《軍隊は暴力装置である》
延坪島(ヨンビョンド)を砲撃した北朝鮮軍は暴力装置ではないのか。反撃した韓国軍は暴力装置ではないのか。「暴支膺懲」を理由に中国大陸に侵攻した百万人規模の「皇軍」は暴力装置ではなかったのか。「トラ・トラ・トラ」を打電したハワイ攻撃の帝国海軍は暴力装置ではないのか。
焼夷弾と原爆で一日で非戦闘員三〇万人を殺害した米空軍は暴力装置ではないのか。イラク、アフガンに展開している―多くの日本人がその沖縄駐留を「抑止力」と信ずる―米海兵隊は暴力装置ではないのか。小泉純一郎・新次郎父子の地元である横須賀を主要母港とする第七艦隊は暴力装置ではないのか。先進資本主義国で米・英・仏に次いで第4位(平成22年度『防衛白書』)の408億米ドルの防衛費をもつ「自衛隊」は暴力装置ではないのか。すべて「暴力装置」である。自明のことである。
《文民統制は一つの回答である》
「暴力装置」はしばしば暴走する。軍事力の暴走をどう制御するか。それは古来から統治者の最大課題の一つであった。「文民統制」はこの課題に対する一つの有力な回答である。有力ではあるが常に有効ではない。当然にも政治判断が入る。米大統領トルーマンは日本への原爆投下を容認し中国への投下は拒否した。朝鮮戦争時に投下を主張するマッカーサーを解任した。
戦前日本で文民統制が通念だったことはない。
統帥権は天皇の手中にあった。「上御一人」は大元帥であり人間ではなかった。軍人の政治的中立も形だけであった。日本軍国主義の暴走は、「大東亜戦争」の敗北に帰結した。天皇にも「皇軍」の制御は不可能だったのである。ポツダム宣言で皇軍は解体された。それは連合国側の軍事的リベンジ、世界人民の平和への欲求、日本国民の反戦・厭戦・嫌戦感情、これらの合作であったといえよう。「平和憲法」は戦争による国際紛争の解決と軍隊という暴力装置の存在を否定した。たしかに冷戦の現実は真空の存在を許さなかった。自衛隊が自由主義圏第4位の存在に成長したのは「歴史的現実」の成果である。しかしこの65年、その暴力装置が全開したことはない。
《作動した日本の「文民統制」》
この貴重な体験もまた、「日米安保」と平和ボケした「女子供」による「〈青年を再び戦場に送るな〉感情」の合作である。形式上、「文民統制」は維持されたのであり、国軍の最高司令官たる首相による自衛隊制御は確保されたのである。「形式上」というのは、「日米同盟の深化」という美名のもとに、その実態は加速的に切り崩されているからである。
孫崎享のような体制側論者の書き物を読んでも自衛隊の対米従属性は我々の予想を超えている。自民両党の主要政治家で「日米同盟深化」に疑問を投ずる者は皆無である。経済覇権を喪失した米国の対日要求は「国際貢献」なる名の財政負担肩代わりの強化に集中するだろう。
私は昨年来、民主党政権の誕生は二大保守政党による政権独占であるといってきた。
一時期まで自民党にも存在した反戦ハト派はほぼ息絶えている。交代したのが民主党若手、松下政経塾系の「現実主義者」である。ここで「現実主義者」とは「好戦主義者」、「軍事オタク」の別名である。
《民主党の一選抜もこの程度か》
菅直人や仙谷由人は、丸川珠代の質問に、「自民党の若手諸君は歴史を知らぬ」といって、無知な跳ね上がりに反論すべきであった。菅や仙谷は政治家として現在考えられる戦後民主主義の一線級の旗手である。少しは歴史を知り人情の機微を知る政治家だと信じてきた。しかしそういう反論をせず、グジャグジャと意味不明な説明で逃げを打った。「これほどひどいとは思わなかった」というのが現在の私の実感である。多くの読者も共感されると思う。
後期高齢者の私は「同じ釜の飯を喰った」仲間と酒を飲みながら話をする。
最近、彼らの言葉に多いのは「俺たちは先が短いから良いが」、「日本はどうなってしまうのか」というセリフである。ポスト企業戦士たちによるニヒリズムを潜めた心情表現である。そして一瞬にして「中国にナメられていいのか」、「戦後の教育は何をしていたのか」、「戦後を悪くしたのは朝日新聞だ」と言い出すのだ。
《一億総ナショナリズムへの遁走》
天下の形勢はキナ臭くなった。「自由からの逃走」、「一億総ナショナリズムへの遁走」を止めるにはどうすればよいのか。私は考えあぐねている
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