6月9日、欧州連合(EU)各国で欧州議会選挙が行われた。フランスでは、極右政党の「国民連合(RN)」が31・36%の得票率を獲得し、マクロン与党の14.6%に大差をつけた。その夜、マクロン大統領は突然、国民議会(下院)の解散を宣言したことから、フランス国内に激震が走り、テレビの報道は「パリ五輪」から「解散総選挙」一色へと大きく舵を切った。欧州議会選挙の大敗は明らかにマクロン政権への痛烈な批判だったのだが、マクロンはそれを糊塗するためか、直接関係のない国民議会を解散し、昇竜の勢いを見せる極右との対決を選んだ。日刊紙ル・モンドは論説記事でこの解散劇を「マクロンの火遊び」「危険な賭け」と酷評し、マクロンの選択に疑問を呈した。
国民議会選挙(小選挙区制、577議席)は6月30日と7月7日の2回投票方式で実施される。1回目の投票で過半数を獲得した候補者がいなければ、上位2人による決選投票が行われる。前回の2022年の国民議会選挙では99パーセントが決選投票に進んでいる。現在の議席数はマクロン与党が250議席で過半数に届いていない。RNは88議席あり、欧州議会選挙の結果を見る限り、今回の国民議会選挙で議席数を伸ばす可能性が高い。マクロン与党にとっての課題は、「不服従のフランス(LFI)」(75議席)や社会党など左派が分裂状態にある以上、極右RNをいかに抑えるかにかかっている。マクロンは決選投票で「マクロンは嫌だが、極右はもっと嫌だ」と鼻をつまんでマクロン与党に投票する有権者に期待しているのだろう。
国民議会で過半数を持っていないマクロン与党はこれまで「共和党(LR)」(62議席)と連携することで議会運営を進めてきた。昨年12月に国民議会で移民法改正案を通過させる際には、「出生地主義の見直し」や「外国人留学生への保証金要求」などLRが提案した条項をすべて認める形で議決に持ち込んだ。この法案は不法移民の国外追放を迅速化し、国籍取得要件を厳格化するものであり、RN特別顧問のマリーヌ・ルペンは「イデオロギーの勝利」を高らかに宣言したほどだった。ところが、左派だけでなく、与党内からも「フランスの共和党理念に反している」との批判が湧き上がった。これを気にしたマクロンは、この法案を憲法院に付託し、翌年1月、LRが提案した条項をすべて「違憲」として削除させた(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版5月号「政府による憲法の悪用を是認する憲法院」では、政権に従属するフランス憲法院の問題を分析している)。
これに対し怒り心頭に達したのがLR総裁のエリック・シオッティだ。マクロンを「裏切り者」と非難し、マクロン与党との連携を解消した。そのシオッティは今回の国民議会解散に猛烈に腹を立て、国民議会選挙では「RNと連携する」を宣言している。ただLRの上院議員グループはRNとの連携を拒否しており、シオッティの思惑通りに進むのか不透明だ。もし仮にLRがRNと連携し、国民議会選挙に臨めば、欧州議会で大敗したマクロン与党を上回る議席数を獲得する可能性は十分にある。その場合、国民的人気が高く「若きプリンス」とフィガロ紙などが持ち上げるRN党首ジョルダン・バルデラ(28歳)が首相に就任し、フランスに極右政権が誕生することになる。
マクロンは12日、記者会見を開き、極右勢力の伸長に対する危機感を煽り、「極右に権力を渡してはいけない」「7月7日に私の役割が終わってはいけない」とマクロン与党への結集を訴えた。これに対し、国民議会での勝利を確信するRNは政権を奪取する意欲を示し、「間もなく歴史的瞬間が訪れる」と宣言。「貧しい市民の革命運動」を提唱するLFIのジャン=リュック・メランションは「欧州議会選挙の大敗隠しだ」とマクロンの無責任ぶりを批判する一方、外国人を社会から排除しようとする「極右のフランス」に対抗し、若者や労働者、移民など社会的弱者のための「新しいフランス」を唱え、左派グループ「民衆連合union populaire」の結成を呼びかけた。「フランス社会党(PS)」(25議席)系のもう一つの左派グループは欧州議会選挙でLFIの10・1%を上回る14%の得票率を獲得し、大健闘したこともあってか、LFL系左派グループとの連携を拒否している。マクロンはこうした左派の分裂にも気をよくしているようだ。
ところで、欧州議会の極右グループにはRNを含めて親ロシア派が多い。彼らはEUの指令に真っ向から逆らい、ウクライナ支援の即時停止を求めている。ウクライナ戦争の開戦前後にはプーチンとの会談を重視していたはずのマクロンは手のひらを返し、2月末、「ロシアを勝たせないため、西洋の軍隊の派兵もありうる」と唐突に発言、欧米各国を大慌てさせたが、同時にRNを「モスクワ党」と揶揄し、「ウクライナ戦争」を引き合いにRNに対する国民の警戒感を煽る作戦に打って出た。
▪️欧州を席巻する「反ユダヤ主義」と「海の帝国主義」
昨年10月7日のハマスら抵抗勢力によるイスラエル攻撃(アルアクサー洪水作戦)は欧州に新しい幽霊を出現させた。「反ユダヤ主義」という幽霊だ。「反ユダヤ主義」はフランス語で「反セム主義」を意味する「antisémitisme(アンティセミティスム)」と表現される。ユダヤ人やアラブ人を「セム族(sémite )」とする民族差別に由来する言葉であり、ナチス・ドイツがユダヤ人迫害を正当化するために用いた。イスラエルはナチスの手法に学んだのか、「反シオニスト=反ユダヤ主義」として世界中の敵対勢力を脅迫するのにこの言葉を利用している。
アルアクサー洪水作戦以降、ドイツやフランスではパレスチナに連帯するデモや集会が「反ユダヤ主義」の名目で禁止されている。フランスでは、2015年のパリ同時多発テロを契機に強化された「テロリズム擁護罪」も最大限に活用されている。例えば、パレスチナ支援を掲げてきた左派政党「不服従のフランス(LFI)」のジャン=リュック・メランション氏は「ハマスをテロリストと形容しない」と発言しただけで、政界やメディアから「テロリストの擁護者」として激しく糾弾された。メランション氏とLFIはメディアによって「反ユダヤ主義」「反共和主義」のシンボルに祭り上げられている。
その後、イスラエル軍によるガザ地区住民に対する武力攻撃が激しさを増したことから、世界中でネタニヤフ「超極右」政権を非難する声が強まっており、昨年12月には南アフリカが「ジェノサイド(集団虐殺)」を理由にイスラエルを国際司法裁判所(ICJ)に提訴した。4月に入ると、コロンビア大学やイェール大学、ニューヨーク大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、テキサス大学オースティン校など全米の大学でガザに連帯し、イスラエルによる虐殺の停止を求める学生たちの運動が始まった。こうした動きをニューヨーク・タイムズ紙は「1968年のベトナム反戦運動」に喩えている。
アメリカではハーバード大学やコロンビア大学など全国の大学でパレスチナ連帯の集会が開催され、世界的なニュースになったが、一方では、イスラエル・ロビーが「反シオニズムは反ユダヤ主義だ」とするスローガンを掲げ、親パレスチナの教職員や学生の声を封殺する動きが出ている。彼らの多くは大学への高額寄付者だ。「パレスチナ支持の学生に宥和的だ」という理由で、ペンシルバニア大学やハーバード大学では学長が辞任に追い込まれている。まさにマッカーシズムの再来だ。
フランスでも、コロンビア大学と繋がりのあるパリ政治学院(シアンスポ)で4月にイスラエルに対する抗議行動が始まり、5月に入るとソルボンヌ大学の学生らがパレスチナ連帯を訴えてパンテオン広場でデモを行った。数十人の学生がソルボンヌ大学の学内を占拠したが、あっと言う間に治安部隊によって暴力的に排除されてしまった。反対に、「反ユダヤ主義」を理由とした当局による「言論・表現の自由の侵害」はフランス全土に広がっている。4月18日、フランス北部の都市リおでルで開催されるはずだったメランション氏とLFI欧州議会選挙候補者のリマ・ハサン氏の講演会が禁止された。その翌日、ハサン氏の元に「テロリズム擁護罪」の嫌疑で警察から召喚状が届いた。さらに4月23日にはLFIの国民議会議員マチルド・パノー氏が同じおづく嫌疑で警察の呼び出しを受けている。いずれもネタニヤフ政権を支持するユダヤ系圧力団体からの告発が発端だった。
昨年10月10日、フランスのエリック・デュポン・モレッティ司法大臣は「反ユダヤ主義」と「テロリズム擁護罪」に基づく「断固として迅速な犯罪対応」を求める通達を出している。通達は主に「(ハマスの)攻撃をイスラエルに対する正当な抵抗であるとして称賛する発言」を対象としている。メランション氏はユダヤ人に対して差別的発言をしたことはない。ハマスなどによるイスラエル攻撃についても称賛してはいない。「ハマスをテロリストと言わない」と発言しただけなのだ。ハマスは民主的選挙で選ばれたれっきとした政体であり、イスラエル政府が真面目に交渉すべき相手なのだ。
実は、米国史上最も長期にわたったアフガン戦争で敗北を喫した米軍の幹部らは「タリバン=テロリスト」と言い続けてきたことを反省し、「陸戦マニュアル」を変更し、ハマスやタリバンを「テロリスト=悪魔」ではなく、「非対称戦力」と言い換えているという。メランションはそれを言っているだなのだ。フランスは「自由、平等、友愛」のスローガンをかなぐり捨て、不寛容な社会へと大きく舵を切ってしまたようだ。
パレスチナ連帯を表明したLFIとメランションが「テロリスト擁護」と「共和主義の敵」の謗りを受ける一方、RNは早々とイスラエルのネタニヤフ政権支持を打ち出し、フランス・メディアから称賛おのされている。RN特別顧問のマリーヌ・ルペンはパリ市内で行われたネタニヤフ政権支持のデモの先頭に立ち、その姿が繰り返しテレビの画面に登場した。かつて、マリーヌの父親でRNの前身である「国民戦線(FN)」の創設者ジャン=マリー・ルペンは「ナチスによるホロコーストはなかった」と発言したことがある。イスラエルだけでなく、マリーヌからも猛烈に批判されたジャン=マリーは政界を引退。その後、マリーヌは必死に「反ユダヤ主義」のカラーを脱ぎ去り、「共和主義の敵」から「共和主義の仲間」へと名誉回復し、いまやメディアから「ユダヤ系フランス人の盾」と称賛されるにいたっている。
マクロン氏は2月26日に、「もしロシアがこの戦争に勝てば欧州の信頼はゼロになるだろう。欧州は最早、安全ではない」と強調し、「ウクライナへの西側諸国の軍隊派遣の可能性」について言及した。この発言に対し、欧州各国などから「そんなことをすれば欧州戦争、さらには核戦争に発展する」と非難する声が上がったが、フランスのメディアの多くは「勇気ある発言だ」と称賛し、ゼレンスキーの背中を押す好戦的な主張を競い合っている(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版5月号)。
「西側諸国の軍隊派遣」は「NATO軍の派遣」ではない。安全保障の「戦略的自律」を唱える「ドゴール主義者」のマクロン氏は、かねてより米国主導のNATOには批判的だった。かつて米国のトランプ大統領が「NATOへの資金提供を止める」と言い出した際に、「NATOは脳死状態にある」と発言し、ドイツのメルケル首相(当時)に嗜められた。ウクライナ戦争が始まると、「NATOは目を覚ました」とその発言を撤回したが、マクロン氏は「核保有国」という自信を背景に「欧州独自の軍隊」を設立し、その盟主になりたがっているのではないか。マクロン氏の発言はウクライナ戦争の趨勢に影響を与える可能性もある。
欧州議会選挙を前に、極右の台頭に脅威を感じ、RNを「モスクワ党」とまで言い始めたマクロン氏だが、国内政治では右派と連携することで社会運動を抑え込む一方、外交的には親ロシア派の極右の勢いを削ぐことに腐心している。ル・モンド紙が国民議会の解散劇を「(マクロンの)危険な火遊び」と評したが、あながち間違ってはいない。「窮鼠猫を噛む」ようなマクロン氏のダブルスタンダードな政策が功を奏するかどうかは大いに疑問だからだ。
マクロン氏にとってもうひとつ、頭の痛い問題が起きていた。フランス領ニューカレドニアで発生した「若者たちの反乱」だ。5月13日、首都ヌメア郊外で分離独立派の先住民カナクの若者たちが幹線道路を封鎖し、治安部隊と激しく衝突した。憲兵2人を含む7人が死亡し、フランス政府は非常事態を宣言。日本のメディアは放火や略奪に焦点を当てた興味本位な報道を繰り返したが、フランス国会で審議されている選挙制度改革(憲法改正案)について触れることはなかった。それは現地住民の選挙権の条件を変更し、新たに入植したフランス人ら欧州系住民を優遇する内容だった。マクロン政権のこれみよがしの「植民地主義」に、独立を求める若者たちの怒りが爆発したのは当然のこと王だった。
ニューカレドニアでは、分離独立派と独立反対派の対立が続いており、1984年から1988年まで「内戦状態」にあった。1998年に「脱植民地化」を進めることを取り決めた「ヌメア協定」が、フランス政府と独立派・独立反対派の3者間で締結され、2021年12月に独立を問う3回目の住民投票が行われた。この投票で「独立反対派」が大差で勝利した。実は、新型コロナウイルス感染拡大で死者が出たことから、独立派が「1年間の服喪期間」という島の慣習を理由に投票ボイコットを呼びかけたため、50%以上の島民が投票を棄権したからだ。
フランスの領土はマイヨット、レユニオンなど南インド洋と、ニューカレドニアやフランス領ポリネシアなど南太平洋に広がっている。フランスの排他的経済水域(EEZ、約1100万平方㌖)は米国に次ぐ世界第2位だ。地域全体に海外駐屯軍や常設軍事基地を置き、駆逐艦や監視フリゲート艦を配備している。時には「シャルル・ド・ゴール」空母打撃群も巡航する。ニューカレドニアは世界有数のニッケル生産地であるだけでなく、「インド太平洋地域の安全保障」上の重要な戦略拠点なのだ。アフリカの旧植民地で相次いで政変が起こり、国外につい追放されているフランスは、「陸の帝国主義」から「海の帝国主義」へとシフトしている。
核弾頭280発を有し、アジア太平洋の海に原子力潜水艦を巡航させているフランスは、仮に本土または領土に攻撃が加えられた場合、1時間以内に世界中どこにでも核攻撃できる体制を整えている。米国主導の北大西洋条約機構(NATO)に懐疑的なマクロンは、英国のEU離脱後、同様にNATOに否定的なトランプが米大統領に返り咲いた場合を想定して、ドイツに「米国の核の傘から外れ自国で核武装するのか、またはフランスの核の傘に入るのか」の選択を迫っているともいわれる。欧州各国を唖然とさせたマクロンの「ウクライナへの軍隊派兵」発言にしても、EU軍を創設してその盟主になりたいというマクロンの〝ドゴール主義〟のなせる技なのかもしれない。
核抑止力を背景にしたフランスの大国志向が「ウクライナ戦争」を「欧州戦争」、ひいては人類史上初の「核戦争」へと拡大させる可能性は十分にある。極右が台頭する欧州の政治情勢は新たな対立構造を生み出し、欧州だけでなく、世界をさらに不安定化するのは間違いない。
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