新運転訴訟: 新井君統制処分無効・判決以後の間接雇用の諸問題

著者: 松岡宥二 まつおかゆうじ : 新産別運転者労働組合・運転者ネット  
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まえがき

新運転の組合員が、組合委員長を訴えた団結権侵害の損害賠償訴訟は、昨年3月24日に歴史的な勝利の判決があり、判例タイムズ1325号(10.8.15)で解説付25ページにわたり掲載され、本紙123号(1月号)で報告した。

この訴訟の本質は憲法、労働組合法と労働組合の関係を問うものであった。

判決の要旨は、組合員の団結のシンボルであり、組合の重要な財産の組合会館を経営側の組織(事故防)に組合大会の議決・承認を得ずに譲渡したことは、労働組合法第5条2項3号の「その組合のすべての問題に参与する権利」に違反する。また、篠崎委員長、太田書記長が事故防から報酬を得ているのは、労働組合法第7条3号で禁じている経費援助であり、不当労働行為に当たると認定したことである。

団結権の侵害訴訟の最大のポイントは、「日本国憲法28条が保障する団結権は、個々の『勤労者』に対して保障される権利であり、多数派を形成しない限り団結権がないなどといえるものではない」と、明確に判決したことである。

この、団結権が個々の労働者に保障された権利だとした判決は、国労闘争でも獲得できなかった権利であり、階級としての労働者の利益(権利)として、この判決を確定させなければならない。我々は思想的に未熟だが、この歴史的任務を負わされたのである。

新井君の権利停止無効訴訟の発端

新井君は、15年も勤務してきた東京23区の清掃下請け会社・東栄興業㈱から08年4月雇い止めになった。

新井君は組合に会社との交渉を求めたが、組合が交渉してくれないのでやむをえず、労働基準監督署に解雇予告手当てと未払い残業代の支払いを求める申告をした。

労基署は会社に是正勧告し、会社は是正勧告に従い、解雇予告手当てと未払い残業代の一部を支払ったが、新井君の労基署への申告を理由に、組合は新井君を統制処分した。

新井君は、新運転の労働協約1条と10条で処分されたが、その労働協約とは。

第1条「甲(使用者)は、この労働協約にもとづき、必要に応じて随時乙(新運転)より乙の組合員の供給を受け使用し、また使用を打ち切ることができる。」

第10条「乙の組合員の労働条件等に関する交渉権は、すべて乙に属するものとする。」(傍線は引用者)

新運転(組合)の主張は、職業安定法第45条による労働者供給事業には、労働組合法や労働基準法の全面的な適用はされないというのである。

しかし、労働基準法は労働協約に優先するのである。労基法第13条により、労働協約で定めた労働条件が、労基法の定める基準に達しないので、労働協約の1条と10条は無効なのである。

東京地方裁判所は、労働協約1条、10条は労基法違反で、統制処分は統制権の濫用と判断したのである。

間接雇用における雇用関係

ここで問題なのは、三角雇用関係と呼ばれる間接雇用の雇用関係である。間接雇用の「労働者派遣事業」と「労働者供給事業」の相違については本誌号09年6月号(104号)で図解して説明したが、派遣では、派遣元が雇い主で派遣先は使用者で、雇用者と使用者の分離によって雇用責任を逃れられる仕組みとなっている。

キャノンやパナソニックなどの大企業でも、派遣と請負を交互に繰り返して雇用責任を逃れ、最後は有期雇用の社員に切り替えて解雇しているのが現状である。

それに対して、労供(労働者供給事業)の雇用者は供給先になっていることが、ハケンとは基本的な相違点である。

しかし、1976年、篠崎氏が新運転東京地本委員長になると労働協約第1条の雇用使用に改定して、いつでも使用を打ち切ることができるようにしたのである。換言すれば、いつでも必要なときだけ使って、いつでも使用を打ち切れる、使い捨ての労働力を売り言葉としてきたのである。

労働基準監督署は、指揮命令権と賃金の支払い者で供給先を雇用者と認定したが、厚生労働省と東京労働局は、雇用者を特定しようとはせず曖昧にしているのである。そこに、厚労省が雇用と使用を分離しようとしている意図が透けて見えるのである。

地位保全の仮処分無効の闘い

新井君は、労基署に申告したことで、新運転東京地本統制委員会より、権利停止2年と戒告の統制処分を併科された。処分の狙いは、大会を控えて役員と大会代議員への立候補を阻止することだった。

新井君は統制処分無効の仮処分の訴えを東京地裁に申請した。これに対して新運転は、「新運転の労働協約に基づく労働は、労基法を前提とする一般的な雇用関係とは異なる使用関係」で、労基法に左右されないと主張した。

しかし、新井君の権利停止処分は無効とされ、新井君は役員に立候補でき、大会代議員権は確保された。

本案訴訟の闘い

仮処分に敗訴した新運転は、控訴して本案訴訟となった。新運転は仮処分では、労働協約第1条と同10条を前面に立てていたが、本案訴訟になると、労働協約は引っ込めて、新井君が08年に仕事で運転中に人身事故を起こしたこと、労供の秩序を乱したことを前面に出してきた。

本案訴訟の決定的だったのは、昨年12月3日の証人尋問であった。前回の期日の証人の採用に関して、裁判長が、統制委員会規約の起草者である松岡に尋ねたいことがあると、松岡を証人に採用した。

証人尋問で裁判長は、権利停止2年と戒告の統制処分を併科したことと、交通事故が統制処分の対象になるかを尋問した。

私は、重い処分が軽い処分を包含しているので、併科することは念頭になかったこと、交通事故については、組合規約とは別に「交通事故多発者の取扱に関する規程」で処理することになっていると証言した。

証人の伊藤泰造統制委員長は、裁判長の尋問に、戒告処分の反省文を新井君が書かないときには更に処分を課すのかという尋問に、除名も有りうることを否定しなかった。判決は、「戒告」は決して軽い処分ではないと認定して、併科を退けたのである。

このほか、伊藤泰造証人は、「私は、専従でないから分からない。傍聴席に太田書記長がいるから、彼に聞いてください」と、太田独裁を曝け出す証言に、傍聴席のひんしゅくを買う一幕もあった。

新運転は、篠崎委員長の団結権侵害の裁判に続いて新井君の統制無効訴訟も、仮処分と本案訴訟と続けて敗訴したが、判決を受け入れず控訴した。

新井君は労働者としての当然の権利を守るために、労働組合法、労働基準法に則り労働基準監督署に申告したまでである。仮処分に続き本案訴訟で二度も敗訴した執行部は、判決の主旨を真摯に受け止め、控訴すべきではない。

労働形態労働力需給調整機能とは

二つの裁判を通じて見えてきたものは、官、財界、学者が労組法、労基法などの労働法制に規制されない労働形態の模索していることである。

厚労省職業安定局に需給調整事業課があり、都道府県労働局には、その出先機関がある。

東京労働局の芝浦の海岸庁舎には、需給調整事業第一課(労働者派遣事業係)と需給調整事業第二課(労働者供給事業係)があり、非正規労働者の雇用調整を担当している。

厚労省と労働局はハケンと労供などの非正規を如何に上手く雇用の調整弁として使うか、労働組合と手を結んで、組合役員を労働力需給調整員に委嘱して、非正規雇用の労働力確保を図っているのである。このようにして、厚労省は、労組を抱き込んで、非正規雇用拡大に下請け協力体制を築いている。

新運転の太田書記長や、労供労組協(労働者供給事業関連労働組合協議会)の役員の多くも、労働局の労働力需給調整員となって協力しているのである。

登録型派遣に代わる労働者供給事業

労働政策研究・研修機構(旧日本労働協会)という独立行政法人がある。政府の労働政策の研究機関で、登録型派遣の生みの親、信州大学名誉教授、高梨昌(中央職業安定審議会会長、日本労働研究機構研究所所長、雇用審議会長を歴任)を中心に雇用政策を研究している。

この独法の浜口桂一郎統括研究員が岩波新書「新しい労働社会」を出版するなど、新しい雇用システムについて提言している。

浜口氏は、有期雇用は批判するが、登録型派遣の推進論者で、著書の中で「登録型派遣事業とは、使用者責任を派遣元が負ってくれるというサービスつきの職業紹介事業」と、述べている。

しかし、労働者派遣法第2条は「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働させること」となっている。

登録型派遣は、雇用元は、派遣された労働者が、派遣先で仕事を始める瞬間から仕事の終業までの時間のみの雇用主であって、自己が雇用していない労働者を派遣することになり、派遣法違反の疑いがある。

派遣法第26条第7項で事前面接を禁止しているのは、自己が雇用していない労働者に面接を指示したり、派遣予定者の履歴書を送付することはできないのである。

何故、このようなことになったかといえば、派遣法制定の直前に、高梨氏が、登録型派遣を滑り込ませたので、このような矛盾を起こしたのである。

浜口氏は、「労働者供給事業法」の制定を目指して活動中の労供労組協や國學院大學労供研究会の講演で、職業安定法第45条の労働組合が行う労働者供給事業は供給先企業との商取引契約であり、これに近い登録型派遣と家政婦、マネキン、配膳人といった臨時日雇い型の有料職業紹介事業を協同組合的な法体系に纏めてはどうかという、提案をしている。

また、浜口氏は、國學院大學労供研究会「第8回労供研究会」(11.1.8)の講演で、雇用関係と使用関係について、「船員職業安定法」を引用して、供給元と船員の間の雇用契約と、供給先と船員の間の雇入契約の二重契約関係という特殊な間接雇用は、陸上の労働法に見られない概念で、労供の法的性質は、商取引契約であり、商法第502条第5号の一種であると見ているようである(国学院大学労供研究会HP、浜口桂一郎著「新しい労働社会」72ページ参照)。

労働組合法、労働基準法は、労働者保護の法律であり、登録型派遣に代わる新たな法律の制定には反対であり、派遣法をなくして、期間の定めのない労働を基本とする労働法制を築く運動を進めるべきである。

むすび

労供労組協や國學院大學経済学部労供研究会(www.k-rokyoken.jp)が中心となり、労働者供給事業法の制定の運動を展開している。

労働者供給事業法は、既成の労働法制(労働組合法、労働基準法など)に制約を受けない労働形態を模索しているのではないか。

これらの動きは、08年末の派遣村の出現以降、社会的に批判されて廃止の憂き目にある登録型派遣の代替として、労働者供給事業を再編しようとするものである。

新井君が15年勤務してきた企業から雇止めにされて労基署に労基法違反で申告したことへの報復として、労組が、「労働者供給事業には労働組合法、労働基準法の全面的な適用はない」として統制処分にした。

法律上の日雇の定義は、①日々雇用される者、②30日以内の期間を定めて雇用される者、であるが、新運転は、新井君を15年間も日々雇用の連続だと主張してきたのである。

この裁判焦点は、労働組合による労働者供給事業という特殊な三角雇用関係で、供給先と供給された労働者の雇用関係をどう判断するかが注目されたが、判決は、新井君と供給先との雇用関については曖昧にして言及しなかった。

しかし、労基署が、「労基署への申告権は労働者個人の権利であり、組合は関係ない」として、会社に対して是正勧告したことを妥当な結論として、新井君への統制処分は統制権の濫用であり違法、無効であるとしたのである。

雇用は基本的に期間の定めのない雇用に限定すべきである。正規雇用ではあるが有期雇用と一時的・臨時の労供などの非正規雇用は賃金の安さだけでなく不安定な雇用であり、仮に認めるとしても、入り口規制と出口規制を厳格にして、労働者保護を徹底すべきである。

初出:『地域と労働運動』125号より許可を得て転載

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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