「近代世界システム」の提唱者である米国の経済史家ウォーラスティンは、ヘゲモニー国家は3つしかないという。17世紀中ごろのネーデルランド、19世紀から1918年までの連合王国、1945年以降、1971年のニクソン・ショックころまでのアメリカ合衆国が相当する。ヘゲモニー国家の定義は商業、金融、工業の分野で他を圧倒する力を持つ国家である。経済のほか、軍事や文化でも目覚ましい業績を残したフランス、ドイツをどう位置づけるのか、ネーデルランド以前に商業、金融で大きな力を持ったイタリア都市国家群をどう扱うのか。ウォーラスティンの理論には違和感を抱く人も多いだろう。だが、シンプルで使いやすい歴史認識の枠組みである。
これら3か国には共通点がある。
① プロテスタト、特にカルヴァン派が影響力を持つ国である。
② スファラディ(スペイン、ポルトガル系)ユダヤ人が経済発展に貢献したこと
③ 経済発展の出発点は商業、金融であること
異端審問などカトリックの宗教迫害を逃れて、スペイン、ポルトガルからネーデルランドに移住したスファラディたちは、ピューリタン革命によりイングランドへの入国が認められ、ロンドンに移住する。ニューヨークはネーデルランド人により拓かれ、ニューアムステルダムと呼ばれていた。ニューヨークのハーレム(アムステルダムの隣町)という地名にもネーデルランドの足跡がある。ネーデルランド人は連合王国に服属するようになっても、ニューヨークで上流階級を形成した。その中にはスファラディも含まれる。
ネーデルランドは鎖国と呼ばれる管理貿易をしていた江戸時代の日本が、交易していた唯一の西欧国家であることはよく知られている。
ネーデルランドの東インド会社(1602年)は世界最初の株式会社と呼ばれる。株式会社の利点は①有限責任と②匿名性である。
東京電力の株主は東京電力が破たんした場合の責任は出資の範囲内である。それ以外のたとえば原発事故の賠償など無限責任は負わなくてよい。
匿名性とはその会社をだれが支配して、運営しているか、他人に知られず済むことである。多数のスファラディがネーデルランド東インド会社の株主になったといわれる。
近代資本主義が勃興する以前に地中海商業を支配していたのはイスラム教徒の商人たちである。現在イスラム金融と呼ばれるシステムは、組合的なパートナーシップと有限責任の制限である。日本にかつて存在した合資会社は有限責任と無限責任の社員=株主により構成される。戦前に存在した三菱財閥の本社(持株会社)は三菱合資会社と呼ばれた。筆者は合資会社や無限責任社員だけで構成される合名会社はイスラム金融のパートナーシップに似ていると考える。
ところが、東インド会社は特許会社である。だれでも設立できたわけではない。日本で似た存在を探すと、完全民営化以前の日本航空や、現在の日本郵政株式会社、国際石油開発帝石になるだろう。特殊法人に近い存在である。
誰でも制限なく株式会社をつくれるようになったのが、19世紀の連合王国である。①有限責任と②匿名性に隠れて不道徳な取引ができる株式会社は、信用できない存在だと当時の連合王国でも認識されていた。このバリアーが外されたのである。
その後、株式会社は世界に普及した。現在の日本でも個人商店が株式会社になっていることが多い。
株式会社を持つことは、個人にとってもう一つの自分を持つような側面がある。2009年に公開された米国映画「サロゲート」を見た方もいるだろう。近未来、身代わりロボット=サロゲートに日常生活を任せて、自然人は安全な場所から遠隔操作する社会を描いている。そこではメタボな中年男性が若い美女になりすまし、ハンサムな男性と付き合うこともができる(粉飾決算?)。
株式会社が子会社をつくり、その子会社が孫会社をつくったとする。三段階になると、誰が支配して運営しているか、わかりにくい。この仕組みを悪用すると詐欺的商法、取り込み詐欺、偽装倒産など不道徳な取引が可能になる。
近代的な株式会社により、資本蓄積や経済発展がしやすくなった。ただ、本来はらんでいる弊害も目立つ。たとえば2001年に破たんした米国のエネルギー企業エンロンである。負債総額400億ドルという米国最大級の破たんだった。だが、エンロンが初期から詐欺的なビジネスモデルで投資を募り、粉飾決算をしていたことが明らかになった。
イスラム社会は、やむなくこうした近代の株式会社制度を取り入れているが、いまでも有限責任と匿名性を制限したイスラム金融のパートナーシップへの嗜好が強い。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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