この項を書いているのは、日本時間の1月29日の午前7時です。
後藤健二さんの解放と生還が実現するか否かは瀬戸際にさしかかっているようです。
どのような結果になるかは予断はまったく不可能です。
後藤健二さんのお母さんとの面談を「時間がとれない」との口実でつめたく拒否したことは、ほぼ即座にニューヨークタイムスだけでなくイスラエルでも報道されました。
それに応えて 昨晩、首相官邸前では解放を実現せよとの宗教者や、あるいは市民のキャンドルデモなどが行われてています。→東京新聞から写真をお借りします。
さて、産經新聞は本日の「イスラム国 あまりにも卑劣で残忍だ」との見出しの→社説「主張」を以下の言葉で結んでいます:
安倍晋三首相は衆院本会議で「後藤さんの早期解放に全力を尽くす」と語るとともに「わが国は決してテロに屈することはない。今後とも人道支援を積極的に実施していく」と述べた。
同胞の生還を望まない日本人はいない。一方で、テロとの戦いを中断することはできない。どれだけ細く困難な道であろうと、この両立に向けて全力を尽くすしかない。
この、安倍政権の宣伝メディアの「主張」は見事に安倍政権の政策の根本的なジレンマを表現しています。
論説の筆者は「同胞の生還」と「テロとの戦い」(ここで「闘い」ではなく「戦い」と書いて「戦争」を示唆していることにも注意)が「両立」できることが、はたして可能であるのかを理性的に考えることが出来ないようです。
後藤健二さんは事実上戦時下の捕虜と同様な人質です。生還の可能性はどのような条件下であれ、たったひとつ「捕虜の交換」しかありません。「解放に全力を尽くす」なら交換という妥協の途しかありません。そうすると言いながら「テロに屈することはない」と主張するのは、論理矛盾した二枚舌です。
安倍政権も産經新聞の本音は、後藤さんの救出に失敗するようなことになれば、「改憲して武力で人質を解放しなければならない 」と主張する布石としてこのような二律背反の言説をひたすら唱えているのでしょう。だから、後藤さんのお母さんに面会を求められても会いたくないし、また会えない。卑屈で脆弱な政権です。
首相の外交の大失敗によって起こった今回の人質脅迫事件によって安倍政権は、二律背反の股裂き状態に陥ったのです。これも日本の歴史修正主義者たちの本質的に卑屈で脆弱(ぜいじゃく)な歴史認識のなせる姿なのです。
初出:梶村太一郎さんの「明日うらしま」2015.01.29より許可を得て転載
http://tkajimura.blogspot.jp/2015/01/blog-post_29.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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