旧東独のザクセン州、チューリンゲン州、ブランデンブルグ州での州議会選挙が終わって

その背景

《患者と医者の会話》

患者:「私の血圧測定グラフを見ていただくとお分かりいただけると思いますが、ここで一箇所、血圧が上がっているところがあるのは、私がショルツ首相の面を見たときに起こった症状です。」

医者:「ああ、それは無理もないことですね。あなたのお気持ち分かりますよ。」

医者:「ところで緑の党(Grüne)の最新のニックネームをご存知ですか?」

患者:「いや、知りませんが…?

医者:(ニタニタと笑いながら得意そうに)「Grüne Tonne (グリューネ・トネ)って言うんですよ!」

これは、連れ合いが健康診断を受けたときに、かかりつけの医者と交わした言葉である。

グリューネ・トネとは、 ドイツの各所帯がリサイクルする古いカードボードや古紙を捨てるのに使っている緑のゴミ容器である( 写真参照 )。 連邦政権を成す一党である緑の党の統治ぶりは、リサイクル用の紙を入れるためだけに役立つ緑色のゴミ箱のようなものだ、ということなのだろう。

      収集されるのを待つ 通りに並んだ 緑のゴミ容器 (Grüne Tonne)

《 ドイツ市民の殆どが連邦政府に満足していない》

ドイツで連邦政府に不満を懐いているのは上述した人たちだけではない。

6月9日の欧州議会選挙にあたってドイツの世論調査機関・infratest2024年6月9日付)が行った調査結果によると:「ドイツ連邦政府に満足しているか?」との質問に対して、回答者の76%が「満足していない」と答えたという。

さらに、それを党派別にみてみると、ドイツ連邦政府に満足していないのは:

野党であるAfD [ドイツのための選択肢] 投票者の98%、BSW [ザーラ・ヴァゲンクネヒト同盟] 投票者の95%、CDU/CSU[キリスト教民主同盟/社会同盟] 投票者の88%が満足していないと答え、与党である緑の党[Grüne]投票者の46%およびSPD[社民党]投票者の43%が連邦政府に満足していないと答えている。

《ドイツ経済の後退》

10月9日、ドイツ政府は、「2024年のドイツのGDPは、さらに0.2%減少するものと予測している」と発表した。連邦統計局(Destatis)によると、すでに、2023年のGDPは前年比0.3%であった。連邦統計局は、ドイツ経済不振の原因は、コロナパンデミックの余波、物価高、金利が上昇したため資金調達状況が不利になったこと、内外の需要が減退したことなどにあると述べている。また、ウクライナ戦争前のドイツの経済はロシアから安価な天然ガスを購入することで成り立ってきたが、ロシアからのガス輸入を停止したため、エネルギーコストが高騰し、このことが経済後退のファクターの一つとなっている。

《企業倒産の増加》

連邦統計局によると、2023年における企業倒産件数は17,814件であった。専門家は、 2024年の企業倒産件数は2万件に達するであろうと予測している。倒産増加の要因は、エネルギー価格の高騰や金利の上昇であり、そのために企業が圧迫され経営難に陥ってしまうことにあるという。

さらに、自動車メーカー・フォルクスワーゲンが創業から87年で初めて国内における工場を閉鎖すると発表した。その結果、3万人が解雇されることが予想されているとのことだ。工場閉鎖の理由は車の販売台数が減少したため、ドイツにおける生産能力が過剰になったことであるという。低賃金、物価高、とくにエネルギー価格の高騰などで、節約することを迫られている市民が新車を買うような余裕はないから、国内の車の売上高が減少するのは当然のことだろう。

《基本法ー「 起 債 制 限(Schuldenbremse)」という財政規律》

これは、ちきゅう座の柏木 勉氏も言及なさっていることだが、ドイツには、国家債務を制限するために2009年はじめに採択された起債制限(債務ブレーキ)という憲法上の規制があり、これがドイツの長年にわたる国家財政黒字政策および緊縮経済政策につながっている。

この厄介な基本法のおかげで、ドイツのインフラの維持と改善のための投資が妨げられている状況が続いている。このインフラ維持費倹約問題は、2024年9月11日、ドレスデンのエルベ川にかかったカローラ橋が突然崩落したことに象徴されている。ちなみにドイツではインフラ維持が為されていないために、国道や高速道路にある2500の橋が安全でない危険な状態にあり緊急修理を必要としているという。

2024年9月11日、午前3時ごろにエルベ川に崩落したドレスデンのカローラ橋の一部、崩落したのが午前3時という早朝であったため、負傷者はいなかった。

その他ドイツでは、国および州が投資を渋っていることがファクターとなって、崩れゆくインフラ、公共教育施設、全日制託児所の不足、医療制度の悪化など、数多くの問題を抱えている。国家財政は倹約家主婦の家計簿ではないのだから、黒字にして誇っているような管理法では通用しないのである。

一方、連邦政府は20222月、連邦軍強化のために1000億ユーロの特別基金を創設した。これは言うまでもなく融資金すなわち借金で賄われることになるわけだ。 ウクライナへの兵器供給、援助金もこの特別基金から出されているという。

9月にザクセン州・チューリンゲン州・ブランデンブルグで行われた州議会選挙

*注:三州の選挙結果の詳しい内容は下のPDFを参照してください〉

そうした背景の下、9月には、ザクセン州、チューリンゲン州、ブランデンブルグ州で州議会選挙があった。3州ともに投票率は高く、ザクセン州74.4%、チューリンゲン州73.6%、ブランデンブルグ州72.9%であった。

これらの3州の選挙における最大の注目点は、はたしてAfD(ドイツのための選択肢)がどこまで躍進するか、ということであった。そして、期待されたとおり、AfDは躍進し、チューリンゲン州では32.8%の得票率を得て第一党となり、ザクセン州ではCDU(キリスト教民主同盟 )が31.9%の得票率で第一党となったが、AfDは得票率30.6%という僅差で第2党となった。 さらにブランデンブルグ州ではSPD(社会民主党)が得票率30.9%で第一党の席を納め、AfD29.2%の得票率を得て 第2位にランキングした。

《ザクセン州におけるCDU勝利のファクター》

ザクセン州では、CDUAfDと僅かの差 (得票率1.3% の差)で辛うじて勝利したが、そのメインファクターは、CDUという党にあるのではなく、201712月からザクセン州の首相を務めるCDU所属のミヒャエル・クレッチマー氏の人気にあったと言われている。彼はCDUのウクライナ政策に反して、ウクライナへの兵器供給に反対し、ロシアとの和平交渉を求めている、数少ない政治家の一人である。

《ブランデンブルグ州におけるSPD勝利のファクター》

ブランデンブルグ州ではSPDAfDをおさえて、何とか(得票率1.7%の差)第一党の地位を収めたが、これは党にあるのではなく、2013年からブランデンブルグ州の首相を務めているディートマール・ヴォイドケ氏の人気の高さがファクターの一つとなっているようである。 さらに、皮肉な話だが、ヴォイドケ氏が、不人気なショルツ首相が選挙キャンペーンの応援にやってくることを避けたこともSPDの勝利に結びついたファクターとなっているようである。 

そして「テスラ・ファクター (Tesla Factor)」がある:

2 022322日に開設されたブランデンブルグのテスラ・ギガファクトリー 写真:2023年7月、Michael Wolf, Penig氏が撮影  CC BY-SA 3

2022年3月22日、ブランデンブルグのテスラ・ギガファクトリーが正式に開設された。ここでは、バッテリー、バッテリーパック、パワートレイン、シートなどが製造され、テスラ電気自動車の最後組み立ての作業も行われている。テスラのブランデンブルグ工場では12000人が働いており、自治体は2022年だけで600万ユーロの営業税を受け取っている。ドイツ全体の経済が縮小する中、ブランデンブルグ州の経済は成長した。ブランデンブルグにおけるヨーロッパ最大のテスラ工場建設のプロジェクトを進めるのに貢献したのはブランデンブルグ州のディートマール・ヴォイド首相(SPD)であった。

AfDの躍進とBSWの進出》

AfDはチューリンゲン州で32.8%の得票率を得て第一党になったが、いずれの州においてもAfDは躍進している。 チューリンゲン州では、これまでは人気のあった左翼党(Linke)が大きく後退している。前回の2019年選挙においては31%の得票率を得て第1党となった左翼党だったが、今回の選挙で得た得票率は13.1%のみで、第4位にランキングした。

注目すべきは、主に左翼党から離党した政治家たちから成る、新しい政党・BSW(ザーラ・ヴァーゲンクネヒト連盟)が進出したことだろう。BSWは、ザクセン州では11.8%の得票率を得て第3位にランキングし、チューリンゲン州ではやはり第3位の得票率で15.8%を獲得し、ブランデンブルグ州ではCDUを抜いて得票率第3位の13.5%を得た。左翼党の不振は新党・BSWに、かつての左翼党支持者を奪われたことが一つの原因となっているようである。

《左翼党内の分裂:なぜBSWが設立されたのか》

BSWの党首であるヴァーゲンクネヒト氏は202310月に左翼党を離党し、その他の新党設立メンバーの大半も、かつては左翼党に属していた政治家たちである。

なぜ左翼党員だった政治家たちが左翼党を離れてBSWを設立するにいたったのか?このメインファクターはウクライナ紛争に対する見解の違いにある。 左翼党が対ロシア経済制裁、ウクライナへの兵器供給を支持していることに対し、BSWを設立した元左翼党メンバーは、兵器供給、対ロシア経済制裁に反対し、ロシアとの和平交渉を強く求めている。

《左翼党と緑の党の不振》

左翼党はこれらの三州で比較的支持率の高い党であったが、今回の選挙では多くの議席を失った。とくにブランデンブルグでは得票率3.3%しか〈*注〉得られず、一議席も得ることができなかった。

* 注〉これら3州においては「5パーセント条項のハードル(独語: Fünf-Prozent-Klausel] という既定があり、得票率が5%未満だった党派には、議席が与えられないことになっている。

緑の党も同様に今回の選挙で得た得票率が低く、ザクセン州では辛うじて7議席を得たが、チューリンゲン、ブランデンブルグでは一議席も得ることができなかった。この責任をとって、緑の党の党首であるリカルダ・ラング氏とオミット・ヌリプアー氏が辞任した。

《連立政権に向けての交渉》

いずれの州においても過半数を占める得票率を得た党はないので、現在、連立政権樹立のための交渉が続行中である。 どの政党も極右とみなされているAfDと連立を組むことは避けているようで、連立政権成立への切り札を握っているのはBSWのようだ。ただしBSWは、「BSWと連立を組みたいのであれば」と、幾つかの条件をだしている。 条件はウクライナへの兵器供給を止め、ウクライナ戦争を終結させるためにロシアとの和平交渉を進めること、さらに、ドイツに米国の長距離ミサイルを配備する計画に反対することに合意することである。

10月3日付のベルリーナー新聞の報道によると、ザクセン州のミヒャエル・クレッチマ首相(CDU)、ブランデンブルグ州のディートマール・ヴォイドケ首相(SPD)、チューリンゲン州の州議会議員でCDU州議会議員のリーダーであるマリオ・フォイト氏が「ウクライナ戦争を終結させるために、ドイツが外交手段を駆使することを求める」と言明した、とのことである。彼ら3人は、それぞれの州で連立政権を組むために、BSWの支持を期待しているという。

果たして、これらの3州から、どのような連立政権が生まれるのか?政党間の交渉はまだ続いているようだ。

以上

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