成田空港の弁証法

 運用開始から45年目の歳月を経ながらも、いまだに未完の成田空港に於いて、今年また新たな住民訴訟が行われようとしています。これから開港50周年にむけて、さらなる空港機能の拡充を目指す成田空港にとっては、その存在意義に重大な疑義が示されようとしています。

 去る2月26日に、成田空港騒音被害訴訟団の結成式が、成田国際文化会館にて執り行われました。これまで成田空港問題というと、主に空港計画用地の取得を巡って、地元農家が営農を続けるための耕作権、生存権を主眼に争われてきましたが、今回の訴訟では、78年の開港以来、現在に至る成田空港地域での、住民の健やかなる暮らしを確保するための、憲法により守られなければならない国民の生活権を巡る争いが焦点となります。

 今回の訴訟の特徴は、騒音公害という性質上、その被害地域は空港敷地周辺部を越えて広がり、B滑走路の北端から先へと、利根川を渡って隣接する茨城県側の地区からも、県境を跨いで訴訟に加わることになりました。現在、飛行場の騒音対策として、千葉県側の飛行ルートでは、県との協定により、決められた狭い範囲の中だけで飛行することになっているのが、利根川上空を過ぎて茨城県側に入ると、そうした協定が無いために、上空を旋回しながら太平洋上へと向かう飛行ルートが自由に選べるので、茨城県側では轟音による騒音被害区域が扇状に広範囲にわたっているためです。その上で、2500メートルのB滑走路の北に1000メートルの滑走路が延伸されるとなると、茨城県側の騒音被害はさらに拡大されることは明白だからです。

 さてここで、一つ確認しておくべき事は、今回の訴訟に加わった住民の方たちは、成田空港の存在そのものに反対して訴訟を起こしたわけでは無いということが、これまでの空港反対運動との違いとなります。もちろん中には、空港そのものに反対する運動の一環として加わった方もいるでしょうが、壇上に立って各地域での轟音被害の実情を訴える声からは、決して全ての飛行機を飛ばすなという、空港の廃絶までを視野に入れた反対の訴えではありませんでした。しかしその、開港以来、数次にわたって延長されてきた飛行運用時間の有り様は、これまでは国策としての飛行を受け入れてきた騒音下で暮らす地域住民にとって、すでに現状では正常な生活を続けられないほどの轟音公害に晒されているというのです。

 どういう事かというと、例えば羽田のように海に向かって開けた滑走路を持つ空港では、海に向かって離陸、そして海上からの着陸を行うことで、騒音問題を緩和でき、24時間運用を前提とする国際ハブ空港としての運用も出来ますが、成田空港のような内陸空港では必ず、離陸、着陸時に周囲に生活する民家の上空で、轟音をともなった低空飛行を慣行することになります。住民からの訴えからは、日中であればまだ我慢もする。ところがそれが早朝5時から深夜の0時半まで飛ばされるとなると、空港会社の皆さん、あなた方はそこで家族と一緒に暮らして我慢できますか? 実際には今、2本ある滑走路の運用時間をずらすことによって、夜間に7時間の静穏時間が確保出来ていると成田空港会社は主張していますが、低空飛行する、離着陸に向けたエンジン全開の轟音、振動は、夜間の安らぎの時間帯にあっては、騒音の測定数値以上のストレスを伴って地域住民の安眠を妨げています。ましてや並行する2本の滑走路に挟まれた地域に暮らす住民にとっては、逆にその静穏だと主張する時間すら短くなる一方なのです。ある地区から被害を訴えた方は、騒音区域の農村村落に息子が嫁を迎えて、これで永々受け継いできた祖先からの地を守れると安心したのもつかの間、待望の孫が生まれると同時に、こんな轟音下では健全な子育ては不可能と、子供を連れて夫婦共々家を出て行ってしまったという祖父の嘆きに、空港会社は何と答えることができるのか? 部落からは若者は次々と出て行ってしまい、農村としては都市近郊という地の利にあってすら、今や限界集落の有り様です。

 ところが成田空港では現在、今ある2本の滑走路に加えて3本目の滑走路の建設計画を進めていて、完成の暁には年間50万回の発着を予定しています。単純に計算すると1本の滑走路に1時間あたり23回もの発着が行われることになります。つまり地域の人々にとっては、それぞれの滑走路に2~3分間に1回、航空機が轟音を伴って頭上を低空で飛ぶことになるわけです。こうした超過密スケジュールで内陸空港を運用しようとする計画自体が、成田空港での地域住民への不条理の強要を示しているのではないか?

 実は、現に運用されている日本の内陸空港は、決して成田空港だけではありません。例えば、同じく騒音公害を抱えた大阪の伊丹空港では、70年代からの住民訴訟によって、深夜の飛行は全面禁止、運行は午前7時から午後9時までの14時間に限ることを地裁、高裁と勝ち取り、最高裁では判決が覆されたものの、その長期にわたる裁判の間、1~2審の判決による14時間に限った運行時間が慣例となって、現在に至るまで続いています。他の日本の内陸空港、そして世界の内陸空港でもまた、砂漠の真ん中でもない限り、地域住民と空港との共生を図るには、この14時間という運用時間が基準となっています。にも拘らず、なぜ成田空港だけがこのような不条理極まりない運用を強要してくるのか? 国策としての、インバウンド4000万人の目標達成のために必要だからか? ですがそれなら成田空港よりも、余ほど合理的な運用の出来ている、アジアの他のハブ空港を経由して世界から、直接観光地に近い地方空港へと飛べば良いのです。なにもわざわざ地元住民への無理に無理を強いてまで成田の空港機能を拡張しなければならない必然性は無い。

 どうやら事の本質は、今では民営化された成田空港の、きちんとした将来像を描かぬままに見切り発車をしてしまった、その歴史のつけがいまだに未完の、世界の現実と比べては周回遅れの空港となってしまっている現状に現れています。内陸空港としての限界は眼中になく、はじめから50万回の発着ありきとは。しかし今、建設を進めようとしている3本目の滑走路にしても、現実に用地住民との移転交渉はこれからで、必ずしも計画通りに建設の進む見込みはなく、仮に建設できたとしても、空港が当初に計画していた横風用滑走路とは違い、現にあるB滑走路の南延長線上にもう1本を作る予定ですから、運用が始まっても、発着の航空機の移動を考えただけでも、非常に使い勝手の悪い滑走路となる事は今から分かり切っています。

 それでも最初にボタンをかけ間違えてしまった空港建設は、いつまでたっても矛盾を抱え込んだまま、逆にどれだけ騒音公害を撒き散らしてでも、地域住民の生活を破壊してまでも、これまで通りに己の姿を顧みることなく、完全空港へと向かって突き進むしかないのでしょうか?

 そう、今後の裁判で深夜、早朝での発着が差し止められ、世界基準に合わせた14時間での運用に改めるよう判決が下されれば、それはこれまでに行ってきた成田空港の不条理が、解消へと向かう第一歩となるハズです。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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