木村三浩氏 戦争犯罪裁判論の実例――『情況』(2021年春)を読む――

著者: 岩田昌征 いわたまさゆき : 千葉大学名誉教授
タグ:

新左翼系季刊誌『情況』2021年春号が「国防論のタブーをやぶる」なる特集を組んでいる。20世紀末、平成19年度と平成20年度、千葉大学博士課程大学院=社会文化科学研究科(「日本研究専攻」と「都市研究専攻」から成る)の科長職にあった時、政治学教授の宮崎隆次氏の協力を得て、第三専攻として「紛争研究専攻」を創設しようと努力したことがある。諸紛争の究極が戦争である。広島の平和学と千葉の紛争学が両輪となって、快速車「平和号」が走る。こんな気持であった。結局、右も央も左も動かせず、大学中枢にも文部省にもとどかなかった。こんな二昔を想い出しながら、「タブーをやぶる」の表紙に見入った。
防衛論に関する私見は、折に触れて「ちきゅう座」で発表して来たので、ここでは語らない。
久間章生元防衛相、木村三浩一水会代表、そして元社会主義学生同盟全国委員長三上治氏の三者、日頃交叉しない三者が論じ合っている。私の印象では、久間氏の損益国防論、木村氏の本筋国防論、三上氏の傍観国防論が優しく触れ合っている。こわれつつあるパクス・アメリカーナを主体的に見ているのは、木村三浩氏のようだ。
そこで、木村氏の発言に関係するエピソードを紹介したい。木村氏は語る。「アメリカの強い覇権というものを一度ちゃんと清算させないと駄目だと。我々は戦争で負けて東京裁判を受けたわけですが、アメリカは朝鮮でもベトナムでもイラクでも、指導者が国際基準の戦争犯罪という観点で全く裁かれていないんですよ。ブッシュなんか、絞首刑もんでしょう。」
セルビアの有力日刊紙『ポリティカ』(2021年3月25日)に私が伝えたいエピソードが載っている。3月24日にベオグラードで開かれた「ユーゴスラヴィア悲劇の教訓」なる一集会に関する記事を解説を入れつつ、要約紹介する。
1999年3月24日、米英独仏を先頭とするNATO19ヶ国は、新ユーゴスラヴィア(セルビアとモンテネグロから成る連邦国家)を空爆した。それは連日連夜78日間続いた。それは、国連安保理の承認なしであり、NATO自身にとってもNATO条約対象地域外への大規模武力行使であって、国際法的にも常識的にも一主権国家に対する侵略であった。
2000年9月、セルビア共和国首都ベオグラードの裁判所は、NATO首脳と侵略参加諸国指導者を訴追し、各々に20年の禁固刑の判決を下した。ビル・クリントン、ハヴィエル・ソラナ(NATO事務総長)、ジャック・シラク、マドレン・オルブライト、ウェリー・クラーク等々。
その判決を書いた裁判官チームの一人、ゴラン・ペトロニイェヴィチは言う。「彼等は、学校、看護学校、病院、テレビ局、橋梁等の市民生活基盤施設全般に対して爆撃するようにゴーサインを出した。新ユーゴスラヴィアに向けて発射された射出体で犯罪的結果をもたらさなかったものは無い。」「国連安保理の承認なしで行った空爆に正当な攻撃目標と言える的はあり得ないのだ。」「その後22年間、NATOの攻撃実例が繰り返されて来た。自分達が下したと同じような判決を地球上の多くの場所で下すことができるのだ。」
元最高裁判事リュボミル・ヴゥチコヴィチは語る。「私はその判決言い渡しに参加した一人だ。しかし、この判決は、法外の力で無効にされてしまった。何故ならば、2000年10月5日の後に、ハヴィエル・ソラナNATO事務総長がベオグラードにやって来て、政治的圧力をかけたからだ。」
以上の紹介に見られるように、被告欠席裁判の形にせよ、木村三浩氏の主張を一主権国家が実践した実例が存在する。所謂市民法廷ではない。
リュボミル・ヴゥチコヴィチが言及した「2000年10月5日」は、セルビアの親北米西欧の諸リベラル派にとって記念すべき革命記念日、スロボダン・ミロシェヴィチの権威主義体制がセルビア知識人市民とセルビア常民の大衆行動によって、議事堂への突入と放火を含む大デモンストレーションによって打倒された日である。セルビア常民は、社会主義末期、内戦期、資本主義への段階的移行期、そしてNATO空爆期と十数年続くミロシェヴィチ長期政権にうんざりしており、反ミロシェヴィチの大衆行動に参加した。だからと言って、ミロシェヴィチを逮捕し、NATO軍に引き渡し、ハーグ国際法廷に移送することまで望んでいた訳ではない。ましてや、NATO空爆を人道的援助であり、自分達の市民的未成熟を北米西欧の市民社会軍が教えてくれたと見て、感謝していた訳でもない。
そう望んでいたし、そう見て感謝していたのは、留学して、ハーバーマス教授の弟子であった事を誇りとするゾラン・ジンジチを首相とする自由化・民主化の新政権であった。この政権の下で先の判決は無いことになった。そして、NATO侵略を語らないことにした。
2021年現在のセルビア政権は、NATO侵略を公式・公然と語る。それ故に例の判決もまた想起される。勿論、復活させる力はないが。

令和3年4月18日(日)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion10755:210420〕