ロヒンギャ危機で国際社会におけるスーチー氏の名声は回復不可能なほど失墜し、その結果スーチー氏のニューズ・バリューも底知れず急落し、国際メディアに登場する機会は極端に減りました。しかし実際にはこれがスーチー氏の実力だったとみることができます。スーチー崇拝現象は、国内的には前近代的な精神風土と専制政府の抑圧的な愚民化政策によるところが大であり、その意味で已むを得ざるところがありました。しかし国際社会においてスーチー氏の虚像を喧伝し、スーチー氏とそれを取り巻く現実を正確に伝えてこなかった知緬家の人々の責任は少なからずあると思います。
今までと正反対のことを言うようですが、虚像が剥がれ落ち、おそらく大きな屈辱を味わったであろういまこそ、スーチー氏は父親の遺言ともいうべき「民主的で繁栄した連邦国家」の建設に向けて再度自尊の念を奮い起こし、体制を立て直して欲しいと思います。民主化を早々に諦め、新自由主義的な準開発独裁的国づくりをするのであれば、なにもトップがスーチー氏である必要はないのです。官僚機構の効率的な管理運用という点にかぎれば、シュエマン前下院議長のような軍人上がりの方が優れていることは明らかなのです。スーチー氏はミャンマーにとってかけがえのない存在だといいますが、存在そのものが国民的統合の象徴である君主とちがって、スーチー氏が国民的統合の要でありえるのは、彼女が近代化と民主化という国づくりの両輪の役割を立派に果たすかぎりのことです。
現在、西側の国連安保理筋ではR2P (Responsibility to Protect 保護する責任)ということが、ロヒンギャ危機に関連して議論されているようです。R2Pとは「自国民の保護という国家の基本的な義務を果たす能力のない、あるいは果たす意志のない国家に対し、国際社会全体が当該国家の保護を受けるはずの人々について『保護する責任』を負う」という新しい国際政治概念だそうです。大きな人道的な危機にある国に対しての軍事的・非軍事的干渉の法的・倫理的根拠として練り上げられた概念であり、その基礎理念は2006年に安保理決議として再確認されたものであるそうです。
―ちなみにその基礎理念とは、以下の三項です。
○国家主権は人々を保護する責任を伴う。
○国家が保護する責任を果たせない場合は国際社会がその責任を務める。
○国際社会の保護する責任は不干渉原則に優先する。
スーチー政権に対する国際社会の不信感は、R2Pが議論されるような段階に至っているということです。たとえて言えば、ミャンマー国を一種の禁治産者とみなし、国際社会が場合によっては後見人としての役割を果たすということでしょうか。R2Pはまだ理念的レベルでの議論にとどまっており、ただちに現実化するものでないにせよ、民主化のヒロインとされたノーベル平和賞受賞者がトップの国への適用が議論されること自体、大いなる屈辱でありましょう。しかしスーチー氏がロヒンギャ危機の元凶である国軍による暴力の再発を抑えきれなければ、国連平和維持軍などを派遣する事態にもなりうるということでしょう。
3/14の日経によれば、「ミャンマー政府、国連の協力受け入れを表明 ロヒンギャ難民帰還で 」とあります。ロヒンギャの難民帰還について、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連開発計画(UNDP)の協力を受け入れる考えを表明したとあります。これは大きな一歩前進です。国軍を抑え、帰還事業をスムーズに進めるのにスーチー氏は国際社会の協力を大いに仰ぐべきです。1月に開始されるはずであった帰還事業は、バングラディッシュ側が8032人のリストを提示したにもかかわらず、今日まだ1名の帰還者すらないという現状です。ミャンマー側はそのうち身元確認ができた374人をいつでも受け入れる用意があるとしていますが、アナン勧告にそった「帰還者の安全保障、帰国後の生活再建、帰還者の法的地位の確立、異教徒間コミュニティの相互理解と融和」等を実現するためには、国際社会の介入が不可欠です。70万人の帰還に向けてスーチー政権が実績を残せれば、内戦終結=国内全面和平にもいい影響を及ぼすことはまちがいありません。
ロヒンギャ危機のように問題が国境を超えるだけでなく、現在南アジアでは排外主義運動の国際連携が進んでいます。すでにミャンマーの過激仏教徒運動の指導者ウィラトゥが、スリランカの仏教排外主義運動体―ボドゥ・バラ・セーナ(Bodu Bala Sena:仏教の力の軍)と協力関係を確認し合っています。スリランカではこの3月はじめ、仏教徒とムスリムの衝突で非常事態宣言がなされています。またインドのヒンズー中心主義のモディ政府は、国内の4万人のロヒンギャ難民を強制送還するとしています。こういう風潮であるからこそ、ウルトラ右翼であり、歴史修正主義者である安倍政権を退陣に追い込むことは、東アジア、東南アジア、南アジアでの国家主義勢力の連携を阻止するうえでも重要であるのです。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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