軍民一体化へ、「総合防衛費の創設」で生活・経済活動全体を軍事化
防衛省は、宇宙・サイバー・電磁波の領域における対応強化にむけて、その基本スタンスを「我が国への攻撃に対しては宇宙・サイバー・電磁波の領域を活用して攻撃を阻止・排除する。 さらに、社会全般が宇宙空間やサイバー空間、また、電磁波の利用への依存を高めていく傾向などを 踏まえ、関係機関との適切な連携・役割分担のもと、 政府全体としての総合的な取組みに寄与する。」として、サイバー空間での攻撃阻止・排除を強調し、同時に社会全般のサイバー空間の利用拡大にそって、従来のような防衛省中心の軍事的対応ではなく、「政府全体としての総合的な取組み」に力点を移している。また前述の閣議決定「サイバーセキュリティ戦略2021」においても、民間のDX化と軍事的安全保障は密接不可分としているし、「経済安全保障推進法」でも、民間の経済・技術分野、経済施策の重要性が前面に打ち出されてきた。
このように、軍民融合・軍民一体化への急速な流れがつくり出されている。現政権はこの流れを一層加速化して、このほど「政府全体としての総合的な取組み」として「総合防衛費」なるものの創設を掲げるに至った。「反撃能力」の保有を含む5年以内の防衛費2倍を目標とし、各省庁予算を幅広く横断する「総合的な防衛費」とするものだ。国民の生活、経済活動全体にわたって軍事化をはかること、それが狙いだ。これに組み込む主要4分野のひとつがサイバーとされている。(ただ、防衛費に広く4分野を含めることには、自民党国防族から「水増しだ」との反発の声が上がった。4分野にわたる省庁横断的な「総合防衛費」は、防衛省の予算の伸びを圧縮し、本来の防衛費2倍にならないというわけだ。)
同時に自公両党は、この年末の国家安全保障戦略など防衛3文書の改訂において「能動的なサイバー防御」と「一元的な司令塔機能の創設」で一致したと報じられている。ウクライナ戦争・北朝鮮の連続ミサイル発射・台湾有事の扇動で浮足立った国民の意識が戦争勢力へ大きな力を与えている。
強まるばかりの国家=軍の民への介入
それでは、軍民が融合した「新たな戦争」で浮上してきた主要な問題点は何か?
それは日常的な国民生活におけるデジタル化・情報のやり取り(コミュニケーション)と、軍事的安全保障としてのサイバーセキュリティ・サイバー攻撃を融合させ、一体化を図ろうとしていることだ。
この点こそがきわめて懸念すべき問題であるが、民生と軍事の区分喪失からさらに浮き彫りになってくるのは、国家=軍の民への介入度合いが飛躍的に高まることである。
軍民一体化を促進させる重要な要因は、サイバー戦争が従来の戦争とは全く異なっていることである。現在の軍事力のハイテク化はデータ収集・データ中継能力如何にかかっている。それが「軍事インフラ」の中枢となる。更には、サイバー戦争では武力行使の主体は軍のみにあらず、軍に接続されるサイバー空間は、情報技術でつながる諸々の兵器、宇宙空間の衛星を含む通信網、そのバックで備える情報通信・電子産業、各国国民が使用するインターネットのグローバルな接続等々が全体として機能する。ミサイルは宇宙空間を含むサイバー空間との連動があってはじめて軍事力となる。その他ドローン攻撃やハイマース攻撃など、個々の地上戦兵器もインターネットをはじめとしたサイバー空間との連動なしでは威力は半減する。
このようにサイバー空間=軍民両用のインターネットは、様々なネットワークが相互に接続されたものであり、多数の国にわたるコンピュータ・リソースから成っている。これらネットワークやコンピュータ・リソースからの攻撃に対して、軍や国の重要インフラを防御し、同時に攻撃に転じるとなれば、一般国民のコミュニケーション全体を監視し規制して、国家安全保障(サイバーセキュリティ)に従属させる必要がある。となれば、(防衛産業はもちろんだが)政府・軍と民間企業・個人との関係はコンサルタント企業や個人との契約・連携は、形態は諸々色々あろうが、両者の結びつきが強化されることは当然である。もちろん、そのために増額された防衛費を通じて、企業・研究者・技術者は軍にとりこまれ、軍民一体化が促進される。
従来のコミュニケーション空間は戦場と化す
また、明確な武力侵攻前のサイバー攻撃や、情報戦としての各種メディアやSNS等での偽情報の拡散などは、世界各国の軍は当然のこととして、各国に在住する国民によっても行われる。従って、サイバー戦争・サイバー攻撃は、一般的コミュニケーション空間を、云ってみれば「戦場」と化すのである。これら「戦場」は従来の概念からすれば直接的な武力行使の空間に該当しない。いわば疑似戦場である。しかし今後においては、これらの「攻撃」と「戦場」は自民党提言(注)にあるように、「戦闘様相」として戦闘に準ずる扱いになることは確実である。また、このような「戦場」や「戦闘様相」では当然のこととして、軍や国家の監視と国民の自由に対する抑圧が強化される。それに伴い、個々の国民は想定外の「戦争」にまきこまれる。その恐れがきわめて大きくなるのである。
(注:自民党「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」2022/4月)
「恒常的な戦争状態」へーーー 軍と警察の共同作戦から監視社会の到来へ
以上のようにサイバー戦争では、敵味方の領土的・地理的区分は意味をなさず、また武力行使か否かも明確に区分できない。こうなると、グレーゾーンやハイブリッド「戦」が必然となる。何を戦争の対象とみなし、どこまでを軍が戦うべき領域とすべきなのか、それが大きな課題になってくる。「グレーゾーンの事態」とは、平時でも有事でもない状況であり、「ハイブリッド戦」は、軍事と非軍事の境界を曖昧にした現状変更の試みである。後者は前者に包括されるが、いずれにせよ今後ますます多くの「事柄」あるいは「事象」が「攻撃」とみなされる。すなわち、従来は軍事安全保障とは関係がないとされてきた「事柄・事象」が安全保障問題とみなされる。その結果、国民の言論・思想の表現・集会、結社の自由など、基本的人権がますます国家による監視・統制強化の対象となっていく。
そして、この国家による監視・統制を強化するにあたっては、軍による対外的な安全保障と警察による国内治安対策の境界は曖昧にぼやけてくる。なぜならサイバー攻撃とそれに対する防御は、世界的・グローバルなネットを使って行われるからだ。これに対応するとなれば、軍と警察、両者の「共同作戦」を恒常化させていかざるを得ない。その意味するところは、国民の主体性と自由への監視と抑圧が、かってない包括性を持つことである。包括性とともに、時間的にも軍民が融合したある種の「恒常的な戦争準備」が想定され、そのための準備体制の確立によって文字通り「監視社会」が到来する。監視社会と戦争体制への傾斜は深まるばかりになっていくのだ。
(続く)
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