいい。そうすると教師が足らないから、先に進んでしまった生徒は自修でパソコン機器などを使って先に進むようにする。

 単位を落とした生徒は補習で追いつかせる体制もとらなければならない。その際も教育機器を活用すべきだが、マンツーマン体制での指導も必要になってくる。ただその生徒の個性や発達度に合わせて無理のない指導をしないといけない。

 年齢による到達度という固定観念を一度払拭して、各児童生徒の個性や発達度、到達度に合わせた目標を設定して、成長させていくのが本来の教育の在り方である。その意味で留年制の導入は頭が古すぎるのだ。

 なんといっても、学力は国際競争力の土台であり、その観点からも大量生産方式から個別学習重視の個性伸長促進型の教育、あわせて基礎学力重視の教育体制をとって、日本の国民教育の水準を飛躍させなければならない。もっと実験的な試みをすべきだ。

 橋下提案に対して留年可哀想論で抵抗するのでは本末転倒である。到達していないのに次に行かせるのも不合理なら、到達しているのに次に行かせないのも不合理である。

 本人の到達度に合わせた教科毎、単元毎のクラス編成と、教育機器を活用し、マンツーマン指導ができる自修および補習体制を整えること。国造りの基礎にこの教育改革を据えておかなければならない。でないと日本沈没は避けられない。 

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