アメリカの狂気の科学文明が戦争にとどめを刺したことの意味。
暑くて、頭がぼーっとしてきましたので、冷房をいれています。
みなさんも電力会社に遠慮なく冷房しないと、
仕事がはかどらないし、熱中症になりますからね。
電力会社もわざと「電力切れ」をおこすかもしれないですが、
そんな悪党たちは近い将来、処断されることでしょう。
さて、広島原爆忌が去り、長崎原爆忌が今日になり、
季節のうつろいゆく風景のようにあすはまた、とおくにかくされてゆくのでしょう。
3.11東日本大震災の被災者の苦しみと哀しみが、
亡くなられたひとたちの無念を背負いつづけるように、
広島と長崎の被爆者たちもまた、
死者たちの無念を負った苦しみと哀しみのなかで
気の遠くなる年月の、生き難きを 生きてこられたにちがいない。
そして毎年、おのれの無念をかかえたまま鬼籍に入るかたがたが絶えなかった。
核科学者たちの研究成果がいかに偉大であると吉本隆明氏のようにいわれても、
「狂気の文明」をもたらすことになっては手ばなしでよろこんでもいられまい。
まして、偉大な発明は、ときの権力者たちの掌中に握られることはさけがたい。
前の米国戦争指導部が、
どんなかたちの正義をふりかざそうと、
どんなに合理的に「敵」を殲滅できようが、
狂気がまさっている文明思想の逸脱・横暴という指摘からはまぬがれない。
なぜなら戦争に勝利するためには、
「できることなら<敵(国民)> を無差別に殲滅する」という狂気の共同意思が、
かくされることもなく喧伝されるものだからである。
世界史における日本の近代史もまた、
幼稚だが狂気をはらんだ帝国主義思想がつねに底流となって、
ときに「鬱破り」のように暴走し衝突し、
妄想の覇権をもとめてみずからを壊していく破綻の歴史であった。
そしてまた、アメリカの狂気の科学文明が戦争にとどめを刺したことが、
その後の世界の冷戦をもっと狂気の領域までひきだすことに
決定的なはたらきをしたことをしめしている。
戦後の日本は、
たまたま直接戦争行為にまきこまれなかっただけの
擬制の「平和」をナルシスティックに信仰し、
米国のひそかな収奪を「親愛と保護」とよみちがえて相手に冷笑軽蔑され、
いままた、TPP推進という米国グローバルマネー至上主義の放つ投網に
みずからすり寄る愚をおかそうとしている。
日本の政権はそのことの非をしってなおすり寄ろうとするのか、
あるいは相変わらずの密着依存で「どこまでもお人好し」なのか?
いずれにしても開いた口がふさがらない。
ましてや資本主義の崖っぷちにきているという認識もない。
先端科学とマネー世界経済を牛耳る米国の「覇権主義の狂気」を解体するほかに
資本主義の逸脱・暴走・破綻をとどめる方策はないだろう。
(ブログ・心理カウンセラーがゆく!http://blog.goo.ne.jp/5tetsuより 転載.)
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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