山上徹也さんを求めて ―山上徹也裁判傍聴記

先週は十数年ぶりに関西へ向かい、1月21日(水曜)、山上徹也さんの判決公判を傍聴するため、朝から奈良公園の一画で並んだ。少しは期待しながら、結果の発表を待ったが、残念ながら抽選に外れ、法廷には入れなかった。 山上さんへ、一言でも励ましの声をかけられたら、と願っていた。それは無理だとしても、せめて判決に立ち会い、彼の現在を確かめ、記憶に留めたかった。結局、それも叶わなかったが、これほど重大な事件に、たった30人程の傍聴しか認めないという。しかも、奈良地裁から1km以上離れた公園に、早朝から並ばされ、何かの囚人のように、番号の印字されたシールを手首に巻き、昼近くまで待たされた挙句、「抽選に外れた方は入場できません」とは、何なのか? 判決後の集会で、主催者「人権と報道・連絡会」代表の浅野健一さんも、ゲスト発言者の一人、西村プーぺ ・カリンさん(Karyn Nishimura-Poupée)も、こうした傍聴制限の問題を指摘していたが、ずいぶんと人を馬鹿にしたやり方だと感じたそうだ。 

 既に報じられたように、山上徹也さんへの判決は、求刑と同じ「無期懲役」だった。これを「この量刑が妥当かどうか、今の僕は判断を持たない」とか、「問うつもりはない」などと曖昧にする方や、「死刑にならなくて良かった」と評価する方もいるが、私は明確に「不当判決」として批判したい。検察側求刑と同じ量刑とは、裁判官たちは、これまでの15回に及ぶ裁判で、いったい何を検討し、考察して来たのか。 そもそも、山上青年は、なぜこんな事件を犯したのか。なぜ、そこまで追いつめられなければならなかったのか。安倍晋三元首相が標的とされたのは、なぜなのか。「旧統一教会」と安倍元首相との関係は十分に考慮されたのか。「事件」の背景や原因を深く問うこと、酌量することもなく、「無期懲役」という重罪を下したのではないか。彼を生涯に亘り獄に閉じ込め、社会復帰の機会を許さぬ、政治的・報復的な判決ではないのだろうか。判決理由(全文)は、非公開だそうで、当面は、その「要旨」を見る他ないが、不十分で、不当な判決と言うべきだろう。

緊急学習会「安倍元首相銃撃・山上徹也さん裁判員裁判の真実」

人権と報道・連絡会主催(奈良県弁護士会館大会議室)

 判決後の集会では、予定された何人もの方の発言があり、私には同意できない意見もあったが、それぞれ学ぶことが多かった。

 浅野健一さん(ジャーナリスト)

 冒頭の浅野さんからは、先ず傍聴制限の問題、記者と一般傍聴人との差別的取り扱いの問題、「手錠・腰縄」での出退廷など、山上被告への屈辱的処遇の問題、異常な特別警備の問題、大手メディアの報道の問題などについて、批判が述べられた。また、公判開始が、こんなに遅れたのは、裁判長の訴訟指揮、弁護側情状証人をなかなか認めなかったことの問題が大きいことも知った。その後、判決の問題としては、次の点を、怒りを込めて批判された。 一つは、「安倍氏に殺害を正当化できるような落ち度は見当たらず、このような短絡的で自己中心的な意思決定過程についても、生い立ちの大きな影響は認められない」と判示された点。もう一つは、 「安倍氏を襲撃対象としたのは、経済状況が逼迫し、教団幹部の襲撃をこれ以上待てないという自身の都合を優先させたものだ」と認定された点だ。安倍元首相が長年にわたり支援し続けていた「旧統一教会」の問題がなければ、そもそも母親の入信はなく、この「事件」はなかったのだ。この点で、安倍氏は無答責と言えるのか。このカルト教団と協力関係を不問にして良いのか。山上青年が安倍元首相を狙ったのは、「統一協会」幹部を狙うことから、急に対象を変えたとか、安倍氏への襲撃は、勝手な論理の飛躍で、被害者には何の「落ち度もない」、とする判決理由について、浅野さんは、とうてい認め難いと批判した。山上さんが安倍元首相を攻撃目標にしたことは、突発的なことでも、「飛躍」でもなかった。「教団を撃つか、政治家を撃つか。手の届く所に安倍氏がいた」と本人も述べているのだ。

 楊井人文さん(弁護士)

 楊井人文(やないひとふみ)弁護士は、 この裁判は安倍元首相を裁く裁判ではなく、銃撃事件を裁くものだということ、被害者の「落ち度」などは、考慮されないのが、刑事裁判の原則なのだと、法律家の立場で解説した。さらに「家族をめぐる激しい葛藤や教団に対する負の感情を長年ため込んできた。内心でこれらを健全に解消し、あるいは合法的な手段による解決を模索することなく、殺人を実行した」という判示を解説し、責任を山上被告一人に負わせる判決を追認した。あたかも「合法的な手段による解決を模索する」努力が不足していたから「事件」が起きたかのようで、弁護士ではなく、今回の裁判官か検察官の説明を聞いているようだった。相談相手もなく、兄が自死し、自らも自殺未遂に追い込まれるような窮状の中で、孤立している者が、そうした問題を「健全に解消し、あるいは合法的な手段による解決を模索」できるくらいなら、そもそも「犯罪」など起きないではないか。「犯罪」とは何なのか、この「法律家」は自分で考えたことがあるのだろうか。

 西村プーペ・カリンさん(AFP、『リベラシオン』紙他、記者)

西村プーペさんは、日本とフランスの裁判のあり方の違いについて、述べた。彼女によれば、フランスでは、大きな裁判では、被害者遺族を含め、数千人規模で傍聴が許されるのだというから、驚いた。憲法の保障する裁判の「公開の原則」というのは、そういうことなのだ。彼女の説明で、人権尊重ということの意味を、再確認させられた。今回の裁判は、「歴史的裁判」で、海外でも注目されている。主に海外向けに報道するが、日本語でも雑誌『世界』に寄稿する予定だと言う。楽しみにしたい。

 足立正生さん(映画監督)

足立さんは、裁判員裁判そのものの問題を指摘した。安倍元首相と統一教会との関係を抜きにして山上徹也さんの「事件」はあり得ないこと、それを不問にし、山上さんに責任を負わすために、素人の裁判員を巻き込んで、裁判をおこなったこと、などを批判した。足立監督は、この「事件」の直後といっても良い早い時期に、山上徹也さんをモデルにした劇映画『REVOLUTION+1』を制作し、山上さんの思いを表現者として作品化したが、その意図、思いを語った。なぜこの映画は、驚異的な速度で制作され、安倍元首相の国葬にぶつけて公開されたのか、その点についても語った。公開時に観たきりなので、第一審が終わり、判決が出た現在、あらためて、本作を観直したい。この映画を通して、山上さんの思いと、足立監督の思いを確認したい。さらに、裁判が確定した段階で、この映画の続編が制作されることも願っておきたい。

『REVOLUTION+1』予告編
https://youtu.be/fspgY0nm94k?si=fSHHsaS8R4zUTNDc

 足立監督の上映後トーク
https://youtu.be/yp6QWnaaHQg?si=GPnm0ws0u0td-f9O

 大島新が語る『REVOLUTION+1』
https://youtu.be/tOjC0SnjHfI?si=e5BPYm9_bkexCrXY

 赤坂真理さん(作家)

赤坂さんは、「時代精神としての統一教会」ということを考えていると、語りはじめ、「統一教会」が盛んだった頃の日本の状況や、宗教というものへの関心があること、人間が何かの「考え」に取り憑かれると、それがいかに強く、深いものかということ、山上徹也さんの母親のことを念頭に話された。「統一教会」は、日本の植民地だった朝鮮との関係で、日本人の贖罪意識を利用したことなどにも言及し、こうした問題に小説家や詩人という表現者だからこその関わり方もあるのではないか、とも述べられた。

 寮美千子さん(作家)+松永さん

 市民の立場で、これまで山上徹也さんの裁判を支援して来られた寮美千子さんと、お連れ合いの松永さんは、昨年12月21日の「山上徹也さんに温情ある判決を!」には、何の組織でもなく、SNSとメールで呼びかけただけで、しかも雨天にも拘らず、100人を超える参加者があったこと、当日は朝日、毎日、読売など新聞社や、共同通信、NHKなども来て、集会・デモの終了後、取材されたが、いっさい報道されなかったこと、もし新聞に載っていたら、その記事を手紙に同封し、山上さんに送ろうと思っていたことなどを報告された。発言の後、ずばり「山上徹也さんにこの刑は重すぎる 控訴して」と書かれたボードを掲げられた。(写真参照)

 辻井彩子さん(ペットシッター)

 最後に、司会を担当されていた辻井彩子さんが発言した。辻井さんは、実は山上さん同様に、ご家族に大変な方がいて、その苦しむ姿が焼き付いていることなどを、泣きながら発言され、聴きながら、私も涙を抑えられなくなった。山上さんを支援するのは、そうした事情があるためだが、山上さんと同様の宗教被害者の家族は、今、どのような思いで、判決を受けとめているだろうか、とも話された。山上さんは、加害者である前に被害者であったこと、加害者へと追いつめて行ったものは何だったのか、どんな罪を犯した人でも、根底に優しさがあることなどを述べた。公判には入れなかったが、辻井さんのような方に接し、お話しをお聞きできただけでも、今回、思い切って奈良まで来て良かったと感じた。

 (2)

 何度でも確認するが、山上さんの家庭は、「統一教会」というカルト教団の活動の結果、入信した母を出発点に、地獄の状況を呈し、兄は自死、本人も自殺未遂に到るような、絶望的状況に追いつめられたのだった。彼自身一命をとりとめた病院の医師に、家庭の絶望的状況のこと等を話したが、相談する場もなかった。その後、この状況をカルト宗教団体の問題として捉え、自死ではなく、最大の原因である「教団」に一矢報いること、同様に、このカルト教団の日本での最重要支援者として、安倍元首相を対象としたのだった。山上さんの「事件」は、他に方法のない必死の「自力救済」行為だった。

 家庭崩壊の原因となったカルト集団の宣伝を、安倍晋三という人物が、政治家の代表として行っていたことは、殆ど周知の事実ではないか。判決において、この点をしっかり考慮に入れないのは、どこまでも安倍晋三氏を不問にしようという政治的意思が働いているのだろうか。そもそも2002年7月の「事件」を 3年以上も公判廷を開かず、山上徹也さんを「鑑定留置」などと称し社会から隔離し、閉じ込めたまま、「公判前手続き」なども秘密裡に進め、ようやく10月に裁判を開始したと思ったら、12月末に結審し、正月に判決という。あまりに拙速な日程ではないか。かつて、東京地裁で永山則夫さんに死刑判決を下した蓑原茂廣裁判長は、刑事裁判のスピード化を進め、弁護団抜きに公判日程を決めるなど、悪名高い裁判官だったが、その蓑原氏も驚くほどの速さだろう。「永山裁判」では、1969年8月8日の第1回から、第63回公判での論告求刑(1979/2/28)、同年7月10日の判決(蓑原裁判長)まで、約10年の時間を要しているのだ。私自身が被告として経験した「三里塚闘争」の裁判でも、月に1度のペースで公判が進められ、第1審判決まで約7年かかった。刑事裁判では、このようなペースが当然だと考えていたので、今回の山上さんの公判は、あまりに拙速ではないかと感じるのだ。

昨年10月28日の第1回から、年末12月18日の第15回公判で結審(論告求刑)、翌1月21日の判決公判までの日程を、たった3カ月でこなすというのは、異常と言う他ない。これでは被告人の防御権など守れるはずもなく、事前の台本に従い、予定通り進行し、裁判員裁判を形式的に終えた、というアリバイづくりのようにも思える。「鑑定留置」なる期間に、各弁護士会や、救援連絡センターなどは、どのような支援策を講じたのだろうか。なぜ大きな弁護団を組めなかったのだろうか。判決の翌々日(1/23)には、衆議院が電撃解散された。高市首相は昨年10月21日に就任したばかりだが、この「山上裁判」の全過程、同じ時間を、総理大臣として過ごしたということだ。

 山上徹也さんは、今、大阪拘置所の独居房で、どんな思いでいるだろうか。刑罰の目的は懲罰ではなく、社会復帰に向けた更生にあるのだとすれば、然るべき期間の後、壁の外に出て、社会復帰し、いろんな活動でこれまでの苦しかった経験を生かす道もあるはずだ。そのためにも、控訴し、高裁で闘ってほしいと願う。それには、さらに強力な弁護団も必要だろう。私を含め、多くの人が彼の支援に力を合わせるだろう。

 最後に、第10回公判(2025/11/20)で証言した神谷慎一弁護士(全国霊感商法対策弁護士連絡会)の、公判後の記者会見での発言を引用しておきたい。

 「山上さんは自分だと投影する人が何人もいた」

 「もし山上さんがやっていなければ私がやっていたんじゃないかと言う人もいた」

 「圧倒的に自分が努力不足だった。もっと早く(2世の)相談の窓口を作るべきだった」

「多くの2世が絶望した。人生を壊され、希望を失わせた教団を首相経験者が後押ししたことで、国は教団を追及するどころか応援するのかと」

 https://www.asahi.com/articles/ASV1H4666V1HPTIL00RM.html?iref=pc_ss_date_article

                                (小泉雅英2026/01/26)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion14646:260127〕